答えはたとえ話で返ってきた.
「それはいわば大きなダイヤモンドが,それぞれの人の内にみつけられなければならないということなのだ.直径が30メートルの大きさのダイヤモンドを想像してみなさい.そのダイヤモンドには一千個の面があるが,そのどれも,泥や油でまみれている.一つひとつの面がキラキラと輝き出し,虹の光を反射するようになるまで磨いてゆくのが,魂の仕事なのだ」
「今,ある人々は,己れのダイヤモンドの面をきれいに磨いて,キラキラと輝いている.またほんの少しの面をやっと磨いただけの人もいる.そのためにまだあまり輝いてはいない.しかし,どの人もその胸に一千個の輝く面を持つダイヤモンドを持っているのだ.そのダイヤモンドはどれも完全で一つの傷もない.人々の間の差は,ただどれくらいの面をすでにきれいにしたかということだけなのだ.しかし,どのダイヤモンドもすべて同じで,しかもすべてが完璧なのだ」
「すべての面が美しく磨き上げられ,虹の光の中で輝いている時,ダイヤモンドは本来の純粋エネルギーへと戻ってゆく.光だけが残る.それはまさに,ダイヤモンドがつくられるまったく逆のプロセスであり,すべての圧迫が解放されるのだ.純粋エネルギーは光の七色の中に存在する.そして光は意識と智恵をもっている」
ホイットン他 『輪廻転生』 pp. 258-9.
可能性としてあるダイヤモンド自体は完璧ですが,すべての面が磨かれていなければ,まだ完全なタイヤモンドとは言えないでしょう.完全なダイヤになる可能性は,すべての魂に平等に与えられている,ということだと思います.
誰もが持つ「神性」が,このダイヤモンドに相当します.