6/29/2026

17回忌に寄せて

きっかけとこれまで


6月23日,仕事から帰る電車の中でプレイリストに入っていた「その人」の曲を聴いていたら,なぜか急に悲しい気持ちになった。いつもは普通に聞き流せていたのに。同時に,「その人」は社会から正当な評価を受けぬまま,この世から去ってしまったのではないか,という考えさえ湧いてきた。歌や演技も素晴らしかったが,ことばや行動に裏表がなく,親しみやすく,知的であって,インタビューの受け応えには共感できることや気づかされることが多々あった。社会は移り変わる。新たなスターたちが登場し,新しいトレンドが生まれ,過ぎ去りし者たちは時と共に人々の記憶から音もなく静かに消えていく。

でも,なぜこの日に限ってその人の短かった生を思い出し,そんなことを考えたのか不思議だった。もしかして,「その人」の命日?

検索すると,6月23日は命日のちょうど1週間前だった。あの旅立ちから早いもので,16年の歳月が流れていた。日本の仏教では17回忌(満16年)という節目にあたり,「魂がすべての執着や過去の未練を完全に手放し,次のステージへと新しく羽ばたくための転換期」らしい。

当時,突然の訃報は衝撃以外の何物でもなかった。昼休み中,3限の授業が始まる少し前に,オンライン上で偶然見つけたこのニュースを,近くにいた学生の一人に確認した。すると,NHKの朝のニュースで言ってました,との返事。「一体どうして!?」授業が始まってからもしばらく動揺を隠せなかった。

オンラインでさまざまな情報を調べるうちに,経済的な困難やご家族の問題など,複数の複雑な心配事を抱えていたことがわかった。そして,私なりに感じたことをブログ記事として公表したところ,ファンの方々から感謝のコメントが相次いだ。

その後,ある大変一途で熱心なファンの方(Aさんとお呼びする)から,墓所で撮影した写真に不思議な光が映り込んでいるのでみてもらいたいと連絡があった。私は,いわゆる霊視は利かないが,リーディングをしたら何かわかるかもしれないと思い,試してみることにした。その結果,一部の真摯な日本人ファンに向けた,短いけれど暖かいメッセージを受け取ることとなった。当時の私にとって,これは全く予想外の展開だった。「その人」がメッセージを届けたくて,Aさんの写真に少し不自然な光が映り込んだのだろう。

正確な時系列は少し曖昧なのだが,メッセージを受け取った前後のタイミングで追悼イベントがあり,チケットが余ったからということで,Aさんから招待を受けた。コンサート的なイベントに参加したのは,後にも先にもこれ1回だけだが,私にとってはちょっとしたご褒美だったように思う。イベントの直後に,Aさんから少し面白い話を聞いた。あるサイキックによれば,その人は,江戸時代に歌舞伎役者だった過去生があり,今生でも同じ過ちを犯した,とのこと。現在も存続している有名な歌舞伎宗家であることから具体的な名前は伏せるが,その話を聞いた瞬間鳥肌が立ったので,おそらく正しい情報と思われる。しかし,歌舞伎役者とは一体誰で,繰り返した「同じ過ち」とは何なのか。

2017年の冬,その人の動画を何気なく見ていたら,急にある衝動が起こった。最初はその衝動の正しい意味がわからず,右往左往した。数週間悩んだ末,ご遺族(お母様)宛に当時公開していたブログ記事をとりあえず全てお送りすることにした。日本語記事に英文の添え状をつけて,言葉がわかる方を探して翻訳して貰って下さい,と伝えた。ちょうど7回忌法要から半年ほどが過ぎた頃だ。返信はなかったが,ご遺族は,「その人」が大いに苦しんだ結果の出来事として受け止められたようだった。最も苦しんでいたのは他ならぬ本人だ。そして,最も後悔しているのもまた,本人自身だ。残された側には「なぜ?」「自分勝手だ!」「何てことをしてくれたの!」など,様々な思いがあることは当然といえば当然なのだが,私たちがいつまでもそうした想いを引きずっていると死んだ人には必ず伝わり,本人の後悔が一層深いものとなり,身動きがとれない状態に陥る。全員が前に進むために,ご遺族がその重い悲しみを手放し,受容と赦しのレッスンを修了する必要があった

その後は,「その人」のことを考える時間も徐々に減っていったが,今月23日に急に思い出したので,前から気になっていた「歌舞伎役者だった江戸時代の過去生と今回の人生との関連性」を調べてみようと思いついた。

今回のリサーチには,ウェブ検索と昨今進化の著しいGoogleの AI 対話ツールを利用した。AI の信憑性については諸説あるが,AI が行っていることは,基本的には「人間がオンライン上で入力した膨大なデータ」を瞬時に検索し,必要な分析・推論等のデータ処理と言語処理を施した結果を,わかりやすく提示すること,だ。プログラムである以上,時には不正確な情報を出力することもあるし,情報処理の過程で歪みが生じたり,柔軟性に欠ける面もある。何らか間違いを含んでいる,という前提で利用する分には,短時間で必要な情報をピンポイントで得られる非常に便利なツールだ。ユーザー側が主体性と自ら思考する努力を放棄しない限り(即ち,AIに問題を丸投げしたり,全面的に信用しすぎなければ),アイデア出し(ブレインストーミング)や思考整理には大変有効である。今回,2種類のスレッドを立ててAI との対話を重ねたところ,次のようなストーリーと考察が浮かび上がった。あくまでも1つの参考として読んで貰えれば幸いである。(参考にしたウェブサイトのURLは本記事の最下部に挙げておく。)


歌舞伎役者としての人気・成功と謎の死


江戸時代の,ある宗家の八代目歌舞伎役者の情報は,Wikipediaに仔細が掲載されている。七代目の長男として誕生。初舞台は生後1ヶ月とある。10歳で父の名前を襲名した。Wikiには次のように書いてある:


「面長の美貌で、歴代の團十郎とはまったく仁の異なる二枚目役者だった。(中略)一時深刻な不況をこうむった江戸の芝居町に人出が戻ったのは、八代目團十郎に負うところが大きかった。上品ななかに独特の色気があり、おっとりとした愛嬌が身にそなわって、嫌味がなかったという。当時の批評には「男振りはすぐれて美男子といふにあらねど、いはゆる粋で高等で[*高等な]人柄で、色気はこぼれる程あれどもいやみでなく、すまして居れども愛嬌があり」(『俳優百面相』)とある。(以下略)

「高等で人柄で」とあるが,ここは「高等な人柄で」と読み替える方が意味は通じる。

彼の実父にあたる七代目は,幼い頃に父も祖父も他界したため劇団の孤児となるも,努力を重ね,五代目の贔屓筋から後援を得て人気役者へと成長した。七代目に後を継がせたあとは,愛妾3名と豪邸に暮らし,派手な暮らしをしていた。1840年にいわゆる『勧進帳』の初演を果たし,宗家の権威を一層高めることに成功。江戸歌舞伎の権威としての宗家の地位を確固たるものにした偉大な存在だった。八代目はこの実父とは性格が正反対で,荒事も演じたが,むしろ和事向きの,爽やかな優男タイプと言われていた。

1842年,幕府の方針により,七代目はある種の見せしめとして,江戸十里四方所払の処分を受け,江戸で舞台に立てなくなった。7年後にはご赦免となるのだが,江戸追放中は,駿府(静岡)を経て大阪へ渡り,京・大津で舞台に立った。江戸追放以前から備中,名古屋などで地方巡業をしており,追放後も伊勢,京都,岐阜の各地を訪れた,とある。赦免後,江戸に戻るがすでに居場所はなく,結局大坂へ戻り,上方の舞台で多く演じることになった。

父の追放後,八代目は16歳で江戸歌舞伎界の最高責任者となり、父に代わって家を守る親孝行者として幕府により表彰される。これにより八代目の人気は爆発的に高まったという。しかし,その生活実態はといえば,実母と妾二人,そして異母妹弟11名が同居しており,家庭環境は非常に複雑だった。彼は,妾たちとは折り合いが悪く,こうした環境にいたことから結婚はおろか女性に嫌気がさしてしまったらしい。

また,八代目には,正義感が強く神経質な面があったようだ。筋の通らないことは,たとえそれが芝居上の事であっても,自分の正義感を曲げることができない潔癖さがあった。融通が利かず,一旦気になると深く悩んでしまい,夜もなかなか寝付けなかった。

そして,父には巨額の負債があった。それを彼は返済していたらしい。経済的困窮を抱えており,10両ほどの借金返済にも困っていたことは,本人の手紙に書き残されている事実である。

上方に拠点を置いていた父から,名古屋公演への出演を懇願された。自刃する4ヶ月ほど前のことだ。親孝行な彼のこと,江戸の芝居座やご贔屓に不義理をすることに抵抗がありつつも,しぶしぶ引き受けることになった。名古屋公演が終わったら江戸に戻るはずだったが,実は父とその妾が,大坂で親子共演興行の契約を彼に内緒で結んでおり,八代目に8月の大坂公演への出演を依頼。つまり,ダブルブッキングとなってしまったのだ。不本意ながらも,江戸の座元に許しを乞い,大坂の舞台に出演することになった。江戸の大スター登場に大坂は大いに湧き立った。道頓堀での親子2代による船乗り込みは,大勢の観客が詰めかけて大変な賑わいだったという。しかし,大坂での初日を迎えた8月6日の朝,旅館の一室で喉を突き,30歳10ヶ月という若さで自刃を遂げた。役者として人気絶頂期の突然の死は,さまざまな憶測(病死説,割腹自殺説)を呼び,死絵が300種も刷られたと言われている。直筆の書き置きが何も残されていなかったことから,死の理由は謎とされている。


同じ過ちとは?

さて,「その人」の今回の俳優人生と江戸時代の過去生には共通点がいくつかある。大きく異なる点もある。例えば,今生の「その人」は次男であり,家庭環境も非常に異なるし,晩年はよく「早く結婚したい」と言われていた。しかし,通常,ひとつの人生に複数の過去生の影響があることを考えれば,この程度の違いは両者の関連性を否定する決定的な要因ではない。

俯瞰すると,今回の生は江戸時代より格段にバージョンアップしている。ハードルが高くなった,と言ってもよい。時代が異なると言えばそれまでだが,例えば,活動範囲が大幅に拡大した。江戸時代は,江戸と大坂という東西の主要都市(文化圏)の板挟みになったのに対し,今回は日韓という歴史・政治的にも複雑な背景を抱えた国の架け橋として板挟みになっていた部分がある。江戸時代の瓦版を遥かに凌ぐ「インターネット」の普及が大きな後押しとなり,彼の活動は台湾も含め,広くアジア圏にも知られていた。それには,しかし,負の側面もあった。過去生において,日本の大衆芸能で成功した歓びの記憶は深く魂に刻まれ,日本を愛する気持ちとして再現したことが容易に想像されるが,そうした日本への「純粋な愛着」が,オンライン上での,母国の世論による複雑な受け止めや,日本を快く思わない母国の同胞からの批判的な視線に晒されがちだったことは事実である。日本でも人気を博した他の韓国スター達と同じく,国内で「親日派」と批判されることのリスクと常に隣り合わせだった。

さらに,「韓流ブーム」の初期,文化交流の最前線にいたスター達は,単なる芸能人を超えた「国を代表する存在」としての役割も期待されていた。かつて,ある皇族の方が日韓の関係を「近くて遠い国から,近くて近い国へ」と願われたことがあったが,その重要な一端を担ったのは,彼ら初期の韓流スター達であった。

八代目には,正義感と潔癖さから,悩み事があって寝付けない夜もあったそうだが,それは俳優・歌手としての「その人」にも持ち越されていたようだ。俳優としてデビューしてから睡眠薬なしには眠れなかったという。繊細で優しい気質,周囲への気配りや仕事に対する真摯さ・自分への厳しさに加え,身近な人からの裏切りや,世論・世間という個人が制御不可能な不条理さが重なり,普通に睡眠を取ることすらままならないほど,つねに神経が張り詰めていたのかもしれない。

二人はいずれも書き置き・遺書は残していない。書く余裕がないほど追い詰められていたと考えることもできるが,八代目は覚悟の自刃だったと伝えられ,「その人」も,最期の数日,親しい知人たちにそれとなく別れの挨拶をしたり,亡くなる直前には家族へ言葉を遺したりしている。何も書かないことで家族や関係者を更なる困難に巻き込まないようにした可能性が高いだろう。彼を愛した人々を悲しませたことは変えようのない事実ではあるものの,沈黙の中で人生の幕を下ろしたことは,二人の周囲への優しさの表れだったと思いたい。

繰り返した過ちは何かと問われれば,次のようになるだろう:いずれの人生でも,彼らは,優しさや正義感・責任感から,すべてを一人で抱え込んでしまい,引くべき境界線を引けず,葛藤に苦しんだ挙句,唐突に人生を終わらせて,自分を愛してくれた人々を悲しませたこと。彼らには,誰をも犠牲にしない,あるいは犠牲を最小限に抑えるために,別の可能性を探る正しい冷徹さ,ある種ドライな立ち回り,という智慧が必要だった。例えば,父親の借金を息子が精算しなければいけないという絶対的なルールは存在しない。Wikiによれば,「八代目の死により返済できなくなった (中略)借財(成田山から七代目が借りた莫大な借金と八代目が借りた100両)は新勝寺が処理した」とある。ならば,一人でなんとかしようせず,利害が絡まない専門家や第三者に相談するなど,打開策を探る発想の転換と実務的な努力が必要だった。他の可能性を探る余地も充分にあったはずなのだ。

(補足:19世紀半ばの歌舞伎興行システムでは,役者の借金は1年ごとの契約更新時(11月の顔見世)に座元から支払われる前借金で返すのが慣例だったという。八代目は,父(と妾)が受け取ってしまった大坂の興行主からの「前借金」の契約に縛られ,「自分が大阪の舞台に立たなければこの借金を返せず一門が破綻する」という当時の常識に囚われてしまっていた可能性を示唆する情報もあったので,参考までに記しておく。)

これはあくまでも私見にすぎない。当事者として,抜き差しならぬ状況に陥ったとき,どのように考えてどのような選択を行うのか,それを決めるのは本人以外にはない。当事者でない第三者には何とでも言える。頼まれもしないのに,外野からあれこれと評価を下すことは傲慢というものかもしれない。

仮に江戸時代の人生を1回目とすれば,同じテーマに挑んだ今生は2回目だ。一つのテーマを学ぶのに複数回の人生を必要とするのが通常であることを考えると,これを「失敗」や「過ち」として断罪するのは早計だ。今回は前回と比べると,多くの点でかなりバージョンアップしており,ハードルが高くなっていた。「その人」の魂にとっても,相当大きなチャレンジであったに違いない。前回より負荷を高め,大いに成長しようとして果敢に「挑んだ」転生だった。八代目が大坂で極限状態に陥ったように,日本でのツアーの真っ最中という越境のタイミングで極限状態に達したことは,充分に想定の範囲内だったと思われる。つまり,今生は,次の転生での課題クリアに向けて,避けては通れない大切な通過点だった,と捉えることができる。

極限状態で迎えたその終わり方も,魂の視点からみれば一つの区切りであり,ある種の寿命だったと言えるかもしれない。人生の終え方が「その人」の遺した多くの善いことさえもゼロにして,人生を丸ごと台無しにしてしまうことなど決してない。実際,「その人」は,21世紀の現代において,江戸時代には成しえなかった数々の素晴らしい功績を遺した。十七回忌の節目にあたり,今生での収穫を振り返って終わりとしたい。


永遠の記憶と未来の希望

国を跨いでの大きな活躍で,多くの人々に愛を届けたことや,歴史・政治的に分断された二カ国の架け橋として文化交流を通して,その距離を縮めたことへの貢献は大きな評価に値する。自らの幸福よりも,ファンや周囲の人々の幸福により多く心を砕いたことも同様である。演技や歌唱の向上に邁進し,真摯に活動を続けた姿勢は,私たちに実に多くのことを教えてくれた。その生き方と芸能活動全般を通して,私たちに様々な気づきを与えたことは,永遠に記憶に残り続けるだろう。

人生の後半にはアフリカで慈善活動を展開した。彼の死後,彼の志や,その名を冠した組織の活動の軌跡を辿れば,慈善活動がいまなお継続中であることがわかる。小さな学校ではあるが,規模は問題ではない。全ては動機だから。私たちは,「その人」が非常に純粋な想いで遥かアフリカ大陸の地にまで赴いたことをよく知っている。

同時期に活躍したある韓流スターは,巨額の資金運用に成功し,表舞台から身を引いたあとは自らの会社さえも売却して投資家となり,家族と南の島へ移住して悠々自適の生活を送っている。自分と自分の家族を大切にする生き方を批判するつもりは決してない。それはそれで尊いことだし,投資家は世界経済の循環に貢献している。単純に「その人」と投資家に転じたスターは,互いの人生において異なる選択をしたに過ぎない。

ただ,もし次の人生で再び同じテーマに挑むことがあれば,そのときは,新たな選択肢として,自分をもう少し大切にすること,を加えてもらえたら幸いだ。それによって,次こそは,必ず大きな飛躍を遂げることができる。

彼を愛する私たち全員の祈りとして,この願いを届けたい。


参照したサイト一覧(URLのみ)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%82%E5%B7%9D%E5%9C%98%E5%8D%81%E9%83%8E_(8%E4%BB%A3%E7%9B%AE) 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%82%E5%B7%9D%E5%9C%98%E5%8D%81%E9%83%8E_(7%E4%BB%A3%E7%9B%AE) 

https://mag.japaaan.com/archives/106530(その1)

https://mag.japaaan.com/archives/106944(その2)

https://mag.japaaan.com/archives/106972 (その3)

https://mag.japaaan.com/archives/107159 (その4)

https://mag.japaaan.com/archives/107162 (最終話)

chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/lt/jl/ronkyuoa/AN0025722X-093_045.pdf 













2/28/2026

過去生体験 3

その教会では,牧師さんの説教の後などに,合計3度お祈りをする機会がありました。が,不思議なことに,目を閉じて祈るたびに涙が溢れてきます。そして,きまって「キリスト教を棄てた私を,こうして皆さんで暖かく迎えてくださって,こんなに嬉しいことはない」という想いがこみ上げてくるのです。今生でクリスチャンだったことは一度もありません。どうして涙が出るのか,なぜそんなことを思うのか,非常に不可解でした。その後しばらく経ってから,涙を流していたのは今の私でも,その「意識」はあくまでも「過去生の私」のものなのだとわかりました。また,阿佐ヶ谷の教会に行くことになった理由の一部もわかりました。その教会には,新しく礼拝に参加した人の名前と本人とをその場で紹介する習慣がありました。そうやって全員で新しい人を歓迎しよう,という暖かい雰囲気の教会でした。過去生の後悔を癒すのにまさにぴったりの教会だったのです。(他にも何か意味があるかもしれませんが,これ以上のことはわかりませんでした。)

これと時間的に前後する形で,ヒプノセラピーを受け,キリシタンの彼女が棄教に対して相当強烈な罪悪感を抱いていたらしいこともわかりました。もっと他にやり方があったのでは,と思っていました。また,自ら率先して集会を開いたことについて,「私がリーダーになると,ろくなことにならない」といった観念を抱いてしまったようです。自殺についても後悔していましたが,それは「自分を愛してくれた人やお世話になった人々に迷惑をかける行為である」という理由からでした。 実際,今回の人生でも,私は一度自殺を考えた事があります。思いとどまったのは,留学中に助けてもらった(英国の)人々に迷惑をかけたくない,という想いからでした。自殺願望を持つ人というのは,大抵過去生でも自死の経験があります。いずれは「困難・苦労→絶望→自殺による逃避」といったパターンを卒業しなければなりません。それができるまで,自殺願望を抱くような出来事と状況を引き寄せるでしょう。また,今生の私は人前に出るのは苦手で,いわゆるリーダーシップをとる性格ではないと自分では思っています。が,算名学で性格分析をしてもらうと,リーダータイプであると同時に,引っ込み思案の部分も同じくらい持ち合わせているために,その狭間で葛藤を感じることが多いのでは,などと言われたことがありました。キリシタン時代の出来事を引きずっているのかもしれません。

戦国時代にキリシタンだった彼女が下した決断−「棄教」。これは神の目からみれば正しい選択でした。当時,自分の命を守るために棄教した人々は多かったようですが,彼女の場合,周囲の人々を守るためだったからです。他者のために,自分の信仰を投げ打つという自己犠牲の行為は,無私の行いに他なりません。何ごとも結果より動機が大切。誇りにこそ思え,棄教や,棄教と同時に命を棄てなかったことに対し罪悪感を感じたというのは,宗教(教義)の限界(真理とのギャップ)を示すと同時に,強い自責傾向という未熟さの表われなのかもしれません。

私たちは,誰しも多くの過去生を生きてきました。それらの人生で遣り残したこと,経験した様々なネガティブな感情,未熟さゆえに犯した間違いなどは「すべて」のちの地上人生において,達成したり,解消したり,矯正される必要があります。人生計画に必ずそれらは組み込まれていますが,普通の意識状態では思い出すことができません。理屈や論理で合理的に説明出来ない状況や気持ちが起こったら,それは多くの場合,過去生がらみであると考えて,大抵は間違いないでしょう。今生という一つの生だけを生きているようでいて,別次元では過去生の様々なエネルギーが影響を及ぼしているので,同時にいくつもの生を生きていると言えるのです。

人生で起こる全てのことには理由があります。それが何かすぐにわからなくても,です。どんな出来事・状況にも意味があり,それらは私たち一人ひとりの「霊的な成長」にとって最善だから起こっています。表層意識でそう思えなくても,深い意識では納得しているはずです。

全ては善きに取り計らわれている」−このことを常に忘れずにいたいものです。

過去生体験 2

私の棄教に最も驚き,衝撃を受けたのは,親しかったバテレンでした。自分の信仰を他の人のために棄てるということ,「連帯責任」という概念が,個人主義の文化から来た彼には理解できないようでした。私に裏切られたようにも感じたようです。バテレンはそのまま役人に連れて行かれました。  

信仰を失った私は,その後,まるで抜け殻のような状態でしばらく暮らしていました.そして,ある日,風の便りでバテレンが処刑されたことを知ります。信仰を棄てるなら,命も捨てる−それこそが真の信仰。つまり,信仰は全生命をかけて貫き,守るべきもの,という考えが,知らせを聞いた私に迫ってきました。「あぁ,棄教したにもかかわらず,まだこうして生き続けているとは!深いと信じていた自分の信仰はその程度のものだったのか。」大きな後悔に包まれた私は,まもなく自分で命を絶つことに決めました。私の死を最初に発見したのは父でした。彼は,すぐには事情が呑み込めず,戸惑い,ショックを受け,激しく動揺しました。私は,(死後に)彼の様子を知って自殺を後悔しましたが,他に選択肢がなかったことも認めずにはいられませんでした。

以上が,リーディングと過去世退行によって知らされた過去生です.しかし,話はこれだけでは終わりません.  

霊媒からこの話を聞いてしばらくの間,この別のパーソナリティを持つ「私」−大元は同じですが−に大変感動し,周りの人を守るために信仰を棄てられるとはなんと勇ましい女性か,と感じ入っていました.それでこそ本物のクリスチャンだ,と。しかし,当の本人の気持ちは違っていたようです。

ある晩のこと。いつものように部屋の灯りを全て消してベッドに入りました。寝入りばなの,意識がまだわずかにあるとき,突然,安土桃山風に装ったひとりの若い女性が見えてきました。髪は結上げず長く垂らし,黄色や金色の糸で織った華やかなうち掛けを羽織った立ち姿で,どこか恨めしそうな表情でこちらを見ています。(この内掛けの色は,当時の私のオーラの色だったのではないか思われます。)数秒だったか,数分だったのか,時間の感覚は全くありません。が,いきなり見えるはずのないものが見えて非常に怖かったため,必死の思いで目を開けました。私が見た恨めしそうな表情は,「あなたには私の気持ちがまるでわかっていない」とでも訴えかけているようでした。

その後しばらくして,霊媒S氏に再び過去生リーディングを受ける機会があり,「教会にでも行ったら?気持ちがすっきりするかも」というアドバイスを貰いました。あまり深く考えもせず,それは良さそうだ!と思い,アドバイスを実行に移すべく,教会探しを開始。私はクリスチャンだったことはありませんが,学生時代に学内礼拝や教会の日曜礼拝に何度も出た経験があったため,抵抗は全くありませんでした。ネット検索すると,片道1時間以内で行かれそうな教会が3つ見つかりました。一番関心があったのは聖公会でしたが,地図の印刷が不鮮明で行き方がよくわかりません。2つめの教会も地図の印刷が鮮明に出ませんでした。最後に,阿佐ヶ谷の教会を試したところ,大変鮮明な地図が印刷されたため,ここだと直感しました。礼拝には合計3回ほど通いましたが,その3回の礼拝中に少し変わったことがありました。
(その3へ続く)

7/28/2025

読みたい本(7)

 千賀一生。『ガイアの法則』ヒカルランド。

いまの時代に読むべき必読書です。

正・続2冊ありますが、1冊目の裏表紙に印刷されている言葉を以下に紹介します:

宇宙に,聖なる16ビートが存在することを告げるガイアの法則—

新型コロナとの驚くべき精緻なる関係性も明らかに!

地球の歳差運動1スピン2万5776年、

その1/16の1611年は、人類文明が繫栄する周期リズム、

その1/16、役01年もまた人類に多大な影響をもたらす。2020年の101年前は、世界を大混乱と恐怖に陥れたパンデミック、スペイン風邪だった・…

台頭する中国、世界を揺さぶる北朝鮮、2012年の国有化により急激に摩擦を増した尖閣諸島、すべては寸分の狂いもなく法則通りに進んでいる!


「聖なる16ビート」とありますが,菊の御紋の花びらは16枚と決まっています。これが偶然の一致ではないことにも本書は触れています。

宇宙は数字で説明できると言われますが、まさに本書はそれを説明しています。ルート計算や微積分といった複雑な数式は一切が必要なく,加減乗除だけですべてが割り出されるとは本当に驚きです。

ほぼ800年周期で歴史は繰り返すことが数式からも割り出されますが,1995年1月に文明の中心はそれまでのロンドンから日本(淡路島)に移動しています。この切り替わりの時期に淡路阪神大震災が発生しました。また,しばらく前から日本文化(アニメなどを中心に)が世界でも注目されるようになり、昨今のインバウンド景気に繋がっていますが、これも無関係ではないだろうと思います。

地球の歳差運動1スピンが2万5776年とありますが,よく言われるように,約2万6千年周期で宇宙はディセンション (descension 降下) とアセンション (ascension 上昇) を繰り返しています。宇宙はアセンション周期に入っていますが,今回のアセンションは特別であることは,さまざまなサイキックが発信している通りです。そして,今回はアセンションの流れに乗る意識と乗らない意識があることも,です。

私が感じる限り,著者は極めて優れたチャネラーです。しかも,霊能者にありがちな右脳の偏りがない。左脳と右脳のバランスが取れており,文章・情報は量・質ともに非常に素晴らしいものです。

一通り目を通したら繰り返し読む必要を感じない,数々のスピリチュアル本とは明らかに一線を画す良著としてお勧めします。




7/25/2025

「願いは叶う」の深い意味―引き寄せは慎重に

When a person yearns for a thing--a situation in life, an opportunity, some kind of material abundance--this act of yearning sets up powerful forces.  These forces survive physical death just as the personality survives physical death.  By wishing intensely for a thing, the universe, like a scale, sets in motion forces to fulfill that wish.  Wishes do come true.  By wishing to be born to a higher social class, Jonathan created the circumstance wherein, in another life, he was indeed born to a family of high social standing.
         Perhaps this sounds lovely.  Of course, it is.  But it is also the construction for oneself of further earth lessons.  For those of you who feel weary of the suffering of physical life, we will give a little hint: be content with what you have, who you are, your station in life.  By longing to be something more, or have something more, you create for yourself a reciprocal response by the universe to fulfill those dreams.  You will live another life to receive that gift.
(中略) 
When a soul regrets such wishes on this side, it doesn't count.  But when a person, while in life, comes to discard her or his dreams and desires, then that cancels the forces that were set in motion by the original yearning.  If one can learn in life the futility of wanting prestige, wealth, and status, then no future lessons are necessary. This is the highest accomplishment--to learn truths while still on your physical plane, the stage of misconception and illusion. 
J. Laddon (1998/2002).  Another Look at the Life Beyond. Kindle edition. 

引用の要点は以下の通りです:

人間の,物質的豊かさを切望する力というものは非常に強く,それは各自の性質がそうであるように,死を超えても生き延びる。何かを強く願えば,宇宙ではそれを実現する力が働く。よって,願いというものは叶うことになっている。(引用は,イギリスで生きたJonathanという男性の一生を振り返り,その問題点を指摘している箇所からのものですが,その必要がなかったにも関わらず)ジョナサンはもっと高い社会階級に生まれたいと強く思ったため,現実を引き寄せ,実際,上流階級に生まれ変わった。

そう聞けば,それは素敵だ,と思うかもしれないし,そうだろうが,それは同時に転生回数が増えることをも意味する。地上人生は苦痛を伴うものなので,もし地球で人間をやるのはもう懲り懲りだと思うなら,自分と自分が置かれた状況すべてに満足することだ。もっと欲しい,もっとこうなりたい,と切望することは,それを叶えるために新たな地上人生を引き寄せることになるからだ。

死んでからその切望を後悔しても,取り消すことはできない。生きている間に願いを放棄することでしか,取り消すことができない。この世で生きているうちに,名誉や富や地位を望む虚しさを学ぶことができれば,もうそのレッスンは必要がない。誤解と幻想に満ちたこの地上世界にいる間に,物質的成功を追求することの虚しさを会得することこそ,最高の達成といえる。

*******

新時代のスピリチュアル・リーダーを名乗る男性が,「何を望んでもオールOKです」と言われるのを聞いたことがありますが,この一節を思い出すと疑問が残ります。

各自の魂の成長段階はそれぞれに異なるため,一概に間違いだと言えない部分はあると思います。でも,少なくとも,こういった類いの情報を自ら求める段階にあるならば,何を求め願うかについては,かなり慎重になる必要があるだろうと思います。

「自分のこの願いは,自分の魂の成長にとって本当に必要だろうか?」と自問自答することが大切ではないでしょうか。

魂の成長に最善こと,それだけが,最善のタイミングで起こるように願いたいものです。












7/24/2025

心を満たすもの

多くの人びとが景気の後退や政情不安,自然災害を体験しながら非常に苦しんでいる.これらのできごとを興味深く見守っているわれわれには,そのような変動の原因となり未来をかたちづくる,複雑に入り組んだ要因やパターンが見えている.過去の豊かさからの撤退は,止まるよりもむしろつづくとわれわれは見ている.たとえばアメリカにおいて,1950年代の豊かさが戻ってくることは決してないだろう.あなたがたの世界の多くの人びとは今の時点でもこの傾向の明るい側面を見てとれるはずだ-なぜならこれまで豊かな生活を支えるために,地球の天然資源が大量に浪費されてきたからである.
 自分の欲求を満足させることだけをめざしたこれまでの物質主義に背を向け,代わりに霊的な強さと他者との絆を作り出す方向に向かうべき時がきている結局は,それが関わりあう者すべてにとって,一番報いある喜ばしいことなのだということが明らかになるだろう.多くの人びとと愛を分かちあうために,自分自身の利益を犠牲にすること-事実,これほど心を満たしてくれるものは,他にない


ジュディ・ラドン『輪廻を超えて』 人文書院 pp. 177-8.




地上にはさまざまな成長段階のたましいが転生して,成長のためにいろいろな経験を積んでいます。他者と愛を共有するために自己犠牲を厭わないようになるには,相当な経験と時間が必要です。

今後,地球の波動が上昇していけば,利他愛がデフォルトになるかもしれませんが。



10/01/2022

無料リーディング【大学公募戦士の方々専用】

11月1日より,大学公募戦士の皆様を対象としたスピリチュアル・リーディングサービス(無料)のお申込みを受付致します。

■ 対象となる方:

AB (のうち最低1つ)の,最低2つの条件を満たす方が対象となります。

A. 大学非常勤講師歴10年を超え,且つ専任ポストを探されている方

B. 
  • 現状に対する疑問や不満など,精神的葛藤を抱えている
  • 精神的葛藤に加え,非常勤であるが故に経済的困難を中心とする現実的な困難を抱えている
  • 現状打破の糸口を探している
  • 根本的な解決法,アプローチ,考え方を求めている

■ 対象外となる方:
上記 A に該当しない方。もしリーディングに関心がおありでしたら,上のタブから有料サービスのサイトへ移動して,お申込みをご検討ください。

■ リーディングによるサポート内容
最も関心がおありなのは,専任校が見つかるか否か,見つかるとすればいつ・どこか,もし見つからなければこの先の見通しはどのようになるのか,といったことではないかと思います。リーディングは,その性質上,実際に行ってみないとどのような結果が出るかは予測困難ではありますが,基本的には,こうした現世的・具体的な情報が示されることはない,とお考えください。

リーディングにおける情報の提供者は,リーディングにお申込みいただいた方のスピリット・ガイド(主護霊・指導霊)と呼ばれる存在です。ガイドは,私たちの人生の目標や課題について熟知している存在です。私たちのたましいの成長を最優先する存在であり,私たちのエゴ・我欲を優先することを良しとしません。それは,地上で生きる私たちも,深層心理で知っていることではあるのですが,多くの人々は,表層意識と深層意識の乖離がかなり大きいため,自分の真の願い・想いといったことには気づきにくい状態にあります。特に,大きな悩み・苦しみを抱えている場合は,ガイドからの援助(インスピレーションやひらめきを普段は無意識に受け取っています)を受け取りにくいため,そこから抜け出すことに非常な困難を感じます。しかし,実は,苦しみの中にある時こそ,真理に気づき,本当の自分に出会える絶好の機会であるとも言えるのです。

現実は私たちの内面の反映である,と言われます。よりよい人生を送るためにまず必要なことは,内面・意識状態を整えることです。従って,リーディングで得られる情報は,以下のような精神的・スピリチュアルな助言になることが予想されます:
  • 今回の人生を引き寄せた過去生(前世)は何か
  • なぜいまの困難を経験しているのか
  • 現実をどのように捉えるべきか
  • 今生における自分の課題はなにか
  • 前向きに生きるための心の持ち方に関する助言
  • 物事の考え方・捉え方全般に関する提案
  • いま知るべき,とガイドが判断する情報全般
専任の勤務先は見つかる(と出た場合でも,具体的な勤務先までは教えて貰えません),と知らされる可能性も,皆無ではないと思いますが,基本的には上記のような内容になると予想されます。言い換えれば,人生観にパラダイムシフトを起こすきっかけとなるような情報が提供されるのが,当方が考える「良いスピリチュアル・リーディング」と言えます。

当方のリーディングでは,予めお名前のみを伺って,皆様のガイドから伝わってくるメッセージを一方的にお伝えする方式を採っております。今回の無料サービスでは,しかし,大学公募戦士の方々を対象と致しますので,就職やその関連事項を中心にお伺い致します。

■ お申込み上のご注意
1.お名前は実名でもペンネームでも構いません。実名・ペンネームのいずれであるかはお知らせください。実名でのお申込みには,こちらも実名でご返信致します。ペンネームの場合には,「旅人」としてご返信致します。当方は,皆様と同業者でもあるため,互いのプライバシーを尊重するための配慮とお考えください。(ネット検索で,勤務先等の情報がある程度特定できてしまう為です。)実名か否かで,リーディング内容が変わるということは一切ありませんので,どうぞご安心ください。

2.リーディング結果をご覧になったら,短くて構いませんので,各メッセージにフィードバックをお願い致します。メッセージの意味がわからない,解釈が困難である場合には,遠慮なくお尋ねください。状況を少しお伺いした上で,判る範囲でご返信致します。フォローアップ・リーディングをご希望の場合は,その旨お申し出ください。1回まで追加で行います。

3.メールでの遣り取りは,リーディングの結果をお伝えしたあと2往復までとさせてください。

4.サービスは完全無料ではありますが,もしお気持ちがおありでしたら,寄附として500円をお振込みください。(寄附は100パーセント随意であり,されなくても全く問題ございません。)お振込戴いた金額は全額慈善団体に寄附致します。寄附の振込先はゆうちょ銀行・三井住友銀行のいずれかです。ご希望の口座をお知らせください。お振込をされる場合は,当方の実名を(カタカナですが)開示することになりますので,どうぞご留意・ご配慮ください。

5.リーディング実施日は週末となります。

6.お申込みをされる場合は,予めリーディングのサイトをご覧下さい。リーディングについて予め大まかなイメージを掴んでいただければ,結果がより理解しやすく,セッションが有意義なものになるかと思います。

7.ご利用は2か月に1回を目安としてください。(2回目のご利用は,初回時の2か月後に可能となります。)

■ お申込み方法
ブログ右側下部にあります,「連絡フォーム」に氏名,メールアドレスをご記入の上,リーディングを希望される旨を入力ください。48時間以内にご返信致します。

また,お申込みを検討される前に,ご不明な点等がありましたら,同じ連絡フォームからお問い合わせください。

リーディング専用サイトからもお申込み,お問い合わせが可能ですが,今回の無料サービスに関しては,必ず当ブログからご連絡ください。

以上となります。
ご縁のある皆様からのお申込みをお待ちしております。


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