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9/30/2016

グラストンベリー訪問(1)

昨年12月にふと思いついて,8年ぶりに渡英を決断。慣れ親しんだBirminghamに滞在して,そこからパワースポット・聖地として有名なグラストンベリー(Glastonbury)を訪れることにしました。

要した時間は,着想から航空券予約まで3か月,実行まで9か月。経済状況がなかなか改善しない中でも,航空券と宿泊先を予約でき,予算に余裕のある状態で無事行って戻って来られたことは驚きでした。まさかのEU離脱によるポンド大幅下落も助けとなりました。全ては導きと実感。

グラストンベリーのことを知ったのは,あるスピリチュアル系ブログの記事経由で。精神世界に傾倒してきたわりに,パワースポットには殆ど無関心で,最初に記事で知ったときも,さほど気にも留めませんでしたが,ウェブサイト上で何度が地名を目にしたことから,数ヶ月後に渡英を決めました。

* * *

グラストンベリーは,英国南西部のサマセット州(Somerset)にある小さな街。酪農が盛んらしく,バスの車窓からは牧草を食む牛たちがたくさん見られる,辺鄙な場所にあります。バーミンガムという中西部の都市から出かけましたが,ロンドンからも鉄道とバスでアクセスでき,所要時間はやや短めとなります。

グラストンベリーへの行き方は以下の通りです:

1) どの都市から出発しても,Bristol Temple Meads (ブリストル・テンプル・ミーズ)という駅を目指します。電車でも長距離バス(Coach) でも行くことができます。ブリストル (Bristol) という都市にまずは向かいます。

2) テンプル・ミーズで,路線バスに乗り換えて1時間半くらいで到着です。First Busの376番バス(二階建てバス)に乗ります。日帰りの場合は,Day Ticket(West of England = 7.5ポンド) がお得。バスに乗る際に運転手さんに申し出てください。(前もって小銭を用意しておくとよい。)バス停は,駅から大きな道路に出るまで直進して左折してすぐの所にあります。

ちなみに,First Busは停車駅が逐一アナウンスされ,車内には電光掲示板もあるので,運転手さんに「○○に着いたら教えてください」などと,慣れない英語でお願いする必要はありません。イギリスにもこんな便利なバスがあったことに驚きます。(バス車内の電光掲示板は,2020年に行ったときはありませんでした。)



一階最後列から撮影

3) 376番のバスに乗って,The Queen's Head というバス停で降ります。Glastonbury に入ってから15分くらいで到着します。降りる人が多いので,焦らなくても降りられます。ハイ・ストリート(メインストリート,商店街)の入り口でバスは停まります。帰りのバス停は,通りの反対側やや右よりにあります。帰りはテンプル・ミーズ行きのバスに乗ります。

* * * 

朝5時半起きで,帰りは夜9時という,移動時間の方が圧倒的に長い日帰り旅に。復路は,電車を3本乗り継ぐことになり,しかもそれらほぼすべての電車が10分遅れで運行。本降りの雨の中,寒さと疲労の状態で帰路につきました。夏は日が長く,8時近くなってもまだ明るい英国ですが,最寄駅に着いたころにはすっかり暗かったです。時間と予算に余裕がある場合には,グラストンベリーで一泊するのが良いかもしれません。

今回訪れたのは,グラストンベリー・トー(Glastonbury Tor) ,チャリス・ウェル(Chalice Well)グラストンベリー修道院(または大聖堂)跡(Glastonbury Abbey)の3か所でした。

(2016年9月14日公開)
(2025年7月24日部分改訂)


11/12/2012

伊勢神宮参拝 2

一生に一度は行きたい伊勢参り,と言われた時代があった。現代のように交通網が発達した時代では,時間とお金の都合さえつけば,どこからでも何度でも行かれる。だから,ありがたいのか,逆にありがたみが減るのか。

伊勢神宮は,日本の神社の中では最高の位置づけである。カジュアルな軽装ではなく,男性ならスーツとか,女性なら最低でもスカートにジャケットといった,きちんとした服装で行くのが本当なのだが,そうした服装の人は,お宮参りで訪れた(らしい)一部の人々以外には殆ど見当たらなかった。我々のグループは40名余りの団体だったが,その中でもスカートを穿いていたのは私だけではなかっただろうか。さすがに添乗員さん(女性)はパンツ・スーツだったが。スピリチュアルなことや霊的世界に特別な関心のない人々が,特に遠方から出向くとなれば,服装にまでは気がまわらないかもしれない。が,それでも,お墓参りにくだけた普段着で出かけるべきではないのと同じ理由で,格式の高い神社参拝の際にも服装に注意したい。いやしくも霊的な仕事に携わっているなら,言うまでもない。
 
* * *

さて,両参りは今回が初めてだが,内宮へは(おそらく)2回目の参拝となる。最初に行ったのは小学校の修学旅行で。が,いかんせん五十鈴川しか記憶にないため,本当に参拝したかどうか定かではない。

来年の式年遷宮(20年毎に正殿・社殿を建て直し,御神体を移す行事)に向けて,内宮でも新しいお社の建設中であった。鳥居や川に掛かる橋もすべて新しくされるとか。新しい橋げたが見えた。


橋の反対側は,


木々が美しい。

どちらも,風日祈宮(かざひのみのみや)の手前に架けられた橋の上から撮影したもの。風日祈宮とは,風の神様を祭る別宮で,鎌倉時代元寇のとき神風を吹かせて日本を守った神様。この別宮の傍に立つどれかの木に強いパワーが感じられるらしいと,どなたかのブログで読んで期待していたが,特に何も感じなかった。


その後で,荒祭宮(あらまつりのみや)という別宮へ向かったが,どうやらこちらの宮が格が高いらしく,正殿の次に向かうべきは荒祭宮だったと,風日祈宮へ行ってから判明。引き返す時間も惜しいので,そのまま参拝。別宮にも格の違いがあるそうで,格の高い別宮から参拝するのが正式だ。建て替えも格の高い順に行われるとか。風日祈宮の前にいらした警備員さん(らしき男性)が,他の参拝客に説明されているのを,立ち聞きして知った。


荒祭宮は,内宮のご祭神,天照大御神(あまてらすおおみかみ)の荒御魂(あらみたま)が祀られているが,石段を上がった高台にある。石段のふもとに,樹齢200年とも言われる巨大な杉の木がある。その幹に耳を当てると,中を水が流れる音が聴こえるとか聴こえないとか。試したが何も聴こえない。大勢の人がそのエネルギーを感じようとして触った跡だけが,遠目に黒ずんで見えた。


出口の方へ向かって歩いていると,通りがかりの年配の女性(地元の方)が,池に鯉がいるわよ,と教えてくださった。なんでも,五十鈴川の鯉は最近の大水で流されてしまったそうだ。せっかくなのでその池をのぞいてみると,立派な鯉が何匹も泳いでいた。うちの近所の,とある有名なお寺の池にも鯉がたくさん泳いでいるが,その鯉たちと比べると,やはり色つやも,雰囲気も一段と立派な様子。きっとお値段もお高いのだろうな,などと下世話な考えが一瞬頭をよぎる。


それから,馬がどうとか言われていた。厩がおはらい町通りのほうにある,ということだが,未確認。白馬だけじゃなくて,茶色い馬もくるのよ,とお話されていたが,そもそも何のために馬が来るかがわからない私。鯉が泳いでいるという別の池の方へ歩みを進めて,その方とは別れた。

出口へ向かう途中,ふと見上げた空には珍しい形の雲が浮かんでいた。



この2枚はあまり時間を置かずに撮影したもので,場所も殆ど移動していないが,カメラを向ける方角を変えてみたもの。いま改めて見直してみると,上の写真の雲は,翼を大きく広げた鳥のようにも見えて面白い。(みなさんは何を感じますか。)

宇治橋をわたって内宮を後に。(下は,宇治橋からみた五十鈴川)


内宮では風景写真しか撮っていないことに改めて気がついた。個々のお社というより,川の流れから空に至るまで,この境内そのもの,この場一帯に強いエネルギーが満ち溢れている,ということかもしれない。(それとも,ただ大勢の参拝客を避けた結果なのか。)少なくとも,内宮は,自然の多様さにおいて外宮よりまさる。


伊勢神宮とは,外宮,内宮を中心として,合計125の神社から成る全体を指すとか。たしかに,ご存知の通り,外宮と内宮は離れた場所にある。また,今回は月読宮(つきよみのみや)など,立ち寄れないところもいくつかあった。内宮に行ったのは土曜日とあって,参拝客が非常に多く,神社参拝というより,有名観光地を訪れた気分だった。正宮の拝殿で拝むのも順番待ちで,後ろを気にしながら祈らなければならない。初詣はこの比ではないとか。「ところてん状態」とはバスガイドさんの言葉。が,平日はとても空いているらしいので,次回は今回廻れなかったところも含めて,平日に参拝したい。




猿田彦神社

伊勢神宮内宮から徒歩で15分くらいのところに,猿田彦神社がある。ご祭神は,二見興玉神社と同じ猿田彦大神とその子孫と言われる大田命(おおたのみこと)。みちひらき(啓行)の神様として知られている。

名前は聞いていたが,内宮の近所にあるとは知らず,出発前に参拝の予定はなかったが,時間もあったので参ることに。内宮から行くにはいくつかのルートがあるが,内宮を出て,右手に広がるおはらい町通りを突き抜けて,御幸(みゆき)道路に出るコースが初めて行くときは間違いがないだろう。幹線道路に出てしまえば,大きな看板が見えるので必ず辿りつける。

猿田彦神社に到着した時点で,出発時間が気になったのと疲労のためか,写真を撮ることさえ忘れていて画像は何も残っていない。宇治橋から撮影したのが今回最後の写真となった。内宮の後で訪れたせいか,境内はかなり狭い印象がある。七五三参りの家族が多かった。

鳥居を入ってすぐ右側に小さな社(佐瑠女神社 さるめじんじゃ)があるが,芸事と鎮魂の神様,天宇受売命(あめのうずめのみこと)が祀られている。天照大神が天岩戸にお隠れになったとき,世の中が真っ暗になり混乱が生じた。そこで,あめのうずめのみことが岩の上で舞を踊り,集まった八百万の神々を笑わせた。その騒ぎを聞いた天照大神が,なにごとか,と岩戸を少しだけあけて尋ねたところ,「新しい神様の誕生をみなでお歓びしているところです」と答えた。新しい神様と聞いて興味をそそられたアマテラスは,さらに大きく岩戸を開け,世の中に光が戻った,という神話は有名だろう。
* * *

日本人は,人生の節目節目で神社を訪れる。「神社に詣でるから,転機が来る」のではなく,「転機を迎えるにあたり」神社参拝をして新たな気を戴き,古い気を手放すのだと思う。この辺りのことをわかっていないと,参拝も「ご利益」を求める,ただの“パワースポット巡り” になってしまう。

11/11/2012

伊勢神宮参拝 1

ある朝聞いたラジオ番組で,ふと耳にした情報から,急に伊勢神宮参拝を思い立った。気がつくと,その日の夕方には伊勢神宮両参りのツアーに申し込んでいた。

細かく計画を立てて用意周到であることも少なくない反面,このように全くの思いつきで行動を起こすことも同じくらい少なくない。この殆ど全く根拠のない思いつきは,大抵の場合,インスピレーションである。今年の11月は,都合よく金曜の仕事が休みの日が多く,週末にかけて出かけることが可能だった。また,どういうわけか利用が著しく減った占いのお陰で,経済的にも若干の余裕があった。進めてもよい,または進めるべき出来事は,こうして万事上手く流れていく。


最初は,神宮参拝を(後ろから)促されているのかと思った。それもあるだろう。しかし,どうやら先方から呼ばれてもいるらしかった。この「呼ばれた」感覚は,現地でさらに強まった。


神宮参拝の古来からの順序は,外宮(げくう)から内宮(ないくう)とされている。これはよく知られているのではないだろうか。しかし,昔は,外宮へ向かう前に寄る場所があった。それは二見浦。こちらに寄り,実際に海に入って禊ぎをしてから詣でたとか。旅の全行程で,天候には恵まれたが,1日目の夕方は風が強くなり(ガイドさんによれば,もっと強いことも珍しくないとか),神社へ向かう途中,波しぶきがかかる場面も。かなり強い風と少しの波しぶきで,禊ぎの効果は充分あったと思う。


今回は,宿泊場所の関係などで,まず外宮を参拝し,それから
二見浦興宮神社へと向かった。1泊2日の団体行動はなにかと慌しく,写真を撮る余裕もあまりなかったが,二見浦のとあるショット:




蛙の像は,二見蛙とも呼ばれるようだが,後に人々から奉納されたもののひとつ。蛙は,この神社のご祭神,猿田彦大神(さるたひこおおかみ)の使いと信じられていて,帰る,返る,との語呂合わせにちなんだご利益(お金が返る,無事に帰る,若返るなど)があるらしい。信じる信じないは全く自由である。

しめ縄が掛けられた岩をご存知の方は多いだろうが,蛙とのツーショットはちょっと珍しいかもしれない。(画像の上でクリックすると大きくなります。蛙の眼差しがややリアルですね。)ちなみに,岩のしめ縄は,一本(いや,一箇所というべきか)でも切れると,全て掛けなおさなければならないとか。


時間が前後するが,1日目のハイライトは外宮参拝。金曜日だったせいか,人も少なく,静かで良かった。




写真は,人気が無くなってから,出発時間を気にしながら撮影したもの。正宮の鳥居とその奥には,拝殿の一部と新たに建設中の新御敷地(しん・みしきち)の一部が見える。来年は20年に一度の式年遷宮(しきねんせんぐう)の年。正宮・別宮がすべて建て替えられ,御神体が移される。川に架かる橋や鳥居もすべて新しくされるという。境内のあちこちで,建て替え作業の様子が聴こえてきた。

多賀宮(たかのみや)は別宮(べつぐう)で,外宮の祭神,豊受大御神荒御魂(とようけのおおみかみのあらみたま)を祀ってある。ちなみに,外宮ご祭神の豊受大御神は,内宮のご祭神(天照大御神)とともに,女性の神様である。が,バスガイドさんの話によれば,なかなか強く,頼もしい気質を持たれた方とか。
荒御魂とは,和御魂(にぎみたま)とは対照的に,神性の荒々しさ,強さの部分が顕現したもの。気のせいでなければ,確かにそうした強いパワーを感じた(かも)。

呼ばれたと感じた,と最初に書いた。多賀宮の参拝後,鳥居を出たすぐのところにある杉の巨木の幹に触れていたとき,「よく参った(か,参られた)」という言葉が浮かんだ。外宮へ向かうバスの中でも出ていたのだが,まさか多賀宮から発信されていたとは。次の日参拝した内宮でも似たようなことがあった。正宮に参る前,人の多さに少々うんざりしながら,拝殿に背を向けて,ひとり目の前の空き地を眺めていた時だった。「よく参られた」と言葉が来た。バスの中でも,外宮でも,自分が考えた文句ではないか,と思っていた。が,内宮で再びその言葉が出たときようやく,そうではない,伝わってきたものなのだ,と信じるに至った。


面白いのは,いずれも背後から来た,ということ。外宮では,真後ろではないが,鳥居を出て右手に出た位置に背を向けて立っており,内宮ではほぼ真後ろだった。いずれも後ろから声をかけられる,というのは,神々が私たちに姿を見せられることはない,ということなのか。挨拶の主が誰なのか今以て定かではない(それぞれのご祭神なのか,その方々に仕える下々の神様なのか)し,また,なぜ呼ばれたのかもまだ不明だが,いずれにせよ何らかの必然性によって今回の参拝が実現したにちがいない。


この日の夜から次の日にかけて,夢-怖くて,驚いて目が覚めるような-を見た。そのおかげで明け方5時に目覚め,東向きの窓から朝日を拝むことが出来た。
  6.19am

 6.25am

東向きの部屋だったことに感謝。



12/29/2011

伊豆へ出かける

今年の2月初旬,めずらしく経済的にも精神的にもゆとりがあった為,遠出することにした.それも日帰りではなく泊まりで.まず,してみたいと思ったのは,シティホテルの広めの部屋で,周りを気にせず,ひとりでゆっくり寝ることだった.最初は,Pホテルがいい,と思った.都内から1泊で行って帰って来られる最も遠い所で,且つ予算内でおさまる場所を検索したら,下田がヒットした.伊豆半島の下田だ.ペリー来航の地としても有名.ホテルは白浜海岸に面しており,近くに神社もあったので,行き先はここに決まった.しかし,一泊二食付となるとそのホテルでは都合が悪かった.一旦オンラインで予約したものの,すぐに取り消して,別の宿泊施設を予約し直した.それも,今にして思えば,背後(ガイド)の非常に有難い配慮だったと納得する.シーズンオフで,宿泊客は私ひとりしかいなかった上に,奥さんが留守で,若いオーナーの男性と小学生の息子さんだけだったから.さまざまな事情からここ数年間,ひと−特に女性−との接触や交流をできる限り避けてきたという経緯が私にはあった.

出かける前の予定では,下田市内の観光,宿泊先近辺の散策と白濱神社(伊豆最古の神社とされる)の参拝が主な目的だった.しかし,二日目に全く予定外の場所を訪れることになった.

それは,石廊崎(いろうざき).伊豆半島の最南端で,石廊崎灯台でも知られている.

石廊崎も然ることながら,旅行自体が導きだったと感じずにはいられない.

前年の暮れ,私はなかなか答えの出ぬ問題とストレスに半年以上苦しんだ挙句,ミディアムのもとを訪れていた.2週間という短期間に二人のミディアムをはしごしたのは,あとにも先にもこの時だけ.ガイドからは,さすがにそのことをかなり厳しくたしなめられたが,最後には,「あなたは答えを知っているでしょう?」と言われてずいぶん安堵した.そして,その同じミディアムに,旅行に行ったらどうか,と言われていたのだ.その時点で,私には旅行に出かけるつもりも,行かれる余裕も全くなかったので,それはちょっと難しい,と答えたかと思う.すると彼は,神社でもいいし,自然があるところでもいい,と続けた.この全てが見事に実現した旅行だった.

下田へは電車を何本も乗り継いで行った.まず,この道中少し面白いことがあった.伊東から伊豆急行を利用したが,途中どこかの駅で列車(前3両)の切り離しがある.最初に乗ったのは5両目だったが,すぐ後ろに座っておられた老夫婦と車掌さんの会話を耳にして,早めに列車を移動することに.おそらくその駅の3つほど前の駅だっただろうか,彼らの後に続いて車両を移動したが,3両目の手前で通り抜けることが出来なかったため,一旦ホームに降りた.その後,その老夫婦はホームを真っ直ぐに歩いていかれたが,私は次の車両にすぐ乗り込んだ.これは咄嗟にとった直感的な行動だった.が,私が乗ると間もなくドアが閉まり,そのご夫婦はホームに取り残されてしまった.電車は1時間に一本くらいの路線だ.もし,あの時,すぐ列車に乗り込まなければ,旅の予定はかなり狂っていただろう.「まもられている」−そう実感した出来事だった.

そのご夫婦にとっても必然的にそうなったことで,何か意味があったに違いない.

車両を移動する前,本から顔を上げてぼうっと車窓の景色を眺めていると,ふっと「いろうざき」ということばが浮かんだ.この時点で,私は石廊崎が伊豆半島にあることは知らなかった.まさか下田駅前からバスで行かれる距離にあるなどとは知ろうはずもない.そのときは,「あぁ,いろうざきって,“石廊崎” でしょ?灯台が有名だったかな」とだけ思って遣り過ごした.

下田は開国の街.ペリーが黒船で来航したという歴史的にも重要な場所で,有名な観光地らしい.平日に出かけたため,旅行者も非常にまばらで,たまに大学生らしき若いカップルに出会うくらい.下田市街はそれほど広くなく,2, 3時間もあれば徒歩でまわりきれるはずだ.ロープウェーに乗って寝姿山(ねすがたやま)に登ると,山頂から下田港を一望できる.開国当時の歴史に関心のある方には興味深い場所かもしれない.

 

上の写真はペリーロード.このあたりをペリー総督とその一行が行進したとか.開港当時のままの姿で残っている.市街地のマンホールの蓋には黒船がデザインしてある.


一通りざっと見て回ると予定の時間になったので,バスで白浜海岸そばの宿泊先へ.チェックインを済ませてから,海岸へ足を伸ばした.その名の通り,砂浜の砂は白く,遠浅の海はどこまでもエメラルドグリーンで美しい.しかし,2月の浜辺はさすがに風が冷たい.浜辺にじっと座って海を眺めているのも寒いので,歩くことに.すると,思いがけなく白濱神社に着いたので,早速参拝することにした.当初の予定では二日目の朝に行くつもりだった.午後4時過ぎだったが,参拝客も非常に少なく,静かだった.山の上にある本殿辺りの空気は澄んでいて,とても気持ちがよかった.白濱神社参拝も導きだと感じた.なぜなら,最初から白濱神社参拝が目的ではなかったから.すでに述べたとおり,最初の思いつきは,ひとりでのんびり休むことだった.が,下田のPホテルがまさにこの神社の近くにあったことが理由で,その存在を知ったのだ.

さて,その夜,オーナーと話をしていたときのこと.下田港の周遊船「黒船−サスケハナ」が面白そうだと思っていた私は,それについて尋ねてみた.すると,石廊崎港の周遊船の方が面白いですよ,という返事.石廊崎の絶景やそこにある小さなお宮のことも,そのとき初めて彼から聞いた.下田駅からバスで片道40分くらいで行かれるという.部屋に戻って,ネットでいろいろ調べた結果,翌日石廊崎へ行くことに決めた.行きの電車の中で地名が心に浮かんだことも決め手となった.前の晩に降り出した雨は,翌日の朝まで降っていたが,バスが石廊崎港に着く頃には止んでいた.バスから見えた太平洋の景色も清々しいものだった.石廊崎へは,ふもとの港から20分ほど歩く.途中まで急な上り坂があるが,植物園(閉鎖中)の辺りまで来てしまえば,それ以上の上り坂はない.途中,写真撮影を終えたらしい男性や他の観光客とすれ違った.

断崖絶壁で,突端に立つと270度見渡せる絶景ポイント.晴れていれば,そこから伊豆七島が見渡せるとか.当日はとりあえず晴れてはいたが,太平洋の見晴らしはさほど良くなかった. 

 

手前(写真のさらに左下の辺り)に石室神社が,岩山に食い込むように建てられている.そこを参拝してから少し登ると,この写真の場所に出る.大きな船の舳先のような感じにもみえる.これからいよいよ航海に出かける,といった様子か.

朝11時過ぎだったが,とにかく気持ちがよかった.風が少し強かったが,それも心地よかった.言葉では言い尽くせない.ここに来るべくして来た,と感じた.

直感に従うことは,導きを受け入れること
でもある.

帰宅後,気になっていろいろ検索すると,石廊崎は富士山から流れてきた龍脈(強い気の流れ)が太平洋へ落ちる所,という記載を見つけた.かなりパワーの強い場所とのこと.行くだけで,禊ぎ(みそぎ)をしたのと同じ効果がある,と書いてあるのを読んで,思わず納得した.そのくらい気持ちが良かった.それまでの様々な悩みを忘れ,感情面の曇りが洗い流されたような気がした.

また,下田という地にも意味があるはずだと思った.ペリー一行は,最初に浦賀を訪れ,次に下田に来航している.実は,大震災が起こらなければ,3月下旬には浦賀(久里浜)へ日帰りで出かける予定だった.どちらも開国の地.私の人生もこれから少しずつ開けていくのではないか.これまで閉ざしてきたものを,少しずつ開いていかなければならないし,開けるようになるのかもしれない.

3/09/2011

走水神社・小桜神社

日本に近代スピリチュアリズムを紹介した浅野和三郎氏の編纂による,『霊界通信 小桜姫物語』(潮文社)の通信霊,小桜姫が祀られている小桜神社.


小桜姫は,夫人の浅野多慶子氏の守護霊でもあり,多慶子夫人は優れた霊媒でした.(詳しくは本書をお読み下さい.)

小桜神社とは通称で,正確には,浜諸磯神明社(写真手前右側の建物)の若宮神社,と言うようです.神奈川県三浦市諸磯(もろいそ)の,人の往来も大変少ない,ひっそりとした場所にあります.訪れたときは誰もいませんでしたが,帰り際に地元の女性の参拝者おひとりとすれ違いました.

小桜神社の前で手を合わせていたら,他のブログでも紹介されていた有名な(?)猫がどこからともなくあらわれ,足元に座り込んでいました.


猫は姿を見せてから,私が参拝を終えて境内にいる間中,足元にまとわりつきながら,時折小桜神社の方を振り返っていました.動物は敏感です.何かを感じていたのでしょう.

小桜神社を振り返る猫

ときどき後ろを振り返りながら,途中まで見送ってくれました.とても人になれたネコです.

小桜神社の前を離れ,拝殿の前へ来たとき,急に陽が差してきました.ちょうど小桜神社の左斜め上の辺りです.(朝から晴れてはいましたが,うす曇りでした.)そこでシャッターを押して撮れた写真です.


太陽光の周りにピンクの円が5つ見えます.上が欠けているため5つですが,フルに写っていれば,8つあるのかもしれません.写真に詳しい人によれば,これは"ゴースト"と呼ばれる現象で,太陽光がレンズやカメラ内部で乱反射して起こる現象だそうです.ただ,赤い色や,このように形が綺麗に並ぶのは珍しいとのこと.機械に負荷がかかる恐れがあるので,逆光写真はなるべく撮らない方がよいとも.他のブログでは,「太陽曼荼羅」と呼ばれていて,心に準備ができた人(どんな準備か?)に写すことのできる,スピリチュアルなエネルギー写真として紹介されています.似たような写真を載せているサイトは,少し探しただけでもいくつも見つかったので,デジカメを使えば誰にでも写せるものなのかもしれません.今のところ真相は不明です.(確かなことをご存知の方がいらっしゃいましたら,是非ご一報ください.)

祈りと願いが聞き届けられたのかもしれない,とも感じました.

京浜急行の終点である三崎口から,浜諸磯行きのバスに乗って終点で下車(乗車時間約20分).神社はバス停から歩いて1分もかからないところにあります.バスは1時間に1本しか運行していないので,帰りは散歩がてら,神社の前の道を,20分間ひたすら直進して天神町のバス停を利用するのがよいかと思います.(歩道がないため,後ろから走って来る車にはくれぐれもご注意を.)運行本数もずっと多く,三崎口駅まで近いので運賃も少しお安くなります.


『小桜姫物語』を読む限りでは,小桜姫と弟橘媛は同系列(龍神系)のたましいです.弟橘媛命は日本武尊のお妃で,ともに走水神社の主祭神です.あるテレビ番組で紹介されたことで随分有名になり,平日だというのに遠くから参拝者が訪れていました.本記事では逆になっていますが,順番としては,まず走水神社に詣でてから小桜神社に参るというのが正しいかもしれません.

走水と浜諸磯とは非常に趣の異なる場所です.


写真は,本殿から下を見下ろす位置からのものです.

走水神社ではおみくじをひいたり,お守り等を買うことができますが,浜諸磯神明社には社務所がなく,おみくじなども一切ありません.また,走水神社の手水舎には富士山からの湧水がひかれています.ペットボトルなどに汲んで持ち帰ることもできるようです.手水舎の脇には持ち帰り用の砂も置いてあります.

本殿から更に左上へ登っていくと,神明社があります.この鳥居の手前辺りが境内ではパワーが最も強いとか(記憶が正しければ).時節がらかどうか,空気がとてもひんやりしていました


降りてくる途中,眼下に広がる景色.


走水神社(神奈川県横須賀市走水)は,京浜急行の馬堀海岸駅からバスに乗り(10分ほど),走水神社で下車して徒歩で1~2分のところにあります.バスは1時間に3本運行しています.神社からさらに足を伸ばすと観音崎があります.



神社の参拝は,物見遊山やご利益目当て(ただ行けば自動的に良いことが起こることなどない)ではなく,祭神様にご挨拶に行くつもりで詣でるのが望ましいかと思います.

* * *

走水神社は,テレビで紹介されて以来,パワースポットとしても知られるようになりました.パワースポットについてはこちらのサイトが参考になるかもしれません.パワースポットに行くだけで自動的にパワーが得られるとか,幸運がもたらされる,ということはありません.癒されて少しすっきりする,ということはあるかもしれません.神社をはじめとするパワー・スポットは,私利私欲を叶える場所ではないと仰る方も。それまでの蓄積がない状態で出かけても,残念ながら期待されるような効果は得られないようです.

2/09/2011

石廊崎 Irouzaki, the southernmost point of the Izu Peninsula

石廊崎灯台で知られる石廊崎は,伊豆半島の最南端に位置します.灯台に向かう手前に石室神社の鳥居があって,お社は崎の手前にあり,突端には熊野神社があります(写真に写っている小さな鳥居状に見えるのが熊野神社).

行かれたことのある方も多いかと思いますが,眺望は絶景です.(突端から見える景色は270度海です.)また,石廊崎はとてもエネルギーの強い場所でもあるようで,訪れるだけで,禊ぎをしたのと同じような効果があるそうです(こちらをご覧ください).

灯台へは石廊崎港の脇から始まる坂道を上っていきます.下のは,その港から内海に向かってシャッターを押して撮影したものですが,すこし面白い写真が取れました.(クリックすると大きくなります.)

                       




太陽の光が緑とマゼンダ(うす赤紫)と青緑(は背景の山の色かもしれません)とに分かれて見えます.肉眼で見える見え方とは少し違っています.太陽からの不可視のパワー・エネルギーは,こういう感じで地球に降り注いでいるのかもしれません.(注)

天からの祝福を感じます.



(注)写真に詳しい方によれば,すぐ上の写真は,「フレア」と呼ばれる現象だそうです.逆光で撮ったとき,太陽光がレンズ内で反射して起こるとのことです.

読みたい本(7)

  千賀一生。『ガイアの法則』ヒカルランド。 いまの時代に読むべき必読書です。 正・続2冊ありますが、1冊目の裏表紙に印刷されている言葉を以下に紹介します: 宇宙に,聖なる16ビートが存在することを告げるガイアの法則— 新型コロナとの驚くべき精緻なる関係性も明らかに! 地球の歳差...