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1/24/2011

怖い話が好きな子ども

クラスに参加することに決めてからも,私にはまだ自分が何をしようとしているのか,まるで把握できていなかった.なにしろ,「ミディアムになりたい」などと言いながら,「あなた霊媒体質でしょ?」と聞かれる度に,「いや,違うと思います」とか「さぁ,わからないです」などと答えていたのだから.

基本的に,霊媒体質でなければミディアムや霊能者として,幽界や霊界からメッセージを受け取って伝えるという活動はできないとされる.しかし,霊媒体質であれば全員ミディアムになるかといえば,そうではない.また,霊視・霊聴が利かなくても,霊媒体質ということがある.非常に大雑把に言えば,オーラが大きく,目に見えないエネルギーをキャッチしやすい体質を指して,霊媒体質という.自分以外のエネルギー体を引き寄せやすいということだ.例えば,俳優や広くアーティストと呼ばれる人々にはこの体質が多いとされる.特に,演じるという仕事は,自分以外の個性を表現しなければならないので,不可欠な要素かもしれない.要は,そうした体質がどういう方向性に活かされるか,である.直接,霊界通信に携わってメッセージを伝えることで人々を癒したり,励ましたりするのか,演技や演奏といった芸術活動等を通じて間接的にするのか,その違いだけのようだ.

クラスに参加することにした理由はもうひとつあった.2000年に都内で,アメリカ在住の英国人ヒーラーのセッションを受けていた.リーディングとヒーリングがセットになったセッションで,リーディングでは,あなたはインスピレーションがとても強いから,訓練すればわかるようになるわよ,と言われた.彼女によれば,なんでも私は10歳くらいまでに,自分のそうした能力を自分で一旦封じ込めた,というのだ.周囲の人々のネガティブな思いをそのまま感じ取って,影響を受けてしまわないようにするためだった,と.能力を封じ込めたという記憶は全くないが,少し心当たりらしきことはあった.当時,たとえばお祭りに出かけて人ごみの中に入ると,腹痛を起こして歩けなくなったり,風邪で寝込んで1ヶ月近く登校できなかったこともあった.(行楽地に出かけたとき,拾いものをしてきたのではないか,と今は思うのだが.)そのセッションで言われた言葉も,リーディングを受けた後に思い出された.もしかするとそうかもしれない,と信じるひとつのきっかけにはなったようだ.

子どもの頃,絵画教室とピアノ・レッスンに「通わされて」いたが,特に芸術的な感性に優れていたわけではなかった。が,霊とのご縁は,意外なところに潜んでいたようだ。最初の記事に,私はブランコと着せ替え人形が好きなごく普通の子どもだったと書いた。実は,他にも好きなものがあった.

それは怖い話.

それも,ヘビ女ゴーゴンとか,ろくろ首,四谷怪談といった類いの,ステレオタイプなお化けの話.10歳の頃,風邪をこじらせて肺炎になり,しばらく登校できなかった時,ベッドの中で何度も繰り返し読んだのが,学研の子ども向けの怪談本だった.また,いつごろかは思い出せないが,お盆の時期,某民放で一週間特集番組が組まれた『●●●の知らない世界』も大好きで,毎年,母と二人でよく観ていた.怪談好きが嵩じてついには,心霊写真集にまで手を延ばした.はじめのうちは,書店の店頭に並ぶ写真集を手にとって,怖いものみたさで,頁をぱらぱらめくるだけで満足していた.が,次第にそれでは物足りなくなり,黒表紙の本を一冊買ってもらうことに.部屋で一人になって,不自然に肩に置かれた手首とか,プールの水面に浮かび上がる不鮮明な人の顔など,写真の一枚一枚,本の隅々まで一通り目を通すとさすがに非常に怖くなってしまい,本棚の奥にしまったきり,その後二度と開くことはなかった.(6年前,古本屋に出す直前にもまともに開けなかった.)

当時は,死んだ人が化けて出るという,霊現象そのものにも面白さを感じていたに違いないが,いま振り返ると,むしろ背景にストーリーがある点に魅かれていたのだと思う.なぜ女性の霊が夜な夜な現れるかといえば,それは何か伝えたいことがあるからだし,お岩さんが化けて出たのは,愛する人に裏切られた悲しみゆえといった,隠れた真相にひきつけられていたように思う.また,そうした話の多くは,勧善懲悪的な要素を含んでいたところも気持ちが良かった.相手を傷つけると必ずその償いを受け,改心して,一件落着する,という展開だ.

母とは,この点では趣味が合った.彼女は,晩年にはよく不思議な夢(特に予知夢)をみていた.ひとつは他所でも紹介したが,予知夢以外にも面白い夢を見る人だった.例えば,彼女の姉の一人が他界して暫くしてから,彼女のご主人も亡くなられた.その後間もなく,母の夢にご主人が出てきて,母の枕元に座っていた大きな犬に向かって,「こっちへ来い,こっちへ来い」と手招きしてその犬を連れて行った,というのだ.おばさんは戌年生まれだったから,あの犬は姉に違いない,と母は言っていた.おそらく,亡くなってからどこへ行ってよいかわからず,妹である母を頼ってこちら側に留まっていたものと思われる.その彼女のたましいを,亡くなったご主人が連れて行った,ということなのかもしれない.いま少し疑問に思うのは,他界して間もない人が,一足先に他界し,幽界へ行けないで迷っているたましいを導けるのか,ということ.真相は定かではないが,少なくとも,母はこういう話がわかる人であり,私にそういう世界があることを教える役目を果たしたのだろう.また,彼女は,四国巡礼中に,存在しない風景(宿泊先の庭先に,夏なのに雪が積もってみえた,と言っていた)をみたこともあった.帰省する度に母からこうした不思議な話を聞くのは,当時の私にとってひとつの楽しみだった.夢以外にも,出来事に隠された見えない意味や出来事のつながりを読み解く方法を,日常生活の中で彼女から教わっていた.いま振り返ると,彼女の存在は,私がミディアムになる流れに結びついていることがよくわかる.

人生に起こることはすべて必然だという.子ども時代に怖い話が好きだったのも,母と新倉イワオ氏の番組を真剣に見たのも,心霊写真集を買って読んだのも,母が予知夢をみる人だったことも,すべてリーディングをするために必要な出来事であり,プロセスだったのか.

心霊写真集を本棚にしまって以来,怖い話好きは落ち着きをみせた.その後,ピアノ弾きに夢中になった一時期を経て,英文科へ進学.英国史の授業を受けたことが,おそらくは,直接のきっかけとなり英国に魅せられた.その後,現在までの長きに亘り,最大の関心事は英国文化へとすっかり移行した.現在のところ,英国狂いは少し勢いを失っているが,英国への関心は英国留学として実現し,やがて予想もしなかった方法で人生での大きな転機へと結びつく.

1/21/2011

ガイドからのメッセージ

2007年春先に受けたリーディングでは,ガイドからいろいろなメッセージを貰った.

その頃までには,すでに精神世界の本を100冊近く読み漁り(千冊読む人も少なくない),精神世界やスピリチュアリズムについてある程度の知識があった.また,2001年の初めに出会った九州の女性霊媒(以下,Aさんとする−彼女は,ある有名霊能者と「同じものが視えるから,あの人は本物」と言われていたが,そういう言い方もあるのだろうか)から,過去生霊視(遠隔)を何度も受けており,自分の過去生,家族との過去生での関わりなどについて相当量の情報を得ていた.では,なぜ敢えて,この時点で新たにリーディングを受けたのか.それは,得るべき新たな情報を得る準備ができたからであり,次のステップへ進むためだった.

最初の記事でも触れたが,このスピリチュアル系団体を見つけたのはネット経由だった.その頃にはすでに,霊的な教えを知らない人々に伝えたい,と思うようになっていた.当時の私はスピリチュアルな教えを,あくまでもひとつの「知識」として,読書会のような形で少人数の人々を対象に広めることを考えていた.そして,その参考にするため,似たようなことをしている集まりに顔を出すことを思いついて探し出し,参加.しかし,その読書会は,参加した回に限って言えば,1冊の霊訓の数ページを輪読して,主催者の“レクチャー”を拝聴する形式で,全く期待はずれに終わった.近県で似たような形式の集まりを再び探してはみたものの,ピンと来るところが見つからぬまま,あちこちサーフしているうちに辿り着いたのがこの団体だった.

霊媒A氏を通じて,研究者の指導霊(男女二名)からサポートを得ていると知っていたため,リーディングでもてっきり同じガイドが何か言ってくるものと思いきや,実際には,それ以外のスピリットから通信があった.侍(浪人風),ネイティブ・アメリカン,医師,そして長髪の男性(髪型が刈谷崎省吾さんのようで,お茶とか活け花の先生のようだ,としきりに言われた)らが入れ替わり立ち代わり現れた.最後のガイドは,その後,Aさんによって「モーゼのような男性」と霊視されたガイドと同一と思われるが,リーディングの後半で,いまにつながる重要なメッセージを送ってきた.以下では,リーディングに関係のあるものに的を絞ってみたい.

まず出てきたのは,険しい山の峰から垂直に降ろされた1本の縄ばしご.はしごと山の岩肌の間に,導くように金色の紐が暗い世界から下ろされている.この山の光景はよほど険しく見えたのか,ミディアムは何度も「険しいね」と言った.この縄ばしごはゆらゆら揺れていたようだ.精神世界に関心があるかと尋ねられた.イエスの返事に,「きみは導かれている可能性が高いね」との言葉.でも,はしごが「揺れている」ので,確信を持ちきれないのではないか,と問われたが,全くその通りだった。

次に,酒樽が出て,その栓がかなり緩んだ状態で,いまにも抜けそうな様子に見えるという.すでに,お酒が少し漏れ出ているようだったが,中に入っているお酒が出たくてじっとしていられない,という感じがミディアムに伝わったらしい.栓がぐらぐらと動き始める様子は非常に良い感じがする,と言われた.その時は,何のことかはっきりわからなかったが,これはインスピレーションの開花を意味していると思われる.お酒は英語で"spirit" (蒸留酒)ともいう.

それから,本が沢山出てきて,「X」(ばつ)が見えるという.つまり,本は読まない方が良い,と言っているらしいのだ.ガイドは,私のサードアイチャクラ(第三の目 眉間の辺りにあるとされるエネルギーセンター)を指差して,「心眼でものを見極めよ」と言った.言葉に頼るな,といったメッセージではないか,とミディアム.「文字ばかりではなく,そろそろ開発し,実行に移せ」と言われたものの,いまひとつよくわからない.とりあえず「どうやって開発するのですか」と質問してみたら,今度は,オーラの浄化を意味するヴィジョンが出た.透明なビンの中に煙が一杯入っているが,そのビンを雲の中にしばらくおいておくと,雲も煙もすっかり消えて透明なビンだけが残る,そういうヴィジョンだ.ここで,瞑想がいい,とミディアムからアドバイスがあった.

リーディングは続く.石段があり,山の頂上から白い光が水のように流れてくるヴィジョンが来た.石段はゆるやかカーブしながら頂上へと続いていくが,途中,木の枝に隠れているところもあったことから,霊能開発のプロセスで回り道をしたり,苦労することがあるのではないか.さらに,白い滝が現れ,誰かが双眼鏡でこちらを見ているという.「光の世界に,君に注目している人達がいるね」と言われた.そして,最後に少し面白い映像があった.新聞が印刷機で大量に刷られる映像と,カメラで写真をパチパチ撮る様子だ.将来,精神世界に関する何らかの活動が,新聞などで報じられるのではないか,というのだ.

ここでリーディングは終了.この時点では,私にはこれらのメッセージが本当に何を意味しているのか,いまひとつわかっていなかった.わからないながらも,帰途の車中で,軽いショック状態にあった私は,ただ漠然と,「あぁ,大変なことになった」と途方に暮れたことを今でもよく覚えている.

その当時抱いた“霊的な教えを知らない人々に伝えたい”という想い−これは,長きに亘る試練の先に待っていたひとつの道標だった.それをようやく見出した私に対して,読書会という方向性ではなく,ミディアムとしてあの世とこの世の架け橋となる準備をしなさい,と強く促すリーディングであった.しかし,このことがわかるまでにはもう少し時間が必要だった.何しろ,最初の記事にも書いたように,私は生まれつき何かが視えるということもなく,霊感が強いと思ったことなど一度もなかったし,それまでも,それ以降も相談者の側であり続けるつもりだったのだから。いきなり,「さっさと霊能を開発しなさい!」などと言われても全く呑み込めなかったのである。

ほかに思うところも少しあり,とりあえず後ろの方々の指示に素直に従い,リーディングから1年後の春,同組織のクラスに参加。2011年7月までの3年半の間,ミディアムを目指して,指導と訓練を受けることになった。
* * *

リーディングで驚いたのは,「お医者さんがついているね」と言われたこと。学生時代から夢の中にお医者さんが登場しては,相談したり,アドバイスを貰うことがあったからだ.しかも,医師に会う夢は目覚めてからもよく覚えていたし,言われた言葉にびっくりして目が覚めたことも何度かあった.

今でも鮮明に覚えている夢がある.学生時代,ある別れがあった.正直なところ,さほど好きな相手ではなかったが,予期せぬタイミングだったこともあってショックが大きく,当時の私は怒りさえ覚え,わだかまりを捨てきれないでいた.

夢の中で私は,電動ノコギリを使って木の板を切っていたが,あやまって自分の左手首を切り落としてしまった.非常にリアルで,驚きのあまり一旦目を覚まして,左手首を確認してから再び寝なおしたほど.切断した左手をすぐに手首をくっつけみたら,元通りくっついたが(この辺りが夢のおかしなところ),みみず腫れのような跡がうっすらと残っていた.とはいえ,専門家に一度診て貰うほうがいいだろうということで,外科を受診.伊武雅人似のその医師は,私に左手でボールを投げるように言うので,小さなボールを下から上に放り投げてみると,問題なくできるではないか.彼は,「跡は少し残りますが,大丈夫ですよ」と事もなげに言った.

その後も夢にたびたび登場する医師は,実はスピリット・ガイドだったらしいと判明し,納得.リーディングで医師が伝えてきたことは,健康に関する内容が多かった.例えば,私はアレルギー体質で,軽度の食物アレルギーがあるが,花粉症はでない.よほど大量に飛散しない限り,春先にマスクなしで外出しても何ともない.ミディアムに見えたヴィジョンでは,私の頭からすっぽりと透明なプロテクト用のヘルメットが被せられていたが,このことを指しているように私には思えた.花粉アレルギーが起こる因縁がないか,花粉から守られている,といってもいいのかもしれない.

もうひとつ,その医師が,芸者姿の女性(私の過去生ではないかと指摘あり)の背中を診察しているヴィジョンが出た.彼は,カルテを見て,背中のどこが悪いか探ろうとしている.そのカルテが一枚ずつ縦にずらりと並んでいる.あたかも一枚のカルテがひとつの人生であるかのように,その一枚一枚をみてどこに原因があるか調べているようだ,というのだ.これにも少し心当たりがあった.肩こりに悩まされていた私はその頃ちょうど,欧米式のカイロプラクティックで脊柱矯正を受け始めたところだった。そして,漠然と,この背骨のゆがみは一体どの過去生に由来するものなのだろう,などと思っていた.調査した結果が芸者の過去生,ということなのか,まだ調査中という意味なのか,はたまた,あなたの考えていることはすべてお見通しですよ,というお知らせなのか.ミディアムの口からそれ以上のことは聞かなかったし,私も尋ねなかった.

1/13/2011

きっかけ

今年4月からリーディングを始めた。リーディングとは,「霊査(れいさ)」という言い方もされるが,霊感(インスピレーション)や,それと共に霊視・霊聴等の能力を用いて,相談者の守護霊とコンタクトをとり,その相談者に必要なメッセージや情報をもらう行為を指す.

しかし,私は生まれつきオーラが見える子どもではなかった.人ごみが苦手ということもなかった.暗闇と掃除機とジューサーの音を怖がり,泣き虫で,公園のブランコ乗りと着せ替え人形遊びが好きなごく普通の子どもだった.自分で霊感が強い,などと思ったことは,ただの一度もなかったし,正直なところ,今以てそうした自覚はない.周りの大人から,感受性が強いとか,カンがいいと指摘されることはあったが,もっと繊細な人はざらにいるし,ましてや霊媒体質などとはつゆ知らずごく普通に暮らしてきた.

その一方で,私は学生時代から長年,霊感占い師や霊能者のお得意さんだった.つい数年前まで,今後も人生で何か困ったことがあれば当たる霊媒に相談するのが最善だと大真面目に考えていた.その私が,なぜリーディングを提供する側になったのか.

直接のきっかけは,都内某所で受けた英国式のリーディングだった.ある晩,ネットサーフをしていたら,あるスピリチュアル系団体のウェブサイトに辿りつき,スピリット・ガイド(指導霊)のリーディングを提供していることを知った.留学中,英国でプライベート・シッティング(一対一の対面リーディングで,亡くなった親族からのメッセージを受け取る個人向け交霊会)を一度受けた経験から,非常に興味を持ち,すぐに申し込んだ.リーディングを受けたのは忘れもしない,その翌年2007年2月14日である.

当日,会場に入ると待っていたのは男性ミディアム(medium 霊媒)だった.女性ミディアムに申し込んだはずだったのに,なぜか男性だった.私の単なる記憶違いか,それとも天のはからいによる手違いか,いまなお真相は闇の中.リーディングではさまざまなメッセージが伝えられ,かなり先の将来を見通したものもあった.リーディングの直後に,ミディアムから,クラスに来てみないかと誘いを受けたことがはじまりだった.

これは,しかし,ひとつの小さなきっかけにすぎない.はじまりは13年前に遡る.尤も,本当の始まりは,そのずっと前,この世に生を受ける以前かもしれないが.

人はだれもが,自分で自分の人生のシナリオを決めて生まれてくる.


読みたい本(7)

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