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5/06/2015

90 「スピリチュアリズム」は地上のラベル

しばしば申している通り,あなた方はスピリチュアリズムという言い方をされますが,これは地上のラベルであって,私にとっては自然の法則そのものなのです。スピリチュアリズムという用語を用いると人によっては,とくにその真意を知らない人にとっては,何やら不気味な感じを与えます。それよりも,大自然の法則―宇宙の物理的・精神的・霊的法則,まだまだ未開拓のままである人間の潜在的能力,表面下に存在する活動の世界,すなわち超自然界,人間のもつより繊細な能力―こうした広大な分野は“スピリチュアリズム”とか“霊媒現象”といった,誤解されやすい用語を用いなくても教えることができます
 詭弁を弄しなさいと言っているのではありません。真理には多くの側面があり,したがって特別なラベルを貼らなくても表現できることを言っているのです。
『シルバーバーチの霊訓  第二巻』  pp. 62-63.





『シルバーバーチの霊訓』は,スピリチュアリズムの,いわば「バイブル的書籍」として認知され,日本で広く読まれるようになりました。中には,シルバーバーチと英仏の一部の霊訓以外は認めないという,あたかも原理主義的立場を取る人々もおり,ウェブサイトを通じて自説の普及に尽力されています。が,その様子は一種カルト的様相を呈しているようにも見受けられ,少し危惧を覚えます。そして,彼らに,ネット経由ではないかと思いますが,影響された人々が少なからずいて,その中には,当該団体がしているように,特定個人を名指しで批判したり非難されている方々もいらっしゃると聞いています。イスラム国の過激思想に染まってしまう若者たちのことが心をよぎるのは,私だけでしょうか。

当ブログでも,『シルバーバーチ』からの引用には独立したカテゴリーを設けて,相応の扱いをしているせいかどうか,ブログを読んで下さる方の中には,専らシルバーバーチの記事に目を通して,あなたはどのような経緯でスピリチュアリズムに出会ったのですか,と質問なさる方もいます。他の記事もお読みになれば,いきさつの概略くらいはわかるはずなので,そのような野暮な質問はとても尋ねることができないだろうと思うのですが,読む記事の選択は個人の自由意志に委ねられているため,正直,こちらとしては対応に困ることがあります。

また,あなたは英語教師なのか,それともスピリチュアリズムを追求するミディアムなのか,と二者択一の答えを迫る質問も受けたことがあります。普通の会話で問われたとしても,いささか頓珍漢ですが,このような疑問を抱くこと自体,スピリチュアリズムの理解が表面的であることの現れではないでしょうか


スピリチュアリズムとは,宇宙・自然の摂理/真理を,既存宗教の枠を(ついに)外して説いた知識体系です。発祥の地である英国では,その教えをにわかには信じられない大多数の人々に,様々な霊媒現象(初期には,エクトプラズムを用いてスピリット・ガイドや亡くなった人やそこには存在しない物質を作り上げたり,物体を移動させて離れた場所にあるもの目の前に出すといった物理現象を通して,中・後期には降霊会,マスコミを利用したデモンストレーションやプライベート・シッティングを通して)を起こして,わかりやすく示してきました。「スピリチュアリズムといえば霊媒現象」,つまり,死んだ人と話をすること,と短絡的に結び付ける英国人が少なくないのは,こうした歴史的経緯があるためではないかと思います。

いずれにしても,そこにあるのは,無知であり,字面通りの解釈であり,教科書的な理解です。

スピリチュアリズムとは自然の摂理であり真理であると深く納得すれば,教条や霊訓の種類にこだわらなくなるものではないでしょうか。例えば,「シルバーバーチ」以外は認めない,という偏狭さは,ラベルやレベルで物事を判断する態度,ひいては物質至上主義と類似しています。年下の女性を見下ろす男性の態度とも通じる部分があります。

精神世界の教えは,実に幅広く奥深いものです。霊界サイドは,様々なチャンネル(霊媒や各種ライトワーカー)を通じて,真理を広く地上の隅々にまでいきわたらせようとしています。地上には,実に多種多様な人びとがいるので,伝え手にも,多種多様なライトワーカーたちを用意して,多くの人々が受け取りやすいようにしています。昨今の日本には,“シルバーバーチ・ファン”が大勢いますが,シルバーバーチ以外は価値がないとか,霊訓に書いてある内容と矛盾している・いない,といった狭い視野から,他のライトワーカー達の活動を否定したり,批判したり,軽視する,といった姿勢は,真理を深く会得した人々のものとは言えないだろうと,個人的には感じます。

スピリチュアリズムというのはひとつの知識体系ですが,シルバーバーチでも繰り返し言われているように,「知識には責任が伴う」ものです。責任とは,知識の「実践」です。知識を得た以上は,その実践者になることが強く期待される,ということです。実践とは,あらゆる機会において,言動と感性を真理に沿ったものにするよう努める,ということでしょう。他の人々を助ける,ということもその中核をなすものです。いわゆる生業の仕事とスピリチュアルな活動とを切り離す発想の方がおられますが,これも理解不十分が理由です。あなたは英語教師かミディアムかと問う頓珍漢な質問はひとつの典型例です。


本来であれば,人を教え導き,自らも精神修養を日々怠ってはいけない立場にありながら,察知される数々の的外れで自己満足的な理解や女性に対する差別的態度には,失望と落胆を禁じ得ません。

リーディングを受けることを「実践」と呼ぶ人はいないでしょうが,個人的に行う瞑想は,実践に含まれるでしょう。霊訓を繰り返し読んだり,読書会に参加することにも意義はあるかと思いますが,一人ひとり異なる個性を持ち,課題を持ち,異なる人生を歩んでいます。最終的には,自ら気づきを得るしかありません。スピリチュアリズムの価値を認めつつ,瞑想は私には関係ない,と言う方がいらっしゃいますが,こういう考え方は初心者のものです。外界のノイズをシャットダウンして,心静かに過ごす時間を持つということは,内なる気づきを得やすくなる,非常に有効な手段です。

「スピリチュアリズム」という用語が,地上の便利なラベルにすぎないのなら,「スピリチュアリスト」という呼び名もラベルにすぎないことになります。「スピリチュアリスト」を名乗る人々は,スピリチュアリズムを理解し,それに沿った生き方を実践しているという自覚と自負があるようです。現実には,しかし,自己評価―かなり楽観的な―にすぎないのではないか,と思われるケースが少なくありません。私が「スピリチュアリスト」とわざわざ名乗る行為にずっと違和感を感じてきたのは,未熟すぎる「自称」スピリチュアリストたちを少なからず見聞きしてきたこともありますが,その背後には理解の不十分さが隠れているのではないか,と感じるからです。


スピリチュアリズムとは,人生を生きる上で指針とすべきものですが,実は,それによって私たちが生かされている,私たちもまさにその一部である,そのような大いなる摂理を説いたものです。多くの人びとは,その摂理のことをことさらに意識したり,俎上に載せることなく,日常の目先のことに取り紛れて暮らしながらも,生まれてきた目的や課題をクリアしていきます。スピリチュアリズムという用語など知らぬまま,インスピレーションを受け取って,広く世の為人の為になる活動を展開されている方々は大勢います。そうした中で,敢えて「スピリチュアリスト」を名乗る行為は,「私はあなたがたがとは違う」と自らを差別化し,多くの場合,(意識的にせよ無意識にせよ)自分を他より優位に置きたい,という気持ちの表われのように思えます。特定の霊訓名を殊更に強調して話すケースも同様です。

少なくとも私には,そうした優越意識や特定の霊訓のみを認める排他的嗜好・思考を共有することはできません。

単純なことをむずかしく語るのではなく,単純なことを深く理解する
自己内省と客観的な思索を。誰かのお説にぶら下がっているうちは,いつまで経っても自分のものにはなりません。



4/19/2015

地上に生まれるわけ

 “あなた”という個的存在は,最初から,つまり大霊と一体であった時から今の“あなた”だったわけではありません。表現の媒体を得て初めて“あなた”という個性をもった存在となったのです。その目的は内部の神性を顕現させるためです。内部に宿る神性は完ぺきです。が,それは種子が土とか水といった養分を得て発芽し,生長し,花を咲かせるように,顕現という活動を経て初めて,その美しさ,その輝きを外部へ発揮することになるのです。
 地上的な形態での存在の目的もそこにあります。すなわち物的身体に植えつられた神性の種子が発芽と生長と成熟の過程を体験するためです。その地上生活特有の体験によって,死後に訪れる,次の段階の生活に必要な資質と能力を身につけるのです。


トニー・オツセン編 近藤千雄訳。『シルバーバーチの新たなる啓示』 p. 163.



人間は神から分かれて誕生し,その生みの親である神に帰一すべく進化していくことが目的なら,なぜわざわざ分かれたのか,という質問に対するシルバーバーチの答えです。

ダイヤモンドも元はただの硬い岩です。機械で研磨して,整形して初めて高価な貴石としての価値が出るように,だれにも潜在している神性も,地上でのさまざまな体験を経て磨かれなければ,輝かない,というわけです。

そして,地上での様々な快苦は,スピリット・ワールド(「霊界」は英語では,Spirit world と表現される)での生活に必要な才能と能力を伸ばすためである,と言っています。

3/31/2015

19 インスピレーション

 もう一つ理解していただきたいのは,地上時代に発揮していた精神的ならびに霊的資質が何であれ,皆さんが“死んで”その肉体を捨ててしまうと,地上時代よりはるかに多くの資質が発揮されはじめるということです.肉体という物質の本質上,どうしても制約的・抑止的に働くものが取り払われるからです.そうなってから,もしも地上に,右の例の画家のように精神的ないし霊的なものを縁としてつながる人が見つかれば,その拡張された能力を役立てたいという気持になるものなのです.
 その影響力を無意識のうちに受けておられる場合もあります.地上の芸術家はそれを“インスピレーション”と呼んできましたが,それが“霊”から送られていることには気付いておられないようです.つまり,かつて同じ地上で生活したことのある先輩から送られてきているという認識はないようです.
 これは,わたしの場合にもいえることです.生命の摂理について皆さんより少しばかり多くのことを学んだわたしが,こうして地上へ戻ってきて,受け入れる用意のある人にお届けしているように,わたしより多くを学んでいる偉大な先輩が,このわたしに働きかけているのです.偉大さの尺度は奉仕的精神の度合にあります.いただくものが多いから偉大なのではなく,与えるものが多いから偉大なのです.
 どうか皆さんも,可能なかぎりの美徳を地上にもたらすために皆さんを活用しようとしている高級霊の道具である,というよりは,心がけ一つで道具となれる,ということを自覚なさってください.自分が授かっている資質ないしは才能を人類のために捧げたい-苦悩を軽減し,精神を高揚し,不正を改めるための一助となりたい,という願望を至上目的とした生き方をしていれば,何一つ恐れるものはありません
 何が起きようと,それによって傷つくようなことはありません.目標を高く掲げ,何ものにも屈しない磐石の決意をもって,“最大多数の人々への最大限の徳”をモットーにして仕事に当たれば,それが挫折することは絶対にありません.


『地上人類への最高の福音』 第七章より




インスピレーションを受けて為される仕事は,なにも芸術の創作活動に限ったことではありません。学校の勉強,会社や組織でのさまざまな仕事や,園芸,料理など,生活のありとあらゆる場面で霊的なはたらきかけがあります。大抵の場合,人々はそれと気付かずに受け取っているようです。

必要なときに,必要なインスピレーションをキャッチできることが肝要です。そのために,こういったことを「知識」という形で持っておくことも役立つでしょう。また,「こころの目や耳」を澄ませるように心がけることも大切です.霊的に受身の状態でいる,という言い方がされることもあります。

また,偉大さの尺度は奉仕精神の多寡にある,という点も,心に留めておきたいものです。


3/29/2015

91 たましいが目覚めるとき

魂が目覚めるまでは往々にして悲しみや病気がお伴をすることになります。絶望のどん底に落ちてはじめて目覚めることもあります。物の世界には真の慰めとなるもの,希望を与えてくれるもの,魂を鼓舞してくれるものが無いことを悟ったときに魂が目を覚まします。長いあいだ眠っていた霊性が目を覚ますのです。 (中略) 人生は精神と身体と霊の相互作用から成り立っています。残念ながら霊の活動が抑えつけられ,本来の属性や才覚や能力がほんのわずかしか顕現されていないケースがあまりに多すぎます。

『シルバーバーチの霊訓』(近藤千雄訳 潮文社)第二巻 p. 47.




目に見えない世界に「気づかせる」または「関心を持たせる」出来事は,おそらく非常に多くの人が体験するでしょう。しかし,そこからさらに,「魂の目覚め」に至るには,人並みの苦労では充分ではありません。

霊性も決め手には違いないでしょうが,谷底に突き落とされ,そこから独力で這い上がったことがなければ,真理を深く理解できるようにはならないのではないでしょうか。シルバーバーチをはじめとする霊訓を何冊読もうと,通信の素晴らしさにどれだけ感動しようと,実体験を伴わない場合には,教科書的な字面だけの理解に終始しはないか,と感じるこの頃です。



75 哀れみの心

 私に言わせれば,道徳的であるということは,自分が悟った最高の原理に照らして行動しているという理想を信念として生きることです.それは,たとえば人にやさしくするということであり,人の役に立つということであり,哀れみの心を忘れないということです.
 またそれは,いかなる意味においても人を傷つけないということであり,人の進歩を妨げないということであり,自分の理想としている真理に忠実でなかったと,後になって恥じ入るような振る舞いをしないということです.


バラード/グリーン共著 近藤千雄訳.
『シルバーバーチのスピリチュアルな生き方Q & A』 p. 168.


スピリチュアリズムを知っていると言いながら,日常生活で活かせていない人がとても多いと感じます.知識を持っているだけでは不十分です.まず自分に当てはめ,いかに実生活で活かすか-これは非常に難しいことですが,これこそが最も重要なのです.

自分が楽しければそれでいい,という能天気な態度は,スピリチュアリズムを深く理解している人のものとは言えません.


日本は豊かな国だから貧しい国々の人々に無関心なのも仕方がない,と事もなげに言い捨ててしまう態度も,哀れみの心が豊かな人のものとは言えないのではないでしょうか。


日頃から自分より恵まれない人々に目を向け,関心を寄せ,こころ寄り添う姿勢を.そうした心がけが持てないでいて,「霊界のメッセージを人に知ってもらい,役立ててほしい」などと言うのはいとも容易いこと.それでもし,自分はスピリチュアリズムを「理解している」とか,知らない人より人格が高い,と思っているとすれば,ただの思い上がりです.そういう人は,一見優しそうに見えても,ひとの苦しみや痛みに鈍感で,こころが冷たいものです.寄付などにも無関心な場合が多いでしょう。

3/28/2015

40 霊的な仕事に携わるために


真理のために身を捧げる者は徹底的に試練を味わう必要があるからです.霊の大軍に所属するものはいかなる困難にも耐え,いかなる障害にも対処し,あらゆる問題を征服するだけの強さを身につけなければなりません.
   はじめて遭遇した困難であっさりと参ってしまうような人間が霊の道具として役に立つでしょうか.最大の貢献をする道具は浄化の炎で鍛え上げなければなりません.それによって鋼鉄の強さが身につきます.一見ただの挫折のように思えても,実際はみな計画された試練なのです.人を導こうとする者が安逸の生活をむさぼり,試練もなくストレスもなく嵐も困難も体験しないでいては,その後に待ちうける大事業に耐えうる性格も霊力も身につかないでしょう.


『シルバーバーチの霊訓』 第2巻 p. 206.


霊能者やミディアム(霊媒)になる人は予め決まっているといわれます.どんなに霊感が強くても,そうなりたいという思いだけでなれる訳ではないようです.元々霊感が強いという自覚もなく,また霊視・霊聴が利かなくても,そうした役割を担うことが決まっている場合には必ず導きがあって,例えば,大きな苦労,臨死体験等々がきっかけとなって,霊的に覚醒し,自然とそういう方向へ進むようになります.

ただの「きれいごと」として,その上,ある種の優越感さえ伴って,霊的真理を伝えることを「大事業」とは呼ばないでしょう。自ら汗することなく,もしくは,手を汚さずして,大事を成し遂げることなどできるはずがありません。

3/09/2015

102 成就に必要なこと

 「あなたがたの世界は影です。光はこちらから出ているのです。あなたがたは,こちらで立てられたプランを地上で実行し実現させていきつつあるところです。オリジナルの仕事―と呼ぶのが適切は否かは別として―は全てこちらで行われます。なぜなら,全てのエネルギー,全ての原動力は物質から出るのではなくて,霊から出るのです。みなさんは,意識するしないに関係なく,霊力の道具なのです。受信と送信をする道具なのです。霊的影響力をどこまで受けとめられるかによって,成功するしないが決まるのです」

―ということは,結局,そちらからの援助を得て私たちが努力することから新しい世界が生まれるということでしょうか。

 「その通りです。何ごとも人間の力だけでは成就し得ません。人間が何かを始める時,そこには必ずこちらからの援助が加味されます。私たちは常に道具を探し求めております。人間の方から霊力の波長に合わせる努力をしていただかねばなりません。完ぺきは決して望めません。常に困難を克服し邪魔を排除する仕事は永遠に続きます」

―私たち自身の努力で地上に新しい世界を招来しなければならないわけですね?

 「努力してはじめて得られるのです。私から申し上げられることは,神の計画の一部として成就しなければならないことは,すでに決まっている―が,それがいつ実現されるかは,あなたがた人間の協力次第ということです。計画はできているのです。しかし,その計画は自動的に実現されるわけではありません。それはあなたがた人間の自由意志に任されております人間は自由意志を持った協力者です。ロボットでも操り人形でもありません。宇宙の大霊の一部なのです」



トニー・オーツセン編 近藤千雄訳。『シルバーバーチのスピリチュアル・メッセージ:真実の愛であなたが変わる』 ハート出版。pp. 127-129.



ホームサークル(交霊会)での問答からの抜粋です。

いわゆる霊言や霊媒現象,霊界通信によって霊的真理を広めることに限らず,それ以外の活動でも,世のため人のためになることはすべて予め予定されているということでしょう。典型例には,地上から貧困を失くす活動(グラミン財団は近年の代表格),貧者救済活動(マザー・テレサは有名です),あらゆるマイノリティ(エスニック,セクシュアル,身体的ハンディキャップ)に対する偏見を失くす諸活動,難民救済支援活動などがあるでしょうか。もう少し規模の小さな例では,片親の子どもたちに食事を無償かそれに近い金額で提供するなど,地域ぐるみで子育てを支援する活動が,日本国内でも展開され始めているようです。

個々人を守り導くスピリット達は,私たちが疲れて癒しが必要な時,或いは逆に,叱咤激励が必要な時など,さまざまな人との出会いや出来事を通して,または,私たち自身のひらめきや衝動を通じて,手を差し伸べてきます。働きかけを最大限に受け止める(=受信する)ためには,そうしたスピリットの存在を(はっきり感じられなくても)信じることが助けになるでしょう。

三次元の世界では,三次元のやり方でなければ物事は成し遂げられません。努力の必要性が強調されているのは,そうした単純な真実を踏まえてもいるのでしょう。しかし,達成には三次元の努力だけでは不十分で,必ず五次元からの援助があってはじめて完遂される,ということです。従って,私たちはできることからはじめて,できる努力だけをすればよいのだと思います。

立てられた計画,スピリット・ワールドからの援助,私たちの自由意志,そして,現実的な努力ーこれら4つの要素が揃った時に,なすべき仕事が達成されます。

3/02/2015

47 人はトランシーバー

 あなたがた人間は受信局と送信局とを兼ねたような存在です.純粋に自分自身の考えを生み出すことはきわめて稀です.地上のラジオやテレビにチャンネルとかバイブレーション(振動). . . があるように,観念,示唆,インスピレーション,指導等を受信し,こんどはそれに自分の性格で着色して送信しています。それをまた他の人が受信するわけです。
 その波長を決定するのは各自の進化の程度です.霊的に高ければ高いほど,それだけ感応する思念も程度が高くなります。
 ということは発信する思念による影響も高度なものとなるわけです。


『シルバーバーチの霊訓』 第8巻.p. 39.



たましいの程度を短期間で急激に高めることは,よほど大きな苦労を乗り越えでもしない限り,ほぼ不可能ですが,より高い受信感度を維持することは努力次第で充分に可能です.

受信感度を高めるためには,普段から意識をできるだけ高く保つことでしょう.規則正しい生活をして,心身共に良好な状態を保つ.ネガティブな思考や言葉をできるだけ避けて前向きな気持ちを維持すること,周囲への感謝の気持ちを忘れない,謙虚な心を持つ,笑顔を絶やさない,人に寛容にする,親切にする,宇宙や神,人智を超えた叡智に思いを馳せる,本を読んで知識を得るなどです.また,自分がなすべきこと-勉強や仕事-に無心で取り組むことも,高い波動を引き寄せます

「インスピレーション」を,高級霊(の定義も往々にして曖昧だったりしますが)から発せられるものだけに限定されている方もいますが,もっと幅広く捉えるべきでしょう。メールの文面を書くというような現実的事務的作業にさえ,(広義の)スピリット・ガイドの介入がある場合も少なくありません。自分が書こうとした文面が何らかの意味で不適当である場合,いきなり接続が途切れて,入力したものがすっかり失われたりすることがあります。こういう現象は,往々にしてガイドによる指導です。


2/11/2015

96 スピリットの発露は様々ある

 霊は全生命の創造力であるからこそじっとしていることができず,どこかに新らしい捌け口を求め,従って満足することがないのです。何も霊媒現象を通して働くばかりが霊力ではありません。芸術家を通して,哲学者を通して,あるいは科学者を通しても発現することができます。要するにあなた方自身の霊的自覚を深める行為,あなた方より恵まれない人々に何か役に立つ仕事に携わることです。看板は何であっても構いません。かかわる宗教,政治,芸術,経済がいかなる主義・主張を掲げようと問題ではありません。実際に行う無私の施しが進化を決定づけるのです。

近藤千雄訳.『シルバーバーチの霊訓 第1巻』 潮文社.pp. 81-82.



地上から貧困を失くし,Poverty Museum (貧困博物館)の設立を目標に掲げる,経済学者でありノーベル平和賞受賞者でもあるムハマド・ユヌス氏の働きは,霊界から非常に多くの援助を得ていると思います。グラミン銀行は,発展途上国は言うまでもなく,世界で最も裕福な国であり,格差社会でもあるアメリカに進出し,いまや三支店を構えるまでに成長しました。彼が生み出したソーシャル・ビジネスは,やがて,ビジネスの主要スタイルとして定着することでしょう。ユヌス氏は,宗教家でも霊能者でもありませんが,彼の理念(グラミン設立後のインタビューで,「貧困と惨めさの中で生きていい人間は一人もいない」と言われています)は真理と見事に合致しており,大きな役目を持って転生されたたましいであろうと思います。

メディアで報じられる様々な情報や,専門家の見解でさえ,真実でないことが少なくはありません。科学では事象の全側面を説明することができないので,知性と科学的態度を重要視する欧米先進国的アプローチが主流となっている現状では,真実に迫りきれないのは仕方がないことでしょう。

では,霊能者を通じてしか真実を知り得ないか,というと決してそのようなことはありません。人間の本質はスピリットであり,我々全員がスピリット・ガイドに守り導かれている存在であるなら,誰の言葉や思想や行いにも,何らかの真理・真実を―たとえわずかな片鱗でも―見い出すことができるはずです。

例えば,第二次世界大戦を生き延びた人々であれば,戦時中は狂気の時間であることをその実体験から知っています。わざわざ霊眼で見る必要はありません。おじいさんやおばあさんなど,戦争体験者に直接尋ねてみれば済むことです。また,専門家らも,イスラム国はやがて,一旦は崩壊することを予見しています。

霊能者でなければわからない情報―第三者の過去生や憑依による霊的な影響など―は,ごく一部です。霊能がなければ知り得ない情報など,私たちの日常生活でそうそう必要になるわけではありませんし,必要とする人々の割合もそう高くはありません。

物質文明が発達するに従い,人類の多くが,現実の物質的側面に過度な関心を向けるようになったために,もう少し霊的な側面にも目を向け,なぜこの世に生まれてきたのか正しく認識して(知って)よりよく生き,よりよくあの世に戻るように,と伝えてきています。それが人類全体の向上につながるからです。霊的なことに関心を持つということは,しかし,発達した霊能がなければ知り得ない(且つ知る必要のない)ごく一部の情報をあれこれ詮索することと同義では必ずしもありません。霊能者を特別視したり,優位に見よ,ということでもありません。

世のため人のためになる方法は実に多岐に亘っています。誰でも誰かの役に立つことができるのです。

そして,敬意は常に,愛に基づく高い志を持ち,勤勉な人びとに対して払われるべきでしょう。



2/06/2015

81 霊的なことにもう少し関心を

 霊的なものと物的なものとのいずれにも偏らないように配慮しないといけません.物的なことに向けておられる関心よりももっと多くとは申しませんが,せめて同じ程度の関心を霊的なことにも向けるように努力してください

『シルバーバーチの霊訓』 第12巻 p. 156.





1/28/2015

45 真の信仰

真の信仰を身につける好機は全てのことが順調に行っている時ではありません.そんな時に信仰を口にするのは誰にでもできることです.暗黒の時に身につけたものこそ本当の信念といえます。

『シルバーバーチの霊訓』 3: 32.



既存宗教を批判するわけではありませんが,歴史を経て人間が大きく手を加えた宗教に限界があることは否定できません.完璧なものがこの地上に存在しないように,「100パーセント完全な」宗教も,少なくとも今の世には,存在しません.諸宗教の枠を超えたところにある,そして,さまざまな宗教がそこから出てきた大元である叡智,即ち,真理を求めることが,最終的には近道となるでしょう.

難病,借金苦,人間関係のトラブル,仕事上の困難など,人生にはさまざまな苦労があります.どのような苦労であれ,大きな困難を克服した人々が往々にして信心深くなるのは,人間の力だけではどうにも太刀打ちのできない問題に直面する為です.そういう経験を経てはじめて,人は人智を超えた存在を「悟る」ことになります.というよりも,そうした形でしか悟りは得られないないようになっているようです.

>> 以前の記事 5.悟りへの近道 も参照ください.





1/07/2015

101 知識の伝達者になる

 私はスピリチュアリズムが信仰だとは思いません。知識です。その影響力の息吹きは止めようにも止められるものではありません。真理の普及は抑えられるものではありません。みずからの力で発展してまいります。外部の力で規制できるものではありません。あなた方が寄与できるのは,それがより多くの人々に行きわたるように,その伝達手段となることです。

『シルバーバーチの霊訓 第七巻』  潮文社.  p. 173.



地上にも,そして宇宙にも,善なる光の広がりを阻止しようとするエネルギーが作用しているようです。そうした闇のエネルギーによって地上にいかなる困難が起ころうとも,真理の光に出会った人々が,その光から目を逸らすことなく,ただひたすらに善なる導きを信じ,高い波動を持って生き続けることで,必ずや問題は克服できることでしょう。

各自の“内なる善の光”を広めようとする,具体的な行動の積み重ねが鍵となります。



70 霊的な褒美を得るために

気楽な道は前途に霊的な目標をもたない人に任せればよろしい.霊的な鍛錬とそれに伴ってもたらされる霊的な豊かさを求める者には,厳しい道が用意されます.霊的褒賞は気楽な道を求める者にはもたらされません.もしそうでなかったら,その褒賞は敢えて求めるほどの価値はないことになります.闘いを挑み苦しみ抜いた末に勝利を得る方が,何の挑戦課題もなく呑ん気に生きているよりはるかに上です.魂が自我に目覚め内在する神性が表現の機会を得るのは,必死に努力するその最中(さなか)においてです.

『シルバーバーチの霊訓』 第12巻 p. 170.



ひとは往々にして,苦しみや困難について,あまり語りたがりませんし,相手のことも聞きたがりません.渦中にある時は致し方ありませんが,苦労をマイナスに捉えるのは,単なる無知のようです.

12/27/2014

61 無関心をなくす

自分を愛するごとく隣人を愛せよ.苦しむ者に手を差しのべよ.人生に疲れた人,潤いを求める者に真理を語って聞かせよ.病の人を癒し,悲しみの人を慰め,不幸な人を訪ねてあげよ.こうした訓えは遠い昔から説かれてきた真実です.こうしたことを実行しさえすれば地上は一変し,二度と恐ろしい悲劇をもたらす戦争も訪れなくなるでしょう.

 『シルバーバーチの霊訓  第3巻』  p. 66.


現代人は,自分のことで忙しく,他人はおろか,家族・友人にさえ無関心になりがちかもしれません.近すぎて見えにくい,気づきにくいという部分もありますが.自分の用事が片付いたら,または,気持ちに余裕がある時,周囲の人に目を向けてみることも大切です.

「愛の反対は無関心」という言葉はあまりに有名です.この真理に反した他者への無関心は,必ずや形を変えて,思いがけないタイミングで自分の元へ返ってきます.通勤・帰宅ラッシュ時の人身事故(いわゆる事故以外のケース)で会社や学校に遅刻したり,帰宅が遅れたりするのはひとつの好例かもしれません.

2/04/2014

100 誕生と死の捉え方

 -そちらから地上界へ誕生するのは一種の“死”とみてよいのでしょうか。

 「結構です,一種の死です。あなた方が死と呼んでいるのは霊的に見れば霊界への誕生であり,あなた方が誕生と呼んでいるのは,霊的には死と同じです。
 何度も申し上げていることですが,仲間が地上界へ行ってしまうのを見て,霊界では大勢の者が涙をながしているのです。反対に,地上を去ってこちらへ来るのをあなた方が悲しんでいる時,私たちは“ようこそ”と言ってよろこんで迎えているのです。すべては全体としての視野の捉え方の問題です。」

トニー・オツセン編 『シルバーバーチの新たなる啓示』 p. 161.


特に愛する人が亡くなったとき,人々が涙を流すのは,その人の姿や存在をもう見られなくなってしまう,という自分自身の寂しさのためではないか,と思います。いわゆる大往生を遂げた人に対しても,人は多かれ少なかれ悲しむものです。非常に単純なことですが,生きとし生けるものは,人間であろうと,アリであろうと,いつか必ず死にます。病死であれ,事故死(や自死)であれ,当事者が「(あの若さで)死んでしまってかわいそう」,「あんな死に方をして気の毒だ」というようなことはありません。どのような方法であの世に戻るかにも意味があり,例えば,病などで苦しんで亡くなることは,(何らかの)カルマの解消になるといわれますし,逆に,即死などで痛みなどを全く感じずに瞬時に身体を失った場合は,死の自覚を持ちにくいため,浄化に時間がかかってしまう,ということもあります。本人はまだ生きていると思って,いつも通りに行動しただけで,「出た!」といって騒がれたりします。死ぬタイミング,死に方など,死にまつわる全てのことにも因果があります。

まだ非常に幼いとか,事故死であった,もしくは,事件に巻き込まれた,自ら命を絶ってしまった場合など,年齢や死に方に対して,人々は頻繁にショックを受けます。そして,その衝撃が様々な気づきや学びをもたらすということが,これもまた非常に頻繁に起こります。多くの人々の,死に対する誤った捉え方でさえも,ムダにはならないようです。

しかし,生命は永遠であり,地上は仮の住み処・学び舎であり,スピリット・ワールドこそが私たちの本来いるべき場所であることを深く理解した方々であれば,こうした反応や悲しみ方からは,少しずつ卒業する必要があるでしょう。

99 原子エネルギーと人類

 スイスから参加した二人のゲスト(夫妻)を交えたある日の交霊会で,原子力が話題となった。
 まず奥さんから質問があった。

 ―放射能の危険から身を守るにはどうすればよいのでしょうか。そもそも原子の秘密は人間が発見することになっていたのでしょうか。

 「地上生活のそもそもの目的は霊的・精神的・物的の三つの側面での体験を積むことです。この地球という天体上で得られるかぎりの,幅広い体験を積むために誕生しているのです。したがって,この地上界に秘められている知識―これは事実上無限です―は,人間にそれだけの能力がそなわれば,当然,自由にその能力を開発してよいに決まってます。
 人間が自然界の秘密を探ろうと努力することは結構なことです。問題はその動機です。発見した知識を全人類のために役立てるためでなくてはなりません。敵軍や自然界を破壊するためであってはなりません。人間には自由意志があります。根元的には神性を有し,その当然の資格として,自分で選択する自由がそなわっています。ですから,その自由意志を行使して,何の目的のために知識を使うかの判断をすればよいわけです。
 人類が精神的ならびに霊的に進化すれば,その自然の結果として,人生の目的が自分以外のもの―同胞だけでなく同じ地上に生息する動物も含めて―にとって地上がより住みよい所となるようにすることであることを悟るものです。あらゆる発見,あらゆる発明,あらゆる新しい知識がその観点からの判定を受けなければいけません。(中略)
 問題は,人類の知的能力が霊的発達を追い越すことがあることです。それがいろいろと厄介な問題を生ぜしめます。霊的に未熟な段階で自然界の大きな秘密を知ってしまうことがあります。今おっしゃった原子エネルギーの発見がそれでした。
 ですが,人間に為しうることには,自然の摂理によって,おのずから限界というものがあります。地球という天体を,そこに住むものもろともに破壊してしまうことはできません。困った事態を引き起こすことはできるでしょうが,地上の生命のすべてを根絶やしにすることはできません。思わぬ秘密を発見しては試行錯誤を重ねながら,正しい使用方法を学んでいくしかないのです
 原子エネルギーも,使い方一つで,神性をもつ人間としてあるまじき悲惨な環境のもとで生きている無数の困窮者に,大きな恵みをもたらすことができますし,現に,すでに恵みを与えています。
 あなたが最初におっしゃっていた放射能の危険性のことですが,私は,あなたが心配なさるほど深刻なものになるとは考えません。その影響を中和する対抗措置を発明するのは,そう難しいことではないでしょう。」

トニー・オツセン編 近藤千雄訳 『シルバーバーチの新たなる啓示』 pp. 157-159.



ここで言われている「困った事態」とは,ロシア,米国,日本などで起きてきた原発事故かと思われます。悲惨な環境で生きている困窮者にもたらした恵みとは何のことを指しているのでしょうか。最後に述べられている「中和する対抗措置」とは,放射能の影響を打ち消したり,もしくは弱める新たな技術のことでしょうか。それとも,原子力エネルギーに変わる自然再生エネルギーの開発でしょうか。

この交霊会の時点で,霊界の高級霊団が,20世紀半ば以降から発生し続けてきた地上での数々の放射能汚染・事故とその規模の悪化を予見していたとすれば,われわれ人類はチェルノブイリやスリーマイル島,福島原発の事故という失敗を重ねながら,正しい道を模索しているのかもしれません。

人類滅亡の心配はなさそうですが,二度と悲惨な事故を起こさぬよう,さらに一層の試行錯誤を重ねる必要はありそうです。

8/04/2013

5 悟りへの近道

悟りの道に近道はありません.代りの手段もありません.安易な道を見つけるための祈りも儀式も聖典もありません.いくら神聖視されているものであっても,そんな出来合いの手段では駄目なのです.師であろうと弟子であろうと新米であろうと,それも関係ありません.悟りは悪戦苦闘の中で得られるものです.それ以外に魂が目覚める手段はないのです.

『シルバーバーチの霊訓』 第1巻.p. 112.



ただひたすら地道に瞑想を続けていったからといって,それだけで自動的に,人格が向上したり,磨かれることなどあり得ません。

霊的真理が,苦しみの中から掴んだものなのか,比較的平坦な道のりを経て辿り着いたのかで,その理解度,そして,慈悲深さの程度に違いが出るように感じられるのは,気のせいでしょうか。もし,血の滲むような苦しみを経ずして知り得た教えにも関わらず,スピリチュアリズムが「わかる」自分は優秀だ,とか,どこぞの国のミディアム達に霊性が高いと言われた,ということで自信を持っているような人がいるとすれば,それはやや笑止千万です

5/18/2013

98 あなたがあなたの運命を築く

それに,次のことを忘れてはいけません。他のすべての人と同じように,あなたの人生も,あなたの個性をあなた自身で発達させるための手段だということです。あなたの代わりにそれをやってくれる人はいないということです。魂の成長は個人的な問題です。
 いかなる人間にもかならず試練と困難,すなわち人生の悩みが訪れます。いつも日向ばかりを歩いて蔭を知らないという人は一人もいません。その人生の難問がどの程度まであなたに影響を及ぼすかは,あなたの霊的進化の程度に掛かっています。ある人には何でもないことのように思えることが,あなたには大変な問題である場合があります。反対に,ある人には大変な問題に思えることが,あなたには些細なことに思えることもあります。各自が各自なりの運命を築いていくのです。

近藤千雄訳.『シルバーバーチの霊訓 第二巻』 潮文社.p. 71.



97 一時の勝敗

地上生活では勝者がいれば敗者がいるわけですが,霊性に目覚めた人間はそのいずれによっても惑わされてはなりません。やがてはその人間的尺度があなたの視野から消える時が来ます。その時は永遠の尺度で判断することができるようになるでしょう。

近藤千雄訳.『シルバーバーチの霊訓 第1巻』 潮文社.p. 82.





95 真理はひとりずつ

 真理というものは一人一人が納得することによって広がっていくものです。一度に大勢の者を目覚めさせる方法はありません。またそれは“知的探求”によって成就されるものでもありません。無私の行いと,訓え(おしえ)を語って聞かせることによって人の心を捉える―それしかありません。

近藤千雄訳.『シルバーバーチの霊訓 第二巻』 潮文社.p. 70.



選挙運動のように,拡声機で広めることはできないようです。



読みたい本(7)

  千賀一生。『ガイアの法則』ヒカルランド。 いまの時代に読むべき必読書です。 正・続2冊ありますが、1冊目の裏表紙に印刷されている言葉を以下に紹介します: 宇宙に,聖なる16ビートが存在することを告げるガイアの法則— 新型コロナとの驚くべき精緻なる関係性も明らかに! 地球の歳差...