11/20/2017

「幸せ」は自分の中に

大きな試練の時代を振り返って今なお苦痛を覚えることは,(人々や社会から)全く認められなかった,ということ。日本社会は,ひとを認められない,認めたくない,もしくは認めるのが苦手な人間の集団なのではないか,と思う。

例えば,職業。私に聞こえる距離で,「肩書きよね。」と“自称”スピリチュアリストのある年配女性は言った。相手の職業を知って傷つきたくなければ,申込書に職業欄をもうけなければいいではないか。ここまで露骨でなくても,聞こえないフリをする,静かに無視する,拒否的雰囲気をかもし出す,という反応を示す人はざら。コンプレックスが刺激されるのだろう。不機嫌になるのは,医師などの,いわゆるエリート男性に多かった。無視しないケースでは,わが子や孫の学歴や自分の輝かしい過去をご披露なさる方々もいた。いずれにしても,こちらとしては認められたという気にはならない。一方,同業者間では互いに(何となく)ライバル意識を持ちやすいため,異業種の人々とは違った意味で,精神衛生を脅かす。「私の方が上よ」,「あなたのことは認めたくない」とか「ことばに出して認めると負けですから」という(ある英語学校の元女性講師の)心の声を,霊媒S氏経由で知らされたこともある。何でも「勝ち負け」で捉える人がこの学校には多かった。

おまけに,10年程前から大学教員は学生から評価される時代となった。教員の査定というよりは,授業改善を意図したもので,アメリカから導入されたシステムだ。少子化の影響で,特に私学は学生数の確保に必死という背景もあろう。授業の進め方は適切か,声は聞こえるか,課題は課されたか,授業の満足度はどうか,など質問は多項目に及ぶ。5段階評価で答えるこれらの質問とは別に,学生が自由に感想を書ける用紙も配布される。質問内容は学校により少しずつ異なる。ある女子大では「教員は学生から評価されることに疲れている」ということで,自分の授業への取り組みを評価させる方向へと変わった。無記名のアンケート結果は統計処理がなされ,成績評価提出後に各教員宅へ受け取り確認が必要な方法で送られる。いまや権威は通用しない時代であり,教員はさらにストレスにさらされやすい環境になった。

最近では,言葉からは敬いが読み取れるものの,どうしても素直に喜べないケースがちらほらある。例えば,一見相手を認めているようでいて,本音では「私はスピリチュアリズムに出遭った優秀な人間なんです」とか「わたしが一番苦労を知っているわ!」と絶叫している。相手がどうこうというより,「自分をわかってほしい」という我が身かわいさが優っているご様子。客観的に文面を読めば一目瞭然でも,本人は気づいておられない。かといって,直接指摘するわけにもいかない。物事を自分に都合よく自己流で解釈する,自己完結的でひとりよがりな傾向を持つ方に多いような気がする。自分のことがわかりにくいのは誰でもそうだが,特にこういうタイプの方は真の自己像には気づきにくい。

また,「あなたは本物だ」などと言う方がいた。「えっ?!」 霊能者ではない,普通の方である。しかも,その根拠が極めて物質的で説得力を欠いているではないか。私を本物だと言うあなたは何物でしょうか?と問いたかった。なぜなら,本来“評価”のベクトルは下向きだから。誰かを評価できるためには,評価する側が遥かに多くの知識,経験,見識等を備えている必要がある。つまり,評価する側が評価される側より上であることが前提なのだ。だから,職場のように互いに承認された(相対的な)上下関係が見えやすい状況でなければ,あからさまに相手を評価するような物の言い方には慎重でなければ,失礼にあたる可能性がある。

器の大きさ,適性は一人一人異なる。ある人は,8リットルのバケツの水面に映った星をみて「まぁ,きらきら輝いて,なんて綺麗なのかしら!」と感嘆する。「これだったら,毎晩でも眺めたいわ」と。しかし,そのバケツに水を汲んだ別の人は「バケツに映った星空なんて小さすぎて,星の本当の美しさはわからない。やはり,夜空を仰いでこの目で確かめなければ」と不満を漏らす。そこで,バケツの星に感動した人が,夜空の星を自分の目でしっかり見たいと思っている人に,「バケツの水に映った星は綺麗なんだし,私は感動したんだからそれでいいじゃないの」と(何気に咎めるような口調で)言ったところで,なぐさめにも何にもならない。バケツに水を汲んでもらったことへの感謝は伝わるかもしれないが。

逆に,笑顔にしていても面白くなかっただろう。幸せそうに見えるのが気に入らない,といって妬まれたに違いない。実際,そういう年上の女性がいた。いじめとはいえないだろうが,それらしい態度を取られた。彼女は有名商社勤務の夫と一男一女を持つ家庭の主婦だった。夫の海外勤務で数年間英語圏で暮らしたことがあり,英文科卒業後,中学校の英語教師だった経験を生かして,非常勤で英語を教えに来ていた。当時は,都下にマイホームを建設中だった。S氏に鑑定を依頼すると「私には悩みがたくさんあるのに,あなたは独身貴族で何も悩みがなさそうに見えるのが面白くない」と出た。確かに控え室では,「(有名一流私大に通う)息子が話を聞いてくれない,家族なんかいらない。ひとりになりたい!」とたびたび愚痴をこぼしていた。一人で生きられるほどの強靭な精神力の持ち主とは到底思えなかったが,悩みを口にしていたことは事実だった。「たましいが汚れている」とS氏は言った。その心の曇りは,相談する度に悪化していた。明るく社交的で控え室では多弁だったが,「周りの人は彼女の話に真剣に耳は傾けていない」というのが本当のところらしかった。物質的価値観がとても強く,自分の年齢や容貌,学歴,子供の大学や夫の出身大学のランクを人と比べては,負けたと思えば落ち込んで攻撃的になるか陰口を叩き,勝ったと思えば安心し,得意げになるという感情の起伏の激しいところがあった。物質面は豊かでも心の侘しい,寂しい方だった。

みじめさと不安と孤独感を抱えながら日々を過ごしていた私にとって,彼女らの無遠慮な好奇心や時折り出る家族の話は,拷問以外の何物でもなかった。帰宅後,腹痛でトイレへ駆け込むこともあった。しかし,この学校をやめるわけにはいかなかった。大学のコマ数を増やすことはそう容易ではなかったからだ。考えた末,自己防衛のために控え室に滞在する時間を最低限にした。私の仕事は授業をすること。講師控え室でおばさま方のご機嫌伺いをすることではない。次第に担当する授業数は減ったが,週1ペースで通う日々がしばらく続いた。敷地に入ってコンクリートの灰色の建物を見上げる度,「こんな建物,私が辞めてから崩壊すればいい」と心の中で罵った。やがて英語学校からは授業の依頼が途絶え,大学のコマ数が増えた。その後,同校は長年の経営難から解散することとなり(実質的には倒産に近い),母体である某私大に吸収された。「崩壊すればいい」と恨めしく眺めていたその建物は,耐震基準を満たしていないという理由で解散後間もなく取り壊されたことを後で知った。その頃を思い出すと,「いずれはここを去るし,この建物も無くなるから,それまでは頑張って!」と,ガイドたちが一生懸命励まして(或いは,なだめて)くれていたような気がする。スピリット・ガイドは,私たちの考えや想いをすべて把握している。
* * *

最初の方で触れた英語学校では8年ほど教えただろうか,4,5年目頃から出講が苦痛になった。同霊媒からは「ここに通うストレス,ピークだね」と言われたが,まさにその通りだった。ストレス(と不規則な生活)から食物アレルギーの症状に数年間悩まされた。圧倒的に女性が,それも比較的優秀な人々が多い職場だった。「自分が一番優秀!」と思っている人々の集まりだった。もちろん,普段はそういう雰囲気を表立って出すようなことは控えていても,会話をすると言葉の端々に見え隠れした。それが耐えがたかった。「そこで認められようと思うことが間違い」と霊媒S氏には言われた。また,私のプライベートにかなり露骨に関心を示す女性(当時50代?)もいた。普段から無愛想な私の様子がどうも気に食わなかったらしい。ツンとすましているように見えたのだろう。(「あなたのファンよ」などと言われていたが,S氏の鑑定によれば本音は逆で,私の人間性に反感を感じておられたらしい。)笑顔をつくる余裕などなかった。母が他界し,留学先から戻ってからは,何もかもが自分の思うように進まず悩む日々であった。博士論文もはかどらず,専任校も見つからず,前進も後退も許されないどん底の状態で,順調に人生を歩んでいる(ようにみえる)仲間や先輩・後輩の動向を知っては落ち込み,少ない給料から占いの鑑定料と家賃と生活費を捻出する計算ばかりしていた。
* * *

自分の心を満たすものは,自分の中にしか見つからない。誰かに,何かに満たしてもらおうと求め続ける限り,満たされることはない。そのためには,「ほんとうのこと」を積極的に学び,自分と静かに対話を続けること。まずは,自分と向き合うことから始めたい。



2017年11月20日


10/07/2017

過去生体験 1

 「前世」とか「生まれ変わり」は,日常会話でも普通に使われる日本語で,われわれ日本人の間には輪廻の概念は広く行き渡っているように思われます。しかし,前世の存在は信じられていても,その本当の意義や具体的な仕組みについてはあまりよく知られていないのではないでしょうか。
 ブログ作成者の過去生を1つ紹介します。かなり以前に,福岡市在住のある女性霊媒を通じて明かされたものです。3次元的な相談もかなりしましたが,それらの回答を聞く限りでは,現実とぴたりと符合していることが殆どで,過去生霊視においては,おそらく日本でも屈指の実力を持つ霊媒ではないかと思います(特に過去生霊視において秀でておられ,目を閉じた状態で,テレビを見るように視えると言われていた)。

多くの過去生を教えてもらいましたが,その中でも,これは確からしいと感じたもので,且つ今回の人生に大きく影響しているのではないか,と判断されたものについて概略したいと思います。(リーディングのあと,ヒプノセラピーを受けて催眠下で得た情報もおり交ぜています。 )

16世紀の日本.豊臣秀吉の治世に,近江の国(現在の滋賀県)の,とある武士の娘に生まれた当時の私は,若くしてキリスト教と出会い,これを広めなければ,とインスピレーションを得ました.性格的には,自立心が強く,人についていくよりもリーダーとして人を率いていきたいタイプです。父はそういう私の性格を熟知していたため,私を制することはせず,ただやりすぎないように,と一言述べて見守ってくれました。独学でキリスト教を学び,人々を集めて定期的に集会を開くことになりました。「キリストを信じ,神を信じれば,救われます」などと話していたのが思い出されました。十字架に磔になったイエスの像をどこからか入手し,それを祭壇に飾っていた様子が浮かびました。[当時,そのようなものが現実に入手可能だったかは不明です.]  ある日,知人からバテレンを紹介され,面倒を見るように頼まれます。自宅に住まわせることには父から許しを得られなかったため,近くに民家を借りてそこへ住んでもらうことになりました。私はしばしば通っては,日本語を教えたり,身の回りの世話をしていたようです。集会に参加していた人々は,本物の説教が聴かれるかもしれない,と非常に喜び,期待しました。(とはいえ,来日間もないバテレンは言葉があまりできなかったはずで,実際のところ説教をしたのか,または説教がどのように行われ,どの程度理解されたのかなど疑問は残りますが,細かいことまではわかりませんでした。)  日が経つにつれ,私も,集会に集まってくれている人々も共に信仰が深まり,信仰生活は順調でした。ところが,ある日,豊臣秀吉がそれまでのキリシタン擁護政策を180度覆す決定を下します。バテレン国外追放令です.その結果,長崎で26人の聖人が殉教するという事件も起きました。

それでも我々は,すぐに集会を止めることはせず,隠れて続けていました。中には抜けていく人々もいましたが,何といっても普通に生活できることが大切だということで,彼らを責めることはしなかったようです。人目を忍ぶかのように,私は質素な身なりを心がけ,バテレンは貿易商人に身をやつし(かつらをかぶるなどして)布教活動を続けていました。[バテレンがお上の目を逃れるために変装していた事実はあったようです。]  そんなある日,集会を開いていると,役人が親しくしていたバテレンを伴って入ってきました。バテレンは捕まっていたのです(父の家来が,私に対する不満からお上に密告したため。ちなみにこの家来は,今生で私の家族として転生しており,今生も含め,多くの過去生において,私に多大な迷惑をかけている)。役人は,私が首から提げていたロザリオ(数珠に十字架がついたようなもので,カトリック信者によって現在でも使用されている)を指さし,「首からさげておるそれは何か。そなたはキリシタンか?」と詰め寄ります。キリシタンであることが発覚してしまうと,家族や集会に集まってくれている人々もとがめられてしまい,大変なことになります。さすがにそれはまずい,と思った私は咄嗟にロザリオを首から外し,床に打ち捨て,足で踏みつけ,キリシタンなどではない,と言い放ちました。その後の人生に決定的な影響を与えることになる棄教の瞬間です。
(2へつづく)

10/01/2017

疲れたとき

自分をいたわり
自分を慈しみなさい

われ先に,と

闘争する人々のことは
忘れなさい

自分の歴史に

誇りを持つ

たましいこそ

すべて

目覚めていない人々とは

距離を置いていてよい

いまはただ

おのが身を案じ
大事になさい。




9/04/2017

同じ光

万物は
神の御心にて
生じおり

ひともまた然り

神の造られたものには
神の御心宿りたり

味方の中にも
敵の中にも
神はいませり

元は同じ光なり

すべては
究極的に
ひとつながりなのです。




ことばはどこから

あなたの心を傷つける
トゲのあることば
心ないことばは
枯れた井戸から
放たれると思いなさい

枯れた井戸が
再び水で潤されんと
欲するがゆえのものであると
思いやりなさい

愛のないことばは
愛のないこころから
出てきます

愛のないこころに
光が届くようにと
祈りなさい。





8/27/2017

ともしび

ロウソクの小さな炎は
暗闇を仄かに照らす

ロウソクの炎は
たいまつを灯し

たいまつは
その燃えさかる炎で
暗闇をさらに明るく照らし出す

小さくてもよい
弱くてもよい

闇を照らす
ともしびとなる
あなたでいなさい。






写真は,財団法人日本聖書協会のしおり(書店店頭にて無料配布)の表側を拡大撮影したものです。

8/18/2017

「いま」が全ての時になる

「いま」は今しかない
「いま」の積み重ねが
一生になる

「いま」を味わわなければ
一生が後悔になる

どんなに不満があっても
「いま」を精いっぱい生き
味わい尽くせば

一生の時間すべてが
充実感で
埋め尽くされる。


8/06/2017

こころざし

社会の不正
社会の弱者
社会の陰にいる人々に


光を当てること

自分は顧みられなくても
神の正義のために
働くひとに幸あれ

名声を求めず
愚直なる神の下僕であれ

志はやがて
必ず実を結び
さらに多くの光を
この暗闇へと
届けることになろう

ひるまず進め
我らが共にいます。



7/20/2017

1日1回


苦しい時も
辛い時も
誰もひとりではない

周りに支えてくれる人がいても 
いなくても
私たちがつねに支え 
愛している

その愛は深く
人の比ではない

一日一回は 
私たちのことを
思い出してほしい。


 

5/05/2017

陽の光

曇りの日も 

雨の日も

太陽は輝き続けている

ただ 私たちに見えないだけ 

苦しい時も

悲しい時も 

私たちには

常に神から 

愛の眼差しが

向けられている




4/30/2017

メール相談開始のお知らせ

当ブログ作成者は,英国スピリチュアリズムに立脚したミディアムのトレーニングを3年程受けたのち,2010年4月より遠隔でスピリチュアル・リーディングを提供しております。
リーディングに際しては,具体的なご相談内容は伺わず,お名前だけをお伺いし,ご相談者様のスピリット・ガイドからメッセージを受け取ってお伝えしています。
このリーディング方法は,しかし,スピリット・ガイドが情報源であることが多いために,メッセージやアドバイスが抽象的である傾向が強く,スピリチュアリズムや精神世界に馴染みの薄い方ですと,解釈が困難なケースが少なくありません。
新たな試みとして,ご相談内容を詳しくお伺いするメール相談を始めることに致しました。
「相談」と書きましたが,具体的にこちらからアドバイスや解決策等を積極的に提案・提供するタイプの相談ではありません。
どのような問題・悩みにも,各自に最も適切な解決法や答えがあります。そして,その解決法は,悩んでいる私たち自身が一番良く知っているものです。「答えは自分の中にある」と言われています。自分で試行錯誤して何とか解決に辿り着けることができれば,それにこしたことはありませんが,そう簡単に解決できることばかりではないのもまた事実です。
答えを見つける最良の方法は,自分自身に尋ねてみることです。自分と対話する,自問自答することが最も手っ取り早く,且つ確実です。静かに内観する,または瞑想をすることが最も有効とされます。夜寝る前に,夢で答えを教えてもらえるよう(守護霊に)お願いすることも有効です。しかし,様々な事情から,静かな時を持つことが困難であったり,自分と向き合う作業そのものに慣れていないということもあるかと思います。守護霊って誰?と思われるかもしれません。そのような時は,悩みや問題を文章化して,一旦自分の外に出す作業が有効です。外に出して,自分で新たに眺めてみるのです。そうすることで心が整理できたり,考えがまとまったりすることは少なくありません。
しかし,こうした文章化作業でも解決の糸口が見えないこともあるでしょう。そういう時は,自分が書いた文章を第三者に読んでもらい,新たな視点で見直す,考え直す,ということが助けになるのではないかと思います。
今回新たに始めます「メール相談」は,悩みや困りごとを文章化してもなお,解決の糸口すら見つからないお悩みや問題をお持ちの方々を対象と致します。まずは,ご自身のお悩みや問題等を文章にしてメールにてお送りください。身近な家族や友人には言えないことでも,面識がない誰かであれば,表現しやすいかもしれません。読んでもらって,知ってもらうだけでも心が楽になるかもしれません。送って戴いたメールは丁寧に拝見して,さしあたりわかる範囲内で何らかのお返事をご返信致します。返信に際しては,インスピレーションを受け取るかもしれないし,受け取らないかもしれません。いずれにしましても,問題解決に向けて共に取り組ませていただきます。2往復の遣り取りですっきりしない場合で,もしご希望がございましたら,スピリチュアル・リーディング(有料)を行います。(こちらのサイトをご覧ください。)また,私の方からリーディングをご提案させていただくこともあるかと思いますが,もちろんご希望されない場合は,どうぞ遠慮なくお断りください。

メール相談の対象になる方として考えているのは以下のような方々です:
  • (主に精神的な)悩みや不安,問題を抱えているが,身近に相談できる人がいない,相談しにくい,または,知人等には相談したくない。
  • スピリチュアルなことはあまり詳しくないが,とても関心がある。
  • とりあえず話をじっくり聞いて(読んで)もらいたい。アドバイスや解決策の提示はあるにこしたことはないが,あまり期待もしない。
  • 迅速な対応を要する,一刻を争う緊急の問題ではない。
  • 自分で考えるといつも堂々巡りになってしまうので,何らかの「突破口」がほしい。


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ご相談の流れ
  1. ご相談がおありの方は,画面右側中ほどにある【メッセージを送る】からまずはご連絡ください。相談用メールアドレスよりご返信致します。携帯端末をご利用の方は,こちらへ移動して記入・送信をお願い致します。
  2. 受信確認のメールを48時間以内に送信致します。
  3. お悩み・お困りごとをまとまった文章にして,送信してください。(メールは長い分には構いません。)メール受信後,7~14日以内に最初のご返信を致します。
  4. メールの遣り取りは2往復までとさせていただきます。なお,解決の手立てとしてオラクルカードを使用致します。このカードリーディングの結果も含めてご返信致します。2往復のやり取りで何らかの解決策が見つかった,または心がラクになったなど相談して良かったと思われた場合に限り,料金をお支払ください。料金は500円からで,上限は問いません。(500円を超える額につきましては,すべて寄附扱いとさせて戴きます。)相談したもののあまり意味がなかった,とお感じの場合には,いかなる料金も発生いたしません。最後のメールで振込先をお知らせしますので,お支払い戴く場合には,最後のメール受信日から3営業日以内にお振込ください。お振り込みがなかった場合には,残念ながらお役に立てなかったとして,厳粛に受け止めさせていただきます。
  5. 2往復の遣り取りでは解決の糸口が見つからなかった方で,スピリチュアル・リーディングを受けてみたいとお考えの場合には,リーディングを行います。こちらからご提案させていただく場合もございます。リーディングをお受けになる場合には,終了後3営業日以内にリーディング料金(3,000円・一部寄附)をお支払いください。


また,相談に先立って,ご不明な点やお尋ねになりたいことがございましたら,お気軽にお尋ねください。(【メッセージを送る】よりご連絡ください。)

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(リーディングのサイトに簡潔なプロフィールを記載しております。)
ご縁のある方々のご利用をお待ちいたしております。

3/20/2017

You are tested 人生はカスタマイズされた試験

"In the end, all of you in the physical world are tested. Your world is a test, and your experiences, the events of your lives, are your own custom-designed personal exams. How do you measure up?Do you think mostly of yourself, or do you seize opportunities to help others? These comments should help you evaluate your own performance. We do try to help along those who make right decisions. I don’t mean that they become the richest, but they do find the greatest satisfactions, and they tend to achieve that elusive sense of inner serenity that you all yearn for."
Judy Laddon (1988/2001).  A Further Step beyond the Veil.  The World Press. Kindle edition

結局のところ,物質世界にいる皆さんは全員テストされているのです。あなたがたの世界はテストであり,皆さんの経験,人生の出来事は,各自にカスタマイズされた試験なのです。採点はどのようにされるかですって?皆さんは自分のことをもっぱら考えますか,それとも他の人々を助ける機会を捉えようとするでしょうか。こういうことが,皆さん自身の出来栄えを評価するのに役立ちます。私たちが助けようとするのは正しい選択をする人々です。それも,金持ちになるようにではなく,最大の満足を得るように,そして皆さんのだれもが切望する,捕えがたい内なる静けさを得るように,です。



よく「人生は選択の連続」と言いますが,それは「テストの連続」と言い換えても同じでしょう。この世で人間をやるというのは,日々,大小さまざまのテストを受けているようなものです。テスト合否の大きな基準は,引用中にもあるように,「他者の利益を優先できるか否か」です。自分が辛いとき,誰かが助けを求めに来たとします。さて,あなたならどうするでしょうか?いくつかの選択肢が考えられます。例えば,自分はいまこういう問題を抱えているので,あなたの話を聞く余裕はいまはない,ときっぱり断る対応が一つ。これは,ある意味とても誠実といえます。相手に余計な期待をさせたり,中途半端な対応をして,自他ともにエネルギーを無駄に消耗しないので決して悪い対応ではないと思います。次に,自分のことは黙っておいて,とりあえず話を聞くだけ聞いてあげる,という対応もあります。その話に共感できるようなら,相手を励ましたり慰めるが,自分のカンに障る部分については相手を批判するなど攻撃的な構えを取るというスタンスもまた充分に可能でしょう。相手によって対応を変えるというやり方は,いまの時代においては頻繁に採用されているようです。親しい人・近しい人や自分の仕事や評価など損得に大きな影響力を持つ人であれば,親身に応じる。そうでなければ,受け流すか回避する,という具合に。


ひとは誰もが人生のブループリントを携えてこの世に生まれます。(転生の目的についてはこちらの記事をご覧ください。)この意味で,「人生の出来事は,各自にカスタマイズされた試験」です。しかし,人生計画はあくまでも「ブループリント」であって,全てがきっちり決まっていて,全ての出来事や状況がただ「自動的に」展開または発動し,現実化する,ということでは必ずしもありません。もちろん,動かせない出来事,絶対そのようになる出来事はあります。計画通りに起こらなければならない出来事もある。が,人生を生きる主体はあくまでも私たち人間であり,たとえ予め計画されていることでも,私たちの意志が尊重されることが決して少なくありません。人生には岐路が度々訪れ,その都度,われわれは自由意志を用いて選択していきます。自由意志は,「自由」とはいえ,各人のカルマによってある程度の制約を受けており,その時々で,選択の余地はさまざまに異なります。ある場合には選択の余地はなく,また別の場合には余地が大いにあるかもしれない。いずれにしても,計画された全てのことが(大げさに言えば,何の努力もしなくても)計画どおりにただ起こる,ということであれば,私たちは人生を生きる意味を大幅に減ってしまうことになるでしょう。人間は自分で立てた人生計画の奴隷でも,守護霊の操り人形でもありません。ある程度決まった枠(=ブループリント)内で,ある程度の自由意志を持って,自ら選択し,現実を創造しながら生きていく,ということです。各自によって異なる制約の下で,自ら最大限の努力を払い,より適切な,より正しい選択をしながら課題をクリアしようとするところに,人生を生きる意義があるのではないでしょうか。
* * *

様々な人々を見てきて,また,比較的順調だった若き日々を振り返って,あぁこれは試されているな,試されていたなと思うのは,とりわけ順風満帆の時,全てがうまく進んでいるときです。自分が望むような,あるいは望んだ以上の結果が出て,人生が思い通りに運ぶ時―名声や人気,世間からの承認,昇進とそれに伴う大きな経済的豊かさや,愛情を手に入れた時など―です。

そしてまた,非常に多くの場合,多くの人々が,少なくとも最初の試験には落第するように感じられます。なぜなら,順調な時こそ,謙虚さを心がけ,援助してもらった人々に広く感謝し,周囲の人々のことも積極的に認めていくことが期待されているからです。しかし,実際には,多くの人は容易く慢心します。自分だけの努力と実力による当然の結果だ,と信じ,自信満々に振る舞います。そして,周りの人々から妬まれたり,足をひっぱられたりしては,人に対する思いやりが欠けていたことにさえ気づかぬまま,一方的に被害者意識を募らせるのです。

書籍や講演会で高らかに語る霊能者,広く霊能を活かした活動に従事する人々(霊能で受信した種々雑多な情報をブログで発信する人々など)にも当てはまります。芸能人,政治家,企業家,医療従事者にも見受けられます。ありとあらゆる分野の人々にそうした現象が観察されます。

書籍で,昨今のSNSによる人々のひけらかしを諌める一方で,温泉保養地の別宅をメディアで満足げに公開するのはいかがなものでしょうか。それを以て堂々と「スピリチュアリスト」を名乗る姿勢が,貧困の連鎖に苦しむ若者や老後破産する高齢者の増加がメディアでも大きく取り上げられる昨今,ただの大きな違和感としてしか感じられないのはただのひがみ根性でしょうか?「ニセモノ」のスピリチュアリスト!と罵られても決して文句は言えないだろうと思います。

苦労だけが試練ではないようです。順調なときも,同様に自分が試されるときのようです。物事が思い通りに運んで幸せなときこそ,謙虚で思慮深くあらねばなりません。そして,周囲の人々に対して,なお一層の思いやりと優しさを以て接する姿勢が大切になるのだと思います。


3/14/2017

不調和も調和の一部

この世には

無駄なものなど何もない。

砂の一粒に至るまで

すべてのものに

居場所がある。

不調和な多くのものも

それでよい。

不調和も調和の一部である。



1/29/2017

嫉妬は悪い感情?―嫉妬心への対処法

嫉妬心は人生を生きていく上で避けて通ることが難しい感情のひとつです。とりわけ,日本のような「出る杭は打たれる」といった精神風土の強い島国では,なおさらかもしれません。今回は,嫉妬心への対処法について考えてみます。

 「自分にない要素」を持っている相手にジェラシーを抱いて「悪意」を向ける場合,向けられる側にはまったく思い当たることがないかもしれません。
 けれど,人の表面だけしか見ない人は,騙されやすいものです。

 たとえば「私ってこんなに幸せよ」ということをひけらかす人がいたとしましょう。その人に対してジェラシーを覚える人は,騙されているだけです。
 本当に幸せな人は,その幸せを人にひけらかしたりしませんひけらかすのは,本当は不幸だからなのです。本当の大金持ちが,「私はこんなにお金を持っている」とは言わないのと同じです。
 けれど,表面的なひけらかしに騙されて,「なんて幸せなひとなんだろう」と思い,簡単にジェラシーを抱いてしまう.それが人間の弱さです. (中略) 人の笑顔を見て,「のんきで幸せそうな人」としか思えないのは,そういう背景を想像してみないからです.だから表面に騙されてジェラシーを抱き,嫌悪するのです。
 つまり想像力の欠如こそが,ジェラシーの源だと言えるでしょう。
 そして,ジェラシーを抱く人の心には,自分自身の満たされない思いがありますたとえば,いつも笑顔でいたいけれど,自分にはできない.だからいつも笑顔の人を見ると,非難したくなってしまうのです。
 「悪意」を向ける人の心の中を,そうやって冷静に分析すれば,その人自身のSOSが見えてきます。「本当は○○したいけど,できない.だからかわりに意地悪をするしかない.誰か私を助けて!」。そんな悲鳴が聞こえてきます。


 江原啓之 『悪意/善意』 pp. 119-21.



幸せをひけらかす人は本当は不幸だ,とありますが,これは,SNSなどでしきりに “リア充アピール” をする人が,実際にはリア充じゃない!というのと同じです。

嫉妬するのも嫉妬されるのも,どちらもいやなもので,嫉妬心はネガティブな感情,諌めるべき悪感情,と一般的には思われています。ですが,嫉妬心は本質的に悪い感情ではありません。喜び,怒り,悲しみなどといった人間なら誰もが経験する心の反応のひとつにすぎません。

感情は情報です。私たちに何かを伝えよう,教えよう,気づかせようとして内側から湧き出てくるものです。従って,嫉妬心を抱くことに後ろめたさを感じたり,嫉妬する人を上から裁くよりも,その感情が私たちに何を気づかせようとしているかを知ろうとすることが,より根本的で前向きな対応と言えるでしょう。つまり,感情をどのように受け止め,どのような気づきを得るかです。

確かに,引用にあるように,嫉妬心は想像力の欠如によって引き起こされやすいことはあるでしょう。ひとが誰かを妬むとき,その人のさまざまな事情についてはよく知らないことが多いと思います。自分が好意を感じている親しい間柄の人で,信頼または尊敬している人物に対しては,嫉妬心を抱きにくいかもしれないです。また,私自身が嫉妬されて(さらには,攻撃的な態度を取られて)いやだなと思うのは,そこに愛情の欠如を感じるからです。想像力だけでなく,相手に対する思いやりや愛情が欠けている場合に,嫉妬が起こりやすいとは思います。

しかし,嫉妬心を「嫉妬する側」の「想像力の欠如」だけで説明するのは性急であり,偏っていると言わざるを得ません。人間の想像力には限界があります。個人差もあります。著者は,嫉妬される側よりも嫉妬する側に対して批判的な目を向けていますが(これは著者個人の経験に基づくもので,私心が少なからず混入しているという点でやや客観性に欠けるのではないかと思われる),どちらかといえば,嫉妬される側に原因がある場合も少なくはないだろうと個人的には感じています。

例えば,成功やよい評判が世の人々に知れ渡り,謙虚さや感謝の気持ちが足りなかったり,その結果として,自惚れたり,ひけらかしたり,満足げに振る舞いすぎると,無自覚なまま不特定多数の人々に嫉妬され,重い病に罹ったり,職や財産を失くしたり,挙句の果てには警察のご厄介になるといった,三次元的に甚大な被害・損害に見舞われるケースもあるとか。しかし,それらの多くは,過去生のカルマの解消であったり,当事者に気づきを促す出来事であるため,一概に悪いとは言いきれません。

よく言われることは,嫉妬する人は,自分の欠乏感にのみフォーカスを合わせ,不幸感を強く抱いていたり,自信を失くしているということです。さらに,心理的な視野狭窄状態にあるため,悲観的であり,心に余裕がありません。そのため,ひとが現実以上によく見えたり,妄想を膨らませてありもしない現実に美化して,嫉妬心を深めてしまったり,自分が本心では望んでいない状況でさえも羨ましくなってしまいます。元来の性質として,視野が狭い,心の器が小さいタイプの人は嫉妬心を抱きやすいかもしれません。自分は人に嫉妬しやすいなという自覚がある場合は,周囲の動向を伺うことは極力避け,自分の内側に目を向けることが必要です。自分の良さをいま一度思い返し,自分で自分を認める作業をすることです。そして,自分と対話を重ね,自分の本当の声に耳を澄ましてみます。かすかにでも聞こえる声が,思いが,言葉が,目に浮かぶ光景があるかもしれません。それが自分へのメッセージでしょう。

さらに,嫉妬心は,欲しいもの(や状況や性質)を得られる可能性のシグナルとも言われます。自分にも(時機が来れば,或いは,努力すれば)手が届くもの,なれるものだからこそ,余計に意識が向いてしまう,というわけです。例えば,スポーツが苦手な人は,オリンピック選手に憧れることはあっても,嫉妬することはありません。自分の分野外のこと,明らかにできない・しないとわかっている事柄には人はあまり感情的に反応しないものです。この場合の嫉妬感情は,誰もが生まれる前に立てた「人生計画」というブループリントの記憶が為せるわざとも言えますし,自分の深い意識やスピリット・ガイドからの語りかけと言ってもよいです。この類いの嫉妬心は,ただのネガティブな,抑制すべき感情ではなく,むしろ励ましであったり,前進を促す強力なインセンティブと言えます。気づいたことがあれば,目標の実現に向けて具体的な行動を起こすなり,自分の未来を信じて前向きな気持ちに切り替えればよいだけなのです。

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嫉妬して心が苦しくなったときは,嫉妬心はただの感情である,と受け止めて,自分をいたずらに責めたり,落ち込むのはやめましょう。感情を黙って受けとめ,まずは自分に優しくすること。嫉妬心を行動の動機にしないことです。自分や相手を攻撃する以外の方法で自分の心をラクにできる方法,前向きな気持ちになれる道を探してみます。

嫉妬されて辛いとき,もしあなたの心にゆとりが少しでもあるなら,自分の言動を振り返ったり,相手の気持ちや状況を想像してみてください。直接働きかけるのが難しければ,心の中で願う,祈る,もしくは語りかけるのでも構いません。そうすることで,嫉妬の想いをいくらかでも軽減できるかもしれません。


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かなり以前に掲載していたこの記事のコメント部分を大幅に改訂するきっかけとなったのは,ほかでもない私自身がある人に対して感じた嫉妬心でした。誰のせいにしてよいかわからず,終いにはガイドに八つ当たりするほどに,私は落ち込んでしまいました。

その晩,久しぶりに鮮烈な夢を見て,メッセージを受け取ったことで少し落ち着きを取り戻したものの,まだ心にひっかかりがあるようで,すっきりしません。「嫉妬」というキーワードが意識下に残り,他のスピ系ブログを2,3拾い読みしたあとで,気が付いたらこの記事を改訂していました。何度も推敲を重ねるうちに,徐々に形をなし,最終的な文章に整ったところで,気づきました。嫉妬とは何かをあらためて考えなおすために,そして,この記事を書く意味もあって,辛い気持ちを経験したのだ,と。

今回のように,ブログ記事は「書かされる」ことがとても多いです。誰に書かされるかというと,書き手のスピリット・ガイドです。つまり,我々ミディアムとは,俗な言葉でいえば,パシリであり,都合のいい手下であり,もう少しお上品に言うなら,従順なお手伝いさん,といったところです。

また,人に伝えたいことには,自分へのメッセージが含まれている,ということをあらためて
確認しました。

精神的にアップダウンの激しい週末でしたが,いろいろ気づかされることの多い時間でもありました。


2025年は大きな転換期

2025年7月5日(土)の早朝(夜明け前),フィリピン沖の海底火山が噴火して,周辺国と日本の太平洋沿岸に巨大津波(120mほど)が押し寄せ,国土の1/3から1/4 が津波に呑まれる,という予知情報があります。最初にこれが注目されたのは,下にも関連動画のリンクを貼っていますが,たつ...