1/06/2011

愛という地図

愛という地図

歌詞:mavie  作曲:Hwang Se Jun, Park Hyo Shin唄 パク・ヨンハ

なんでそんなふうに 一人きり泣いているの?
なんで孤独だって 嘆き悲しんでいるの?
頼りないこの世界で 瞳閉じるたび,ほら
浮かぶ誰かの笑顔がひとつあればいい


見えなくなるまで手を振ってくれた何も聞かずただ笑ってくれた
ささやかな記憶が今 踏み出す勇気に変わるよ
暗闇の中 行き先は遠いけど


きっと愛という地図を持って
愛という旅に出よう
道なき道を行こう 
Someday振り向けば大事な誰かがそこにいるから
一人前を向いていける 忘れないで


人の言葉に何度も傷ついて
だけど人の優しさに救われる
誰だって一人きりで 生きてはゆけないってことが
一人になって 初めてわかったんだ


きっと愛という痛みだけが愛というキズナになる
たとえ離れていても 
Somewhere「ありがとう」ひとこと届ける代わりに今は
誇りにできるような日々を 生きてくから


きっと愛という地図を持って
愛という旅に出よう
道なき道を行こう 
Someday振り向けば大事な誰かがそこにいるから
一人前を向いていける 忘れないで




故パク・ヨンハさんのアルバム,『LOVE』 (2008) に収録されている曲です.

人との競争や物欲が蔓延する殺伐とした現代社会を生きていると,淋しくなることもありますし,実際,淋しい人が多いと感じます.でも,少し「瞳を閉じて」思い出してみて下さい.楽しい頃もあったのではないでしょうか.「浮かぶ笑顔がひとつ」はあるはずです.それは,子どもの頃に優しい微笑をくれたご両親,おばあさん,おじいさん,近所の人々やきょうだいの笑顔かもしれません.幼稚園や小学校へ出かけるとき,姿が「見えなくなるまで手を振ってくれた」おかあさんやお祖母さんが思い出されるかもしれません.泣いていたとき,落ち込んでいたとき,「何も聞かずただ笑ってくれた」近所のおじさんや,飼い犬やペットのネコがいたかもしれません.愛された「ささやかな記憶」を思い出すだけで,それは新たな一歩を「踏み出す勇気に変わる」ことでしょう.人生には暗闇を歩かなければならないこともあります.そういうときこそ,幼き日のこと,楽しかった頃のことを思い出してみて下さい.それは,過去を振り返る,という後ろ向きな態度とは別のものです.

人生とは,「愛」を学ぶための「旅」です.「道なき道」こそ,たましいにとって大きな成長のチャンス.誰もが「道なき道を行く」旅人です.旅路に連れがいないときでも,今まで受け取った「愛という地図を持って」いれば,愛の学びの旅を続けることができるでしょう.自分は決してひとりではないことを忘れないでいましょう.

旅の途中には,「人の言葉に何度も傷ついて」,旅を続けることが嫌になることがあります.でも,「人の優しさに救われる」こともあるでしょう.捨てる神あれば拾う神あり,です.そうやって人々は,支えあって旅を続けています.

傷ついたり,人から裏切られたりする痛みを知ればこそ,余計に人はひとを愛することができるようになります.傷ついた経験がなければ,愛が何なのかよくわからないままでしょう.傷つくからこそ,自分を愛してくれた人々の愛を知ることができます.自分を愛してくれた人々に恥じないように,感謝の意味も込めて,自分を「誇りにできるような日々を生き」ましょう.

スピリチュアルで,奥の深い歌詞です.疲れたとき,ふと淋しさを感じたときに,ぜひ心静かに聞いてみてください.

記事「道なき道」も参照ください.

1/02/2011

64 ほんとうの成功

 世間でいう“成功者”になるかならないかはどうでもよいことです.この世的な成功によって手に入れたものは,そのうちあっさりと価値を失ってしまいます.大切なのは自分の霊性の最高のものに対して誠実であること,自分でこれこそ真実であると信じるものに目をつぶることなく,ほんとうの自分自身に忠実であること,良心の命令に素直に従えることです.それさえできれば,世間がどう見ようと,自分は自分としての最善を尽くしたのだという信念が湧いてきます.そして,いよいよ地上生活に別れを告げる時がきたとき,死後に待ちうける生活への備えが十分にできているという自信をもって,平然として死を迎えることができます.

『シルバーバーチの霊訓』 pp. 155-56.



自分の理性,道義心に背く生き方をしているのでなければ,いたずらに人の評価や世間の目を恐れたり,気にする必要はない,ということでしょう.だからといって人の気持ち,思惑をまるっきり無視してよい,ということではないとは思います.思いやりは必要です.

ただ,自分の理想に沿うように行動し続けることは,実はとても難しいことです.でも,難しいからできなくていい,といって諦めたらそれまでです.難しいと思いつつも,そうしようと努力し続けること.それによって,本来の場所に帰った時,大きな違いが出るとのことです. 

65 ほんとうの進歩

実は“脳”ばかり発達して“精神”や“霊”の発達がともなっていないことがあるのです.すると頭のいい人が多くなりますが,頭がいいということは必ずしも偉大な魂,あるいは偉大な精神の持ち主ということにはならないのです.
 それは脳という物質のみにかぎられた発達なのです.そういう発達をした人の中には複雑なものほど立派であるかに思っている人がいることは確かですが,ほんとうの発達,精神と魂の発達をともなったものであれば,霊的なことについてもより深く理解するようになります.正しい発達とは精神的ならびに霊的な発達のことを言うのです.そういう発達をしている人は古い間違った概念を捨てて,ますます真理に近づいてまいります.


『シルバーバーチの霊訓』 第7巻  p. 145.



古い概念とは,いわゆる物質主義を指しているでしょう.既存宗教の,真理と合わない教義も含まれるかもしれません.

真理には際限がありません.ここまで知ったら終わり,というものではありません.上にはさらに上があり,成長は永遠に続きます.

焦らず,怠らず,自分のペースでよいのです.

63 すべてはつながっている

 もしも皆さんが霊の目をもって見ることができれば,宇宙の全次元の存在の場をつないでいる絆をごらんになることができるのですが・・・.それをごらんになれば,地上の誰一人として見棄てられたり取り残されたり無視されたり見落とされたりすることがないこと,霊的なつながりが人間に知りうるかぎりの最低界から人間が想像しうるかぎりの最高界まで連綿として続いていることを理解されることでしょう.
 その全次元を通じて“光り輝く存在”が隈なく待機し,連絡網を通じて霊力を一界また一界と段階的に送り届け,最後は物的チャンネル(霊媒・霊能者)を通して地上へ届けられます.


『シルバーバーチの霊訓』 第7巻 pp. 110-111.



人は,肉体に入っているため,他からは切り離された存在のように感じられますが,ほんとうの次元ではすべてのものとつながっています.これが,いわゆる"oneness" です.

光り輝く存在,とは高級霊を指しているかと思われます.輝く光はすなわち愛,叡智,です.

12/31/2010

精神が高まるほど繊細なものを喜べる

 精神がより高く,健康に育っていくほど,その人はあまり突飛的な笑いや下品な高笑いをしなくなるものだ.軽率で破壊的な高笑いはほとんどなくなり,微笑や喜びの表情が増えていく.
 なぜならば,この人生の中にこれほど多くの楽しいことがまだ隠されていたのかと,発見のつど喜ぶようになっているからだ.つまり彼は,その微細なものを見分けることができるほど,繊細で敏感な精神の高みに達しているというわけだ.


『漂泊者とその影』

フリードリヒ・ニーチェ 白取春彦編訳 『超訳 ニーチェの言葉』 p.35.





「神は死んだ」という言葉で有名なニーチェですが,無神論者だったというわけではなさそうです.当時のキリスト教哲学が,生きている人々のためになっていないのではないか,という懐疑から,独自の哲学を推し進めたようです.

さまざまな苦労を重ねた人には,独特の深みがあります.苦しみを乗り越えてきたがゆえに,日常生活の些細なことに幸せや喜びを見出せる,ということもあるでしょう. 

62 美を味わう能力」も参照ください.

62 美を味わう能力

霊界にはあらゆる美が存在しますが,それを味わう能力は霊性の発達の程度いかんに掛かっています.たとえば二人の人間に同じ光景を見せても,一人はその中に豊かさと驚異を発見し,もう一人は何も発見しないということも有りえます.それにもう一つ別の種類の美―魂の美,精神の美,霊の美があり,そこから永遠不滅のものの有する喜びを味わうことができます.充実した精神―思考力に富み,内省的で,人生の奥義を理解できる精神には一種の気高さと美しさがあります.それは,その種のものとは縁遠い人,従って説明しようにも説明できない者には見られないものです.

『シルバーバーチの霊訓  第3巻』  p. 165.



12/29/2010

60 癒し手こそが癒される

いつもこう申し上げているのですー施しをする人は必ずそれ以上の施しをしてもらっており,差引勘定すればいつも頂いたものの方が多くなっていると.施す者が施しを受けるというのが摂理なのです.なぜなら,施しをしようとすることは魂の窓を開き,精神を広げ、心を大きくすることであり,その広くなったチャンネルを通して愛と導きと保護の力が流れ込むことになるからです.

『シルバーバーチの霊訓  2巻』  p. 124.


「施し」とは,何も寄付に限ったことではありません.広い意味で,「ひとを助ける」ことを指していると思われます.人を癒すこともそのひとつです.


ミディアム(霊媒)など,広くサイキック・カウンセリングに携わる人々の中に,(相談者を)「救う」という表現を使う方々がしばしば見受けられます.が,本当に自分を救えるのは自分だけ.病気が治るのは,自分が治ろうとするから,悩みを克服するのは学びを終え,気づきを得たから,です.従って,医師であろうと,カウンセラーであろうと,ヒーラーであろうと,ひとを治せる,救える,と考えるのは一種の思い上がりです.患者さんの病気が治るように,相談者が悩みを克服するように,「お手伝いする」というのが本当のところなのです.「人を救う」という発想は,人間の本質(たましいの力)について,ひいては真理への理解が足りないことの表れだと認識しなければなりません.

忘れてならないのは,ダイアナ妃もかつて「私の方が癒されているのです」と言ったように,助けが必要な人を癒すことで,光の世界からさらに多くのエネルギー,愛をもらって癒されるのは,むしろ癒やす側のほうなのだ,という真理です.

記事,「病を治すもの」もご参照ください.

読みたい本(7)

  千賀一生。『ガイアの法則』ヒカルランド。 いまの時代に読むべき必読書です。 正・続2冊ありますが、1冊目の裏表紙に印刷されている言葉を以下に紹介します: 宇宙に,聖なる16ビートが存在することを告げるガイアの法則— 新型コロナとの驚くべき精緻なる関係性も明らかに! 地球の歳差...