10/06/2011

困難への対処法(4-1)-孤独なとき

ひとは,年を取るにつれて,孤独をより強く感じるようになっていきます.大人になるということは,孤独感を味わうことなのかもしれません.

世の中には,様々な人々がいて,様々な人生があります.絶えず人に囲まれているために,たまには一人で過ごしたい,一人で過ごす時間がないと息がつまりそうだ,と思う人にとって,孤独は否定的な意味合いを持たないでしょう.しかし,大勢の人と一緒にいても,孤独感を感じている人々もいます.家族がいても,うつ病から自殺してしまうケースも後が絶ちません.結婚を,恰も持つべき"勲章"か何かであるようにみなす風潮が強い一方で,伴侶がいても孤独感を募らせる人々も少なくありません.

このように,孤独を感じる理由は人により様々に異なるため,万人に効く対処法は一つに絞りきれるものではありませんが,とりあえず,誰にでもできる緊急措置として

夜早く寝て,朝早めに起きる

ことが助けになるかと思います.別の言い方をすれば,太陽と地球の動きに合わせて規則正しい生活をするということです.特に,質の良い睡眠をとるように心がけことがポイントです.聖地とされる場所も,昼と夜ではエネルギーががらりと異なるように,夜は人もネガティブな気持ちになりやすい時間帯です.日没後は,徐々に体と心を休める体勢に入るのが自然なサイクルでもあります.仕事の都合等でなかなか難しいこともありますが,出来る限り夜はゆっくり休むことが肝心です.睡眠はとても大切です.寝ている間,私たちはスピリット・ワールドへ行って霊的なエネルギーを補給するからです.

* * *

私の艱難辛苦の時期は非常に長期に及びました.詳細は割愛しますが,モートン氏によるダイアナ妃の伝記を読んで少なからず共感し,彼女が感じた心の葛藤や痛みが我が事のように感じられたものです.私の場合,特に辛かったのは,苦しみや困難をひとに理解されないことでした.理解されないだけならまだしも,こちらの事情を知りもしない人々から,やっかみや明らかに偏見と思われる目で見られること,誤解されることは非常に悔しいことでした.とりわけ,そういう人々が,"スピリチュアリスト" を自認する人々の中にも少なくなかったことには驚かされました.真理の理解の深さは人により様々で,スピリチュアリズムの知識の多寡とは必ずしも比例しません.

ひとの苦労話を聞く人々の反応は,三つに大別できます.第一グループは,ただ圧倒されて反応できなくなるタイプ.思いがけないことに遭遇すると思考停止に陥るケースです.第二は,自分の方が大変な苦労をした,と苦労自慢大会をはじめるか,逆に相手の同情を得ようとするタイプ.第三グループは,誰にでも苦労のひとつやふたつはあるもの,そういう意味ではみな同じなのにね,と一般論で軽く受け流すタイプです.最後のグループに属する人々はさらに,本当の辛さ・苦しさを経験したことがなく,人の心の痛みがよくわからないタイプと,悲しみや辛さがまだ充分に癒されていないタイプに大別できます.第二グループも第三グループ(の一部)も共に,癒しが必要な人々といえます.それぞれの反応は表面的には異なるものの,いずれも相手の話を理解しようとしていない,心に寄り添おうとしていないという点では同じです.こんな分類がすぐに浮かぶほど,他者の無理解・無関心に苦しみ,さらに孤独感を強める,という悪循環を何度も経験しました.そんな中,唯ひとつだけ例外的なケースがありました.かつて友人だったある女性です.彼女は,私の話を一生懸命聞いてくれた後で,「私には同じ経験がないからわからない」と静かに言いました.この反応は上記のどのグループにも属さないもので,誠意が感じられます.少なくとも相手のしっかりと話を聞き,向き合っています.その上で,自分の正直な気持ちを伝えている点に誠意を感じました.

* * *

ある日曜の夜,私は,そのきっかけさえもわからぬ寂しさを抱えたまま,ある人と話をしました.話し終えてもすっきりせず,仕方なく寂しい気分のまま就寝しました.その晩,夢を見ました.夢の中で私は大勢の人々と一緒でした.国籍も人種も多様な大勢の人々と共に,コンサート会場にいました.普段の生活では絶対に聞かないレゲエを聞いて,その場に居合わせた人々と一緒に,縦ノリで楽しんでいました.そして,その楽しい気分のまま,翌朝目が覚めました.寝ている間にスピリット・ワールドで癒されのだ,と直感して驚き,そしてとても嬉しくなりました.

主護霊やスピリット・ガイドは,地上の誰よりも私たちのことをよく理解している存在です.その姿は目に見えずとも,声は聞こえずとも,常に我々に寄り添い,たましいの旅を無事続けられるようにあらゆる形でサポートしています.見えないものを信じ続けることはとても難しいことですが,非常に大切なことでもあります.

ダイアナ妃が生前"You can't understand unless you are the individual concerned." (当事者でなければ理解できないものよ) と語ったように,所詮ひとには理解されないもの,との割り切りも時には必要でしょう.自分も他の人の苦労を,その人が感じた通りに理解できるとは限らないのですから.  

10/04/2011

74 真理に目覚める

 地上生活のそもそもの目的は,人間的存在の全側面,すなわち物的資質,精神的資質,霊的資質を発現することであり,それがまんべんなく発現されるまでは,自己実現ができているとはいえません.肉体と精神のみで生きているだけで,幻影を追い求め,実在を知らずにいます.それが霊性に目覚め始めると,霊的資質の開発と冒険へのドアを開くことになります.それが地上に誕生した,そもそもの目的です.魂が,真の自我を見出すためです.
 ですから,大切なのは,どういう場で真理に目覚めるかではなくて,真理に目覚めるということ,そのことです.地上生活に苦痛と悩みが耐えないのはそのためです.つまり,もはや物的なものでは解決のつかない窮地に追い詰められ,霊的なものを受け入れる用意が整うのです.


スタン・バラード/ロジャー・グリーン共著 近藤千雄訳.
『シルバーバーチのスピリチュアルな生き方Q & A-崇高な存在との対話』
pp. 159-60.



8/14/2011

捨てることから



「ほんとうの気持ち」を探すのではなく,
「ほんとうの気持ち」にそぐわないもの,
いらないものを捨てるのです.

たとえば,部屋.
いらないものを探してみよう.

いらないものが「ほんとうの気持ち」を隠してる.
いらないものを見つけたら,さっさと片付けよう.

着たい服がわからないなら,着ない服を片付けよう.
着ない服をとっておいたら,着たい服がわからない.

思い出の品は心の中にとっておけばいい.
思い出ばかりとっておいたら,今の自分がわからない.
未来の自分がわからない.

押入れの中に一年以上触っていない荷物があったら,
中身を見ないで捨てよう.
いらないものを入れるより,からっぽのスペースをつくろう.

からっぽのスペースに,今,入れたいものは何?


中野裕弓 『運の流れにのる,たったひとつの方法』 pp. 36-39.



著者の中野氏は,運の流れにのるためには,自分の「本当の気持ち」に目を向けるだけでいい,と述べています.自分の「本音」が分からないとき,それを知る一つの方法として,要らないものを捨てよう,という提言です.

長い間使用していないものは,古いエネルギーを留めていて,それは新しいエネルギーが入ってくるのを妨げることがあります.新しいエネルギーが入ってきやすくなるためにも,古いエネルギーが付着しているものは潔く処分するのが良いと言われます.

私たちは日々少しずつ成長していて,エネルギーも少しずつ変化しています.

18 「スピリチュアリズム」というラベル

しばしば申している通り,あなた方はスピリチュアリズムという言い方をされますが,これは地上のラベルであって,私にとっては自然の法則そのものなのです.スピリチュアリズムという用語を用いると人によっては,とくにその真意を知らない人にとっては,何やら不気味な感じを与えます.それよりも,大自然の法則-宇宙の物理的・精神的・霊的法則,まだまだ未開拓のままである人間の潜在的能力,表面化に存在する活動の世界,すなわち超自然界,人間のもつより繊細な能力-こうした広大な分野は“スピリチュアリズム”とか“霊媒現象”といった,誤解されやすい用語を用いなくても教えることができます.
 詭弁を弄しなさいと言っているのではありません.真理には多くの側面があり,したがって特別なラベルを貼らなくても表現できることを言っているのです.


『シルバーバーチの霊訓』 2: 62-3.



物質世界に生きるわれわれ人間は「ラベル」が好きです. ラベルが素敵だと,中身も素敵だと思いがちですが,それは全くの錯覚です.

7/09/2011

困難への対処法(3)-信じられないとき

東日本大震災が発生し,福島原発の事故発生から100日以上が経ちました.原発事故収束にはまだ至らず,原発周辺に暮らしていた人々,福島の人々,福島から首都圏へ非難されている人々はもとより,日本に暮らす私たちの非常に多くが不安を感じる日々です.「原子力は安全」と言われ続け,そのことばを信じてきた結果がこれです.福島の事故を受けて,ヨーロッパの一部の国では,すでに脱原発の動きが始まっているにも関わらず,日本では夏を目前にして,玄界原発が近々再開されようとしています.東電はいまなお汚染水の処理に手間取り,思い切った打開策を取れない一方で,政府は,首相の辞任問題や新閣僚の辞任・交替で迷走を続けている.一体,私たちはいま,何を,誰を信じたらよいのか.そういう不信感が国全体に満ちているのではないでしょうか.

日々の生活においても,私たちは人を信じられなくなることがあります.友人だと思っていた人,信頼してきた人に裏切られたり,その無理解によって心を傷つけられたり,あるいは,最も身近な家族の何気ないひと言によっても,私たちは容易に不信感を抱き得るものです.

誰かを信じられなくなった時に人が取る行動・態度にはいろいろありますが,そのひとつに「攻撃」があります.攻撃が外に向かうと相手を責めるかもしれません.内に向かえば,自分を傷つけて健康を害したり,うつ状態になったりします.外向すれば,怒りや悲しみなどは解放できるかもしれませんが,内向すると苦しみます.どちらも前向きな対応とはいえず,問題解決にはつながりにくいです.逆に「防御」に走る人もいるでしょう.よくするのが「否定」です.つまり,起こった出来事そのものが最初からなかったことのように思い込んだり,振る舞うというものです.とりあえず何も起こらなかったことにして,自分が傷つかないように,応急的に自己防衛するのです.この場合,表立って人間関係が悪くなり,さらに傷つくという二次災害は食い止められますが,やはり問題は解決されません.傷は抑圧されているだけで,依然としてそこに存在し続け,さまざまな形で助けを求めてきます.

攻撃や防御では不信感を拭い去ることはできません.ではどうすればよいのでしょうか.人により理由はさまざまに異なりますが,殆どのケースに,ある程度有効,と思われる処方箋として,二種類のアプローチを提案したいと思います.第一のアプローチとして:

事実確認をする

ことです.相手に関する情報を収集するといってもよいでしょう.敵を知る,ということです。とはいえ,なにも探偵やスパイを雇う必要はありません.可能であれば,相手に直接事実を確認してみるのです.こちらの思い違いということもあります.思い違いではなく,それが相手の真の姿であるとわかることもあるでしょう.つまり,自分の人を見る目が甘かった,曇っていた,といったことに気づかされるかもしれません.直接確認できない場合は,周辺をあたるということもできますし,スピリット・ガイド経由で何らかの情報を入手することが許可される場合もあります(占い・リーディングなどを通じて).まずは,冷静に事実を確認し,より正しい情報を得ることが大切です.その過程で気づくことがなにかあるはずです.相手について知る,または,知ろうとすることで,自分についても気づきが得られるかもしれません.時間がかかることではありますが,何をするにも辛抱は必要です.

しかし,これで上手くいかないことも多々あります。少なくとも,情報入手が不可能な場合は有効ではありません.また,どうしても相手が許せない,という思いが残るかもしれません.許せないし,信じられない,と.正義感の強さゆえにそうした事態に陥る場合もあります.そういう人々には寛容さが必要でしょう.人間というものはよく間違いを犯すものだし,自分もこれまで多くの間違いを許されてきたに違いない,と思ってみることです.それでもすっきりしない場合には,第二のアプローチとして:

本当に信じられないのは誰かを考えてみる

ことが助けになるかもしれません.人を信じられない,許せないことの根本的な原因は,自分への信頼の欠如であることが多いからです.自分を否定したり,過少評価しているのです.自分の未来を信じられない,といってもよいでしょう.人が信じられないのは,そうした自分の内面の「投影」である可能性があります.そのことに気づくだけでも大きな意義があるでしょう.
 自分を正しく知るということは非常に難しいことですが,自己の全貌がわからないから,信じられない,ということはありません.全部わからないから信じられないとすれば,どんなことも信じられません.把握しうる範囲内で信じることは充分に可能であるし,そのことは,把握し得ない範囲についても大丈夫だろう,上手くいくだろう,と楽観視することをも含んでいます.ふっと浮かぶ考えや直感に従うことも「自分を信じること」です.
 しかし,その「根拠のない楽観視」は大丈夫なのか,そもそもそれは一体どこから来るのか,と問われれば,それは自分の中心,私たち自身の根源から来るものなので大丈夫です,とお答えします.各自
の守護霊,スピリット・ガイドからのサポートを受け取っていると言っても同じです.肺と肺の間,心臓の少し右側の辺り(ハート・チャクラ)の感覚として感じられることも多いでしょう.そこでほっとする,安心する感じです.私たちの「ガイドとつながっている」という感覚で,ガイドとつながることは,「自分とつながる」ことと同義です.そして,自分とつながることが,すなわち,自分を信頼する,ということなのです.これがわかる頃には,すでに気持ちのフォーカスが相手への怒りや不信,自分の未来への不安から,本当の意味で,「自分を大切にする」ことへとシフトしていることでしょう.


原発についても同じで,原子力発電は危険,という正しい知識を持つことで,政府と電力会社への不信感から離れることができます.取るべき次善策を知り,行動を起こすことができます.正しい情報の存在について,周囲の人々に伝えていくことも大切なことです. 

6/30/2011

73 自然の声は神の声

神は,さまざまな形で人間に語りかけています.教会や礼拝堂の中だけではありません.予言者や霊媒を通してだけではありません.数多くの啓示が盛り込まれている聖典だけではありません.大自然の営みの中にも神の声が秘められているのです.

近藤千雄 訳編.(2008)  『シルバーバーチ 今日のことば』 p. 162.




都会の喧騒や雑踏を離れ,自然の中に出かけることをスピリット・ガイドがよく薦めるのは,人間の根源的なエネルギーに触れることで,内なる声にも耳を澄ませやすくなるからかもしれません.


6/11/2011

Purpose of Life 人生の目的

... the purpose of life is not simply to be born into a family, go to school, get a job, acquire material goods, create a family of one's own, grow older and then eventually die, leaving one's descendants and family members to repeat the very same cycle.  Instead, the purpose of life is to go through a series of experiences that will eventually enable the soul to awaken to its ultimate level of spiritual awareness.  On one occasion, that level of awareness was described as "the awareness within each soul, imprinted in pattern on the mind and waiting to be awakened by the will, of the soul's oneness with God." (5749-14)  Awakening to that level of conscious awareness is the destiny of each and every soul.

K. Todeschi.  Edgar Cayce on Reincarnation and Family Karma. p. 8.

人生の目的は,単にある家へ生まれて,学校へ通い,職を得,物を所有して,自分の家族をつくり,年をとり,最後には死んで,子孫や家族を残し,彼らがその同じサイクルを繰り返すことではない.人生の目的とは,様々な経験を経て,最終的には魂が霊的な気づきを得ることだ.あるとき[ケイシー・リーディングでは],目覚めのレベルは「各人の魂における,魂は神とひとつであるという,気づきであり,心に行動様式として刻まれ,意思によって目覚めさせられるのを待っている」ものとして述べられた.そうした意識覚醒はすべての魂の運命である.



人間の本質は肉体ではなくたましいである,という根本的な気づきが全ての人に求められていて,かつ,その気づきは,本人がその気になりさえすれば,全ての人が手にすることができますが,そこへ至る経路や時機は,人それぞれに異なります.

しかし,おそらくほぼ全ての人に共通していえることは,目覚めに至る経路には必ず何らかの試練がある,ということでしょう.

読みたい本(7)

  千賀一生。『ガイアの法則』ヒカルランド。 いまの時代に読むべき必読書です。 正・続2冊ありますが、1冊目の裏表紙に印刷されている言葉を以下に紹介します: 宇宙に,聖なる16ビートが存在することを告げるガイアの法則— 新型コロナとの驚くべき精緻なる関係性も明らかに! 地球の歳差...