12/29/2011

伊豆へ出かける

今年の2月初旬,めずらしく経済的にも精神的にもゆとりがあった為,遠出することにした.それも日帰りではなく泊まりで.まず,してみたいと思ったのは,シティホテルの広めの部屋で,周りを気にせず,ひとりでゆっくり寝ることだった.最初は,Pホテルがいい,と思った.都内から1泊で行って帰って来られる最も遠い所で,且つ予算内でおさまる場所を検索したら,下田がヒットした.伊豆半島の下田だ.ペリー来航の地としても有名.ホテルは白浜海岸に面しており,近くに神社もあったので,行き先はここに決まった.しかし,一泊二食付となるとそのホテルでは都合が悪かった.一旦オンラインで予約したものの,すぐに取り消して,別の宿泊施設を予約し直した.それも,今にして思えば,背後(ガイド)の非常に有難い配慮だったと納得する.シーズンオフで,宿泊客は私ひとりしかいなかった上に,奥さんが留守で,若いオーナーの男性と小学生の息子さんだけだったから.さまざまな事情からここ数年間,ひと−特に女性−との接触や交流をできる限り避けてきたという経緯が私にはあった.

出かける前の予定では,下田市内の観光,宿泊先近辺の散策と白濱神社(伊豆最古の神社とされる)の参拝が主な目的だった.しかし,二日目に全く予定外の場所を訪れることになった.

それは,石廊崎(いろうざき).伊豆半島の最南端で,石廊崎灯台でも知られている.

石廊崎も然ることながら,旅行自体が導きだったと感じずにはいられない.

前年の暮れ,私はなかなか答えの出ぬ問題とストレスに半年以上苦しんだ挙句,ミディアムのもとを訪れていた.2週間という短期間に二人のミディアムをはしごしたのは,あとにも先にもこの時だけ.ガイドからは,さすがにそのことをかなり厳しくたしなめられたが,最後には,「あなたは答えを知っているでしょう?」と言われてずいぶん安堵した.そして,その同じミディアムに,旅行に行ったらどうか,と言われていたのだ.その時点で,私には旅行に出かけるつもりも,行かれる余裕も全くなかったので,それはちょっと難しい,と答えたかと思う.すると彼は,神社でもいいし,自然があるところでもいい,と続けた.この全てが見事に実現した旅行だった.

下田へは電車を何本も乗り継いで行った.まず,この道中少し面白いことがあった.伊東から伊豆急行を利用したが,途中どこかの駅で列車(前3両)の切り離しがある.最初に乗ったのは5両目だったが,すぐ後ろに座っておられた老夫婦と車掌さんの会話を耳にして,早めに列車を移動することに.おそらくその駅の3つほど前の駅だっただろうか,彼らの後に続いて車両を移動したが,3両目の手前で通り抜けることが出来なかったため,一旦ホームに降りた.その後,その老夫婦はホームを真っ直ぐに歩いていかれたが,私は次の車両にすぐ乗り込んだ.これは咄嗟にとった直感的な行動だった.が,私が乗ると間もなくドアが閉まり,そのご夫婦はホームに取り残されてしまった.電車は1時間に一本くらいの路線だ.もし,あの時,すぐ列車に乗り込まなければ,旅の予定はかなり狂っていただろう.「まもられている」−そう実感した出来事だった.

そのご夫婦にとっても必然的にそうなったことで,何か意味があったに違いない.

車両を移動する前,本から顔を上げてぼうっと車窓の景色を眺めていると,ふっと「いろうざき」ということばが浮かんだ.この時点で,私は石廊崎が伊豆半島にあることは知らなかった.まさか下田駅前からバスで行かれる距離にあるなどとは知ろうはずもない.そのときは,「あぁ,いろうざきって,“石廊崎” でしょ?灯台が有名だったかな」とだけ思って遣り過ごした.

下田は開国の街.ペリーが黒船で来航したという歴史的にも重要な場所で,有名な観光地らしい.平日に出かけたため,旅行者も非常にまばらで,たまに大学生らしき若いカップルに出会うくらい.下田市街はそれほど広くなく,2, 3時間もあれば徒歩でまわりきれるはずだ.ロープウェーに乗って寝姿山(ねすがたやま)に登ると,山頂から下田港を一望できる.開国当時の歴史に関心のある方には興味深い場所かもしれない.

 

上の写真はペリーロード.このあたりをペリー総督とその一行が行進したとか.開港当時のままの姿で残っている.市街地のマンホールの蓋には黒船がデザインしてある.


一通りざっと見て回ると予定の時間になったので,バスで白浜海岸そばの宿泊先へ.チェックインを済ませてから,海岸へ足を伸ばした.その名の通り,砂浜の砂は白く,遠浅の海はどこまでもエメラルドグリーンで美しい.しかし,2月の浜辺はさすがに風が冷たい.浜辺にじっと座って海を眺めているのも寒いので,歩くことに.すると,思いがけなく白濱神社に着いたので,早速参拝することにした.当初の予定では二日目の朝に行くつもりだった.午後4時過ぎだったが,参拝客も非常に少なく,静かだった.山の上にある本殿辺りの空気は澄んでいて,とても気持ちがよかった.白濱神社参拝も導きだと感じた.なぜなら,最初から白濱神社参拝が目的ではなかったから.すでに述べたとおり,最初の思いつきは,ひとりでのんびり休むことだった.が,下田のPホテルがまさにこの神社の近くにあったことが理由で,その存在を知ったのだ.

さて,その夜,オーナーと話をしていたときのこと.下田港の周遊船「黒船−サスケハナ」が面白そうだと思っていた私は,それについて尋ねてみた.すると,石廊崎港の周遊船の方が面白いですよ,という返事.石廊崎の絶景やそこにある小さなお宮のことも,そのとき初めて彼から聞いた.下田駅からバスで片道40分くらいで行かれるという.部屋に戻って,ネットでいろいろ調べた結果,翌日石廊崎へ行くことに決めた.行きの電車の中で地名が心に浮かんだことも決め手となった.前の晩に降り出した雨は,翌日の朝まで降っていたが,バスが石廊崎港に着く頃には止んでいた.バスから見えた太平洋の景色も清々しいものだった.石廊崎へは,ふもとの港から20分ほど歩く.途中まで急な上り坂があるが,植物園(閉鎖中)の辺りまで来てしまえば,それ以上の上り坂はない.途中,写真撮影を終えたらしい男性や他の観光客とすれ違った.

断崖絶壁で,突端に立つと270度見渡せる絶景ポイント.晴れていれば,そこから伊豆七島が見渡せるとか.当日はとりあえず晴れてはいたが,太平洋の見晴らしはさほど良くなかった. 

 

手前(写真のさらに左下の辺り)に石室神社が,岩山に食い込むように建てられている.そこを参拝してから少し登ると,この写真の場所に出る.大きな船の舳先のような感じにもみえる.これからいよいよ航海に出かける,といった様子か.

朝11時過ぎだったが,とにかく気持ちがよかった.風が少し強かったが,それも心地よかった.言葉では言い尽くせない.ここに来るべくして来た,と感じた.

直感に従うことは,導きを受け入れること
でもある.

帰宅後,気になっていろいろ検索すると,石廊崎は富士山から流れてきた龍脈(強い気の流れ)が太平洋へ落ちる所,という記載を見つけた.かなりパワーの強い場所とのこと.行くだけで,禊ぎ(みそぎ)をしたのと同じ効果がある,と書いてあるのを読んで,思わず納得した.そのくらい気持ちが良かった.それまでの様々な悩みを忘れ,感情面の曇りが洗い流されたような気がした.

また,下田という地にも意味があるはずだと思った.ペリー一行は,最初に浦賀を訪れ,次に下田に来航している.実は,大震災が起こらなければ,3月下旬には浦賀(久里浜)へ日帰りで出かける予定だった.どちらも開国の地.私の人生もこれから少しずつ開けていくのではないか.これまで閉ざしてきたものを,少しずつ開いていかなければならないし,開けるようになるのかもしれない.

12/27/2011

羨ましさをプラスに転じる

 あなたは,自分の夢と同じ夢をすでに叶えた人を見つけて,その人に近づいていますか.もし遠ざかって,妬んだり羨んだりしていたら,とてももったいないことをしています.
 私たちは,理想の人に出会うと,近づいて夢実現のヒントをもらう人とと,逆に遠ざかって,妬んだり羨んだりする人に分かれます.あなたは,どちらのパターンを選んでいるでしょうか.嫉妬したり,人の噂話や中傷をしている人は,後者のパターンを選んでいるために,せっかくの夢実現のヒントをもらい損なっています.
 表面意識は気づいていないのですから,もし今読んでいてドキッとした人は,ぜひこれから理想の人に会ったら,一歩近づいて,思い切ってインタビューしてみましょう.そうやってそんなに素敵になったのか,夢を叶えたのかを聞いていると,必ず自分でもできそうなヒントがいくつか出てきます
 それをできるところから実行すればいいのです.今まで妬みを感じるだけで,それを知らずに終わっていた自分から抜け出して,もっと利口になりましょう.


越智啓子.(2011) 『夢実現プロセス』 pp. 106-107.



自然に近づいて素直に相手を認め,教えてください,と言える場合と,心が拒否してできない場合があるかと思います.

できるところから実行すればよいとありますが,実行できる・できないというのもきっと何かの必然で,タイミングなのだと感じます.

12/25/2011

80 だれにも価値がある

 われわれは大いなる神の計画の中に組み込まれていること,一人ひとりが何らかの存在価値をもち,小さすぎて用の無い者というのは一人もいないこと,忘れ去られたりすることは決してないことを忘れないようにしましょう.そういうことは断じてありません.宇宙の大霊の大事業に誰しも何らかの貢献ができるのです.霊的知識の普及において,苦しみと悲しみの荷を軽くしてあげることにおいて,病を癒してあげることにおいて,同情の手を差しのべることにおいて,寛容心と包容力において,われわれのすべてが何らかの役に立つことができるのです.

『シルバーバーチの霊訓 第7巻』  pp. 34-35.





79 奉仕の道は孤独な旅

治療家にかぎらず,霊能者と言われている人がつねに心の修養を怠ってはならない理由はそこにあります.霊的に向上すればそれだけ仕事の範囲が広がって,より多くの価値ある仕事ができます.そのように法則ができあがっているのです.ですが,そういう献身的な奉仕の道を歩む人は必然的に孤独な旅を強いられます

『シルバーバーチの霊訓 第六巻』  p. 38.



此処で言っている「孤独」は,物理的というより,精神的な意味と理解すべきでしょう.

一口に「霊能者」といっても,いろいろなアプローチの方,能力の人々がいますが,ご苦労されている方が多いことは事実です.お力のある方ほど,ご苦労が多いように思います.それほどの大きな苦労をしても,この道に入らなければいけない定めがある,と言えます.試練も導きです.

逆に言えば,それだけの苦労を引き受けてでも,あなたは霊能者になりたいですか?ということでもあります.





78 悟りを得るは容易でない

 が,偉大な仕事ほど困難が伴うものなのです.霊的な悟りを得ることは容易ではありませんとても孤独な道です.それは当然のことでしょう.もしも人類が登るべき高所がいとも簡単にたどりつくことができるとしたら,それは登ってみるほどの価値はないことになります.安易さ,呑気さ,怠惰の中では魂は目を開きません.刻苦と奮闘と難儀の中にあってはじめて目を覚まします.これまで魂の成長が安易に得られるように配慮されたことは一度たりともありません

『シルバーバーチの霊訓』 第6巻 pp. 13-14.



映画『リトル・ブッダ』では,キアヌ・リーヴズ演じるシッダールタが,王宮を離れ,悟りの旅に出かける直前,眠りこけている家臣らを見渡し,"Everone is dreaming." (みな夢を見ている)と一言つぶやく場面があります.

私たちの多くが「しあわせ」や「満足」とみなすものが,「ほんとうの」幸福とは限りません.霊的に目覚めてはじめてわかることがあります.それまでは,まさしく,「夢うつつ」の状態で人生を生きているのと同じかもしれないのです.何が現実で,何が幻か-真実に目覚めるまでは,見分けることは難しいかもしれません.




77 啓示は一歩先んじる

啓示というものは連続的かつ進歩的なものであり,その時代の人間の理解力の程度に応じたものが授けられております.理解力が及ばないほど高級すぎてもいけませんが,理解力の及ぶ範囲が一歩先んじたものでなければなりません.霊界から授けられる叡智はいつも一歩時代を先んじております.そして人間がその段階まで到達すれば,次の段階の叡智を受け入れる準備が出来たことになります.

『シルバーバーチの霊訓』 第3巻 p. 221.



モーゼス経由の情報(真理は人類が理解し得るだけのものしか与えられない云々)より,こちらのほうがより信憑性が高いように感じられます.(『霊訓(上)』からの記事は取り下げました.)

12/15/2011

小をおろそかにすれば

たかが日常の問題というが,日常の何でもない隣人関係にも,青少年犯罪を扱うのとかわらぬ真剣さと知恵が必要なのである.神の真理は極大の世界だけでなく極微の世界にも 行きわたっており,小をおろそかにすることは大をおろそかにすることである.日常生活における善悪の判断は生涯のかかった重大問題の判断にも影響を及ぼす.栓じつめれば,人生百般の問題は道義心の問題一つに帰着するのである.

『背後霊の不思議』 p. 185.

読みたい本(7)

  千賀一生。『ガイアの法則』ヒカルランド。 いまの時代に読むべき必読書です。 正・続2冊ありますが、1冊目の裏表紙に印刷されている言葉を以下に紹介します: 宇宙に,聖なる16ビートが存在することを告げるガイアの法則— 新型コロナとの驚くべき精緻なる関係性も明らかに! 地球の歳差...