9/06/2018

大地が震えるとき

大地が震える。
科学者の説明も正しいが
それは一部のみ。


地球も生きている
あなたがたも生きている
どちらのエネルギーが大きいか
それは地球。

しかし,人びとの負の想念が集まると
強大なエネルギーとなる。

そして,両者のバランスが崩れると
ひずみが生じる。

地球がなければ
人は生きられない。

自然在っての人間であることを
思い出しなさい。




2011年に東日本大震災以来,さまざまな自然災害,それも大規模なものが頻繁に発生しては,各地に多く被災される方々が出ている状況です。

被災地だけの問題ではありません。日本全体の,ひいては人類全体の問題として受け止めるべきでしょう。

地球は生きていて,意識があります。

そして,同じ惑星に暮らす71億人の一人ひとりにも意識があります。

この両者は常に相互作用していますが,そのバランスが崩れるとバランスを正そうとして,震災をはじめとするさまざまな大自然災害が起こります。バランスが崩れてしまう原因は,地球あっての,自然界あっての人類である,という大前提を人類が忘れてしまったためだ,とこのメッセージは釘を刺しているようです。

先進国の多くの人々が手に入れた文明は素晴らしいものです。しかし,便利で快適な生活を追及するあまり,私たちの多くが「いのち」の本質を見失ってしまったのではないでしょうか。

いまこそ,”母なる自然”を思い出さなければならないでしょう。私たち人類はどこから地球にやってきたのか。何のためにいま,ここに生きているのかを正しく知らなければなりません。そして,謙虚な気持ちで,生かされていることへの感謝を以てこれまでの在り方を振り返り,今後の生き方を真剣に考える必要がありそうです。



自然の脅威が続くとき

それは,あなたがたが自らの在り方を

内省するとき。

本来の生き方から

逸れないように

自然を忘れないようにと

私たちはいつも全力で

働きかけているのです。



6/28/2018

苦労は悪か

『シルバーバーチの霊訓』をはじめとする霊界通信ならびにエドガー・ケイシーのライフ・リーディングなど精神世界関連の書籍で,地上での困難や苦労を否定的に捉えているものはひとつもない。むしろ,そこから多くを学べる,また,学ぶべき経験であること,そして,苦楽共にあればこそ人は学び,成長できる,ということを繰り返し説いている。私も,同趣旨の引用を投稿してきたつもりだが,ブログを拝見しています,と仰る方々の中に真意を理解されていない方が多いことにあらためて驚いている。自分に都合よく,情緒的ななぐさめや癒しのみを求めて読まれているのではないか。

苦しみを抱えている人は多い。例えば,昨年の大震災に被災した人々はまだ困難の最中にあり,さらに遡ると淡路阪神大震災に被災して多くを失った人々にとって震災の話題は,10年以上経ったいまなおタブーである。世界に目を転じると,一日2.5ドル以下で暮らす人々の数は約40億ともいわれる。バングラデシュの村に暮らすある女性は,グラミン銀行から融資を受けるようになって貧困から脱け出せたが,以前の極貧生活を振り返り,「つらすぎて話せない」苦しみがあった,と言ってむせび泣いた。サリーが一枚しかなかった。だから,サリーを着たまま長い布地の片方の端を洗い,そこが乾かぬうちにもう片方を洗ったという。雨の日には,雨漏りのする家で,子ども達に覆いかぶさって濡れないように守った。ピラミッドの頂点の島国での暮らしは,人から思いやりや哀れみさえも奪ってしまうのだろうか。苦労がそんなに悪いものなら,地球上の半数の人生はただ不幸で惨めなものになってしまう。果たしてそうと言い切れるか。そのようにひとの人生に審判を下す私たちは何者だろうか。

暗闇を知ればこそ,灯りの明るさがわかる。いつでも電気が使えて,真夜中でも明るい生活になれている人々に,ろうそくの明かりのありがたさがわかるだろうか。2011年に首都圏で計画停電が実施されたとき,ろうそくをつけていた家庭も多かったと報じられたが,都会に暮らす人々はそんなことでも起こらなければ,電気が自由に使える有難さなど忘れていただろう。また,お金がない苦労を知ればこそ,少しの経済的余裕もありがたいもの。グラミン銀行から少額融資を受けた貧しい女性たちの返済率は96-99%という高い数字を維持し続けている。一方,既存の銀行はといえば,返済能力のある人々や企業に融資してきたにも関わらず,ご存知のとおり多額の不良債権を抱え込み倒産した銀行さえあった。貧困を知る人々だからこそ,お金のあり難さを身をもって感じられる。

「若いときの苦労は買ってでもせよ」と言われる。「禍福はあざなえる縄の如し」という諺もある。工場で大量生産されるナイロン紐はハサミで簡単に切れるが,麻縄はなかなか切れない。二本の繊維をより合わせて綯ってあるから強い。こうした古くからある格言は,霊界通信で言われる内容とぴたりと符合している。物質文明が発達する前の時代の人々は,現代人よりも人生について深い知恵があったようだ。物質文明は,自然だけでなく人間のたましいさえも破壊してしまったのか。その物質文明を発達させた張本人は,ほかならぬ人類なのだが。

それでもまだ,「苦労は私の身には起こってほしくない」と言い続ける人にはこう言いたい。「人はみんな乗り越えられる苦しみしか体験しないことになっています。こころが弱く,智恵の少ない人には,そこそこの苦労しか起こらないでしょう。心配はご無用ですよ」と。あまりに意地が悪いだろうか。

* * *

現時点で知る限り,大きな苦労を経験する人々は4つのグループに大別されると思う。ひとつは,社会に対して大きな貢献をする,もしくは,パイオニアとしての役割を担う人々。精神的な苦労の場合もあれば,仕事上の困難の場合もある。第2のグループは,癒しの仕事をする人々。自分が苦しい目に遭って
初めて人の痛みがわかるようになる。3つ目のグループは,いくつかの負のカルマをまとめて,もしくはひとつの大きな負のカルマを,一気に返済しようと決めて来た人々。最後は,一見平凡な人生を歩んでいるように見えるが,実は霊性がかなり高く,さらなる成長を望んで転生したグループである。このグループ分けは,それぞれ独立しているとは限らず,一人の人が複数のグループに属することも当然ある。ただ,一般的に言って,相対的に大きな苦労を経験する人々は霊性(魂の経験値)が高い傾向にはあると思う。

亡き母は,自営業の手伝いをしていたごく普通の主婦だったが,嫁いでから20年の間に姑との人間関係で大きな苦労があった。その話を聞くたび,子どもながらに同じ目には遭いたくないと思ったし,そんな大変なところをくぐり抜けてきたなんて,それだけでもすごいことだと思った。また,(入院・手術を要する)病気とも縁の深い人であった。が,同時に,彼女は哀れみ深く,賢い人であった。子ども達はみな彼女を慕っていた。そして,自分の感情よりも相手の感情を優先させる人であった。自分をひけらかすとか目立つということが嫌いであった。学生時代,成績優秀でクラスでトップだった(らしい)が,それを知る友人は少なかった。そんな彼女は,子育てと縁結び(仲人)以外にはこれといった社会貢献もしなかったが,家庭に平和と調和をもたらす存在であった。果たして,彼女の死後に得た情報によれば,やはり霊性の高い人であった。ごく普通の人々が,地上の時間にして4〜50年も費やして到達する境地(サマーランド,つまり幽界の最上部)に僅か3年余りで至ったたましいの持ち主である。(霊媒S氏も驚いたほど。)彼女の生き方を目の当たりにしてきた私にとっては,あらためて驚くべきことでもなかったが。

よく知られたところで言えば,故ダイアナ妃の短い生涯は,精神的な苦しみに満ちたものであった。その苦しみを経て,慈善活動に尽力し,地雷撤去の法律制定にも寄与された。マザー・テレサも人に言えぬ苦悩を抱えていたと言われている。人々に多くの貢献をする人,パイオニアとしての役割を担う人々には困難がつきものだ。そうした人々(例えば,日本の女子教育の開拓者,津田梅子など)には,個人的な幸福が許されていないように感じられるケースもある。「苦労なんかはしたくありません。私は,自分と自分の家族さえ幸せならそれで何も不満はないのです」などと呟く人は,「一隅を照らす」生き方はできないだろうし,しないのだと思う。そして,さほど大きな学びもない人生にちがいない。というより,大きな学びをしたいと思って転生したわけではないのだろう。人それぞれだ。

* * *


改めて述べるが,人生の苦労・困難をただ悪いもの,避けるべきもの,忌み嫌うべきもの,とする世間一般の見方は誤りである。もし,このことを少しでも理解できるなら,苦労を否定的に見ることは直ちにやめたい。そして,その発想も認識も「無知」であることを知りたい。

11/20/2017

「幸せ」は自分の中に

大きな試練の時代を振り返って今なお苦痛を覚えることは,(人々や社会から)全く認められなかった,ということ。日本社会は,ひとを認められない,認めたくない,もしくは認めるのが苦手な人間の集団なのではないか,と思う。

例えば,職業。私に聞こえる距離で,「肩書きよね。」と“自称”スピリチュアリストのある年配女性は言った。相手の職業を知って傷つきたくなければ,申込書に職業欄をもうけなければいいではないか。ここまで露骨でなくても,聞こえないフリをする,静かに無視する,拒否的雰囲気をかもし出す,という反応を示す人はざら。コンプレックスが刺激されるのだろう。不機嫌になるのは,医師などの,いわゆるエリート男性に多かった。無視しないケースでは,わが子や孫の学歴や自分の輝かしい過去をご披露なさる方々もいた。いずれにしても,こちらとしては認められたという気にはならない。一方,同業者間では互いに(何となく)ライバル意識を持ちやすいため,異業種の人々とは違った意味で,精神衛生を脅かす。「私の方が上よ」,「あなたのことは認めたくない」とか「ことばに出して認めると負けですから」という(ある英語学校の元女性講師の)心の声を,霊媒S氏経由で知らされたこともある。何でも「勝ち負け」で捉える人がこの学校には多かった。

おまけに,10年程前から大学教員は学生から評価される時代となった。教員の査定というよりは,授業改善を意図したもので,アメリカから導入されたシステムだ。少子化の影響で,特に私学は学生数の確保に必死という背景もあろう。授業の進め方は適切か,声は聞こえるか,課題は課されたか,授業の満足度はどうか,など質問は多項目に及ぶ。5段階評価で答えるこれらの質問とは別に,学生が自由に感想を書ける用紙も配布される。質問内容は学校により少しずつ異なる。ある女子大では「教員は学生から評価されることに疲れている」ということで,自分の授業への取り組みを評価させる方向へと変わった。無記名のアンケート結果は統計処理がなされ,成績評価提出後に各教員宅へ受け取り確認が必要な方法で送られる。いまや権威は通用しない時代であり,教員はさらにストレスにさらされやすい環境になった。

最近では,言葉からは敬いが読み取れるものの,どうしても素直に喜べないケースがちらほらある。例えば,一見相手を認めているようでいて,本音では「私はスピリチュアリズムに出遭った優秀な人間なんです」とか「わたしが一番苦労を知っているわ!」と絶叫している。相手がどうこうというより,「自分をわかってほしい」という我が身かわいさが優っているご様子。客観的に文面を読めば一目瞭然でも,本人は気づいておられない。かといって,直接指摘するわけにもいかない。物事を自分に都合よく自己流で解釈する,自己完結的でひとりよがりな傾向を持つ方に多いような気がする。自分のことがわかりにくいのは誰でもそうだが,特にこういうタイプの方は真の自己像には気づきにくい。

また,「あなたは本物だ」などと言う方がいた。「えっ?!」 霊能者ではない,普通の方である。しかも,その根拠が極めて物質的で説得力を欠いているではないか。私を本物だと言うあなたは何物でしょうか?と問いたかった。なぜなら,本来“評価”のベクトルは下向きだから。誰かを評価できるためには,評価する側が遥かに多くの知識,経験,見識等を備えている必要がある。つまり,評価する側が評価される側より上であることが前提なのだ。だから,職場のように互いに承認された(相対的な)上下関係が見えやすい状況でなければ,あからさまに相手を評価するような物の言い方には慎重でなければ,失礼にあたる可能性がある。

器の大きさ,適性は一人一人異なる。ある人は,8リットルのバケツの水面に映った星をみて「まぁ,きらきら輝いて,なんて綺麗なのかしら!」と感嘆する。「これだったら,毎晩でも眺めたいわ」と。しかし,そのバケツに水を汲んだ別の人は「バケツに映った星空なんて小さすぎて,星の本当の美しさはわからない。やはり,夜空を仰いでこの目で確かめなければ」と不満を漏らす。そこで,バケツの星に感動した人が,夜空の星を自分の目でしっかり見たいと思っている人に,「バケツの水に映った星は綺麗なんだし,私は感動したんだからそれでいいじゃないの」と(何気に咎めるような口調で)言ったところで,なぐさめにも何にもならない。バケツに水を汲んでもらったことへの感謝は伝わるかもしれないが。

逆に,笑顔にしていても面白くなかっただろう。幸せそうに見えるのが気に入らない,といって妬まれたに違いない。実際,そういう年上の女性がいた。いじめとはいえないだろうが,それらしい態度を取られた。彼女は有名商社勤務の夫と一男一女を持つ家庭の主婦だった。夫の海外勤務で数年間英語圏で暮らしたことがあり,英文科卒業後,中学校の英語教師だった経験を生かして,非常勤で英語を教えに来ていた。当時は,都下にマイホームを建設中だった。S氏に鑑定を依頼すると「私には悩みがたくさんあるのに,あなたは独身貴族で何も悩みがなさそうに見えるのが面白くない」と出た。確かに控え室では,「(有名一流私大に通う)息子が話を聞いてくれない,家族なんかいらない。ひとりになりたい!」とたびたび愚痴をこぼしていた。一人で生きられるほどの強靭な精神力の持ち主とは到底思えなかったが,悩みを口にしていたことは事実だった。「たましいが汚れている」とS氏は言った。その心の曇りは,相談する度に悪化していた。明るく社交的で控え室では多弁だったが,「周りの人は彼女の話に真剣に耳は傾けていない」というのが本当のところらしかった。物質的価値観がとても強く,自分の年齢や容貌,学歴,子供の大学や夫の出身大学のランクを人と比べては,負けたと思えば落ち込んで攻撃的になるか陰口を叩き,勝ったと思えば安心し,得意げになるという感情の起伏の激しいところがあった。物質面は豊かでも心の侘しい,寂しい方だった。

みじめさと不安と孤独感を抱えながら日々を過ごしていた私にとって,彼女らの無遠慮な好奇心や時折り出る家族の話は,拷問以外の何物でもなかった。帰宅後,腹痛でトイレへ駆け込むこともあった。しかし,この学校をやめるわけにはいかなかった。大学のコマ数を増やすことはそう容易ではなかったからだ。考えた末,自己防衛のために控え室に滞在する時間を最低限にした。私の仕事は授業をすること。講師控え室でおばさま方のご機嫌伺いをすることではない。次第に担当する授業数は減ったが,週1ペースで通う日々がしばらく続いた。敷地に入ってコンクリートの灰色の建物を見上げる度,「こんな建物,私が辞めてから崩壊すればいい」と心の中で罵った。やがて英語学校からは授業の依頼が途絶え,大学のコマ数が増えた。その後,同校は長年の経営難から解散することとなり(実質的には倒産に近い),母体である某私大に吸収された。「崩壊すればいい」と恨めしく眺めていたその建物は,耐震基準を満たしていないという理由で解散後間もなく取り壊されたことを後で知った。その頃を思い出すと,「いずれはここを去るし,この建物も無くなるから,それまでは頑張って!」と,ガイドたちが一生懸命励まして(或いは,なだめて)くれていたような気がする。スピリット・ガイドは,私たちの考えや想いをすべて把握している。

* * *

最初の方で触れた英語学校では8年ほど教えただろうか,4,5年目頃から出講が苦痛になった。同霊媒からは「ここに通うストレス,ピークだね」と言われたが,まさにその通りだった。ストレス(と不規則な生活)から食物アレルギーの症状に数年間悩まされた。圧倒的に女性が,それも比較的優秀な人々が多い職場だった。「自分が一番優秀!」と思っている人々の集まりだった。もちろん,普段はそういう雰囲気を表立って出すようなことは控えていても,会話をすると言葉の端々に見え隠れした。それが耐えがたかった。「そこで認められようと思うことが間違い」と霊媒S氏には言われた。また,私のプライベートにかなり露骨に関心を示す女性(当時50代?)もいた。普段から無愛想な私の様子がどうも気に食わなかったらしい。ツンとすましているように見えたのだろう。(「あなたのファンよ」などと言われていたが,S氏の鑑定によれば本音は逆で,私の人間性に反感を感じておられたらしい。)笑顔をつくる余裕などなかった。母が他界し,留学先から戻ってからは,何もかもが自分の思うように進まず悩む日々であった。博士論文もはかどらず,専任校も見つからず,前進も後退も許されないどん底の状態で,順調に人生を歩んでいる(ようにみえる)仲間や先輩・後輩の動向を知っては落ち込み,少ない給料から占いの鑑定料と家賃と生活費を捻出する計算ばかりしていた。
* * *

自分の心を満たすものは,自分の中にしか見つからない。誰かに,何かに満たしてもらおうと求め続ける限り,満たされることはない。そのためには,「ほんとうのこと」を積極的に学び,自分と静かに対話を続けること。まずは,自分と向き合うことから始めたい。


2017年11月20日


10/07/2017

過去生体験 1

 「前世」とか「生まれ変わり」は,日常会話でも普通に使われる日本語で,われわれ日本人の間には輪廻の概念は広く行き渡っているように思われます。しかし,前世の存在は信じられていても,その本当の意義や具体的な仕組みについてはあまりよく知られていないのではないでしょうか。
 ブログ作成者の過去生を1つ紹介します。かなり以前に,福岡市在住のある女性霊媒を通じて明かされたものです。3次元的な相談もかなりしましたが,それらの回答を聞く限りでは,現実とぴたりと符合していることが殆どで,過去生霊視においては,おそらく日本でも屈指の実力を持つ霊媒ではないかと思います(特に過去生霊視において秀でておられ,目を閉じた状態で,テレビを見るように視えると言われていた)。

多くの過去生を教えてもらいましたが,その中でも,これは確からしいと感じたもので,且つ今回の人生に大きく影響しているのではないか,と判断されたものについて概略したいと思います。(リーディングのあと,ヒプノセラピーを受けて催眠下で得た情報もおり交ぜています。 )

16世紀の日本.豊臣秀吉の治世に,近江の国(現在の滋賀県)の,とある武士の娘に生まれた当時の私は,若くしてキリスト教と出会い,これを広めなければ,とインスピレーションを得ました.性格的には,自立心が強く,人についていくよりもリーダーとして人を率いていきたいタイプです。父はそういう私の性格を熟知していたため,私を制することはせず,ただやりすぎないように,と一言述べて見守ってくれました。独学でキリスト教を学び,人々を集めて定期的に集会を開くことになりました。「キリストを信じ,神を信じれば,救われます」などと話していたのが思い出されました。十字架に磔になったイエスの像をどこからか入手し,それを祭壇に飾っていた様子が浮かびました。[当時,そのようなものが現実に入手可能だったかは不明です.]  ある日,知人からバテレンを紹介され,面倒を見るように頼まれます。自宅に住まわせることには父から許しを得られなかったため,近くに民家を借りてそこへ住んでもらうことになりました。私はしばしば通っては,日本語を教えたり,身の回りの世話をしていたようです。集会に参加していた人々は,本物の説教が聴かれるかもしれない,と非常に喜び,期待しました。(とはいえ,来日間もないバテレンは言葉があまりできなかったはずで,実際のところ説教をしたのか,または説教がどのように行われ,どの程度理解されたのかなど疑問は残りますが,細かいことまではわかりませんでした。)  日が経つにつれ,私も,集会に集まってくれている人々も共に信仰が深まり,信仰生活は順調でした。ところが,ある日,豊臣秀吉がそれまでのキリシタン擁護政策を180度覆す決定を下します。バテレン国外追放令です.その結果,長崎で26人の聖人が殉教するという事件も起きました。

それでも我々は,すぐに集会を止めることはせず,隠れて続けていました。中には抜けていく人々もいましたが,何といっても普通に生活できることが大切だということで,彼らを責めることはしなかったようです。人目を忍ぶかのように,私は質素な身なりを心がけ,バテレンは貿易商人に身をやつし(かつらをかぶるなどして)布教活動を続けていました。[バテレンがお上の目を逃れるために変装していた事実はあったようです。]  そんなある日,集会を開いていると,役人が親しくしていたバテレンを伴って入ってきました。バテレンは捕まっていたのです(父の家来が,私に対する不満からお上に密告したため。ちなみにこの家来は,今生で私の家族として転生しており,今生も含め,多くの過去生において,私に多大な迷惑をかけている)。役人は,私が首から提げていたロザリオ(数珠に十字架がついたようなもので,カトリック信者によって現在でも使用されている)を指さし,「首からさげておるそれは何か。そなたはキリシタンか?」と詰め寄ります。キリシタンであることが発覚してしまうと,家族や集会に集まってくれている人々もとがめられてしまい,大変なことになります。さすがにそれはまずい,と思った私は咄嗟にロザリオを首から外し,床に打ち捨て,足で踏みつけ,キリシタンなどではない,と言い放ちました。その後の人生に決定的な影響を与えることになる棄教の瞬間です。
(2へつづく)

10/01/2017

疲れたとき

自分をいたわり
自分を慈しみなさい

われ先に,と

闘争する人々のことは
忘れなさい

自分の歴史に

誇りを持つ

たましいこそ

すべて

目覚めていない人々とは

距離を置いていてよい

いまはただ

おのが身を案じ
大事になさい。




9/04/2017

同じ光

万物は
神の御心にて
生じおり

ひともまた然り

神の造られたものには
神の御心宿りたり

味方の中にも
敵の中にも
神はいませり

元は同じ光なり

すべては
究極的に
ひとつながりなのです。




読みたい本(7)

  千賀一生。『ガイアの法則』ヒカルランド。 いまの時代に読むべき必読書です。 正・続2冊ありますが、1冊目の裏表紙に印刷されている言葉を以下に紹介します: 宇宙に,聖なる16ビートが存在することを告げるガイアの法則— 新型コロナとの驚くべき精緻なる関係性も明らかに! 地球の歳差...