1/25/2014

個人的な悲しみから普遍的な苦しみへ

 アントーニア・ブレンターノがそうした絶望から立ち直ったのは,不思議なことに,テレーゼ・ブルンズヴィックの場合とはなはだ似ている.二人とも個人的な悲しみをバネに,より普遍的な社会の悲惨に目を向けたことだった.アントーニアもまた,フランクフルトで設立された,貧困者や失業者を支援するための女性たちの教会の共同設立者となった.そうした社会組織や赤十字や教会を通して,彼女は莫大な経済的援助を死ぬまで続けた.当時フランクフルトで,彼女は「貧者の母」と呼ばれていたのだった.(中略)
 こうした度重なる試練の中で,アントーニアは次第にカトリック教会に回帰し,祈祷書に心のよりどころを求めるようになった.ベッティーナは彼女が,カールの障害のせいで人柄が変わり,「悲しみの天使になった」と言っている.だが同じカトリックへの回帰であっても,修道院にこもったあと狂信的なナショナリストになった義弟クレメンス・ブレンターノとは,そのあり方がまったくちがっている.
 彼女の場合,自分自身の大きな不幸を背負いながら,その心がいつも他者に向けてひらかれていたことだ.社会福祉がまだ未熟だった19世紀の前半に,失業者や貧困者のために手をさしのべることは,それ自体勇気のいることだったにちがいない.彼女が名流婦人だっただけに,風当たりも強かったことだろう.そんなとき有形無形に彼女を力づけたのは,ベートーヴェンではなかったのだろうか?作品番号なしの彼の歌曲に『高貴な人は慈悲ぶかく,善良であれ』というのがある.これはゲーテの詩に作曲したものだが,制作年代は1823年と推定されている.こんなところにも,二人のあいだの共通な精神風土が感じられる気がする(後略).


青木やよひ.『ベートーヴェン・不滅の恋人』 河出文庫.pp. 346-347.



終生独身だったベートーヴェンには愛する女性 ("immortal beloved" 不滅の恋人) がいたとされています.青木氏は,アントーニア・ブレンターノがその人ではないかと主張されますが,これは現在最も有力な説と一致しています.引用箇所はその論拠について述べた部分です.

青木氏らの推測が正しいとすれば,かの偉大な作曲家の心を動かしたものは,彼女の崇高な心の在り方であり,生き方だったのかもしれません.

自分の苦しみを乗り越え,それを契機に恵まれない人々へ目を向けられるようになってはじめて人は救われるのでしょう.

ほんとうに強く美しい人は,より普遍的な愛を知っていて,実践します.


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