2/08/2015

信仰の落とし穴

「神を信じている」「人間は霊的な存在だと思う」という言葉だけで,その人の生き方がわかるわけではありません.たとえ,そう表明をしていたとしても,自分は全てをわかっているというような錯覚に陥っているとしたら,それはきわめて即物的な態度であるといえるでしょう.
 もしその人がどんなにたくさんのことを知っていたとしても,知識を物のように持っているに過ぎないとしたら,それでは,恐れや畏敬に結びついていく本当の霊的な人生の姿勢からは,ほど遠い状態というほかありません.
 また,信仰や霊的な人生観を持っていることで,自分はそうでない人たちより人間として高尚であるとか,優れていると思うなら,信仰を他人よりワンランク・アップするための材料にしていることになります.
 残念なことに人生の目的が心や霊的な歩みにあるといいながら,まったく唯物的な生き方をしかねないのが人間なのです. 


高橋佳子 『人間の絆 基盤編』 pp. 275-6.


信仰心や,自分はスピリチュアリズムを知っている,という想いでさえも,モノと化してしまう可能性がある,ということです。

ひたすら謙虚さを心がけることが肝要ではないでしょうか。

0 件のコメント:

コメントを投稿

過去生体験 3

その教会では,牧師さんの説教の後などに,合計3度お祈りをする機会がありました。が,不思議なことに,目を閉じて祈るたびに涙が溢れてきます。そして,きまって「キリスト教を棄てた私を,こうして皆さんで暖かく迎えてくださって,こんなに嬉しいことはない」という想いがこみ上げてくるのです。今...