もしその人がどんなにたくさんのことを知っていたとしても,知識を物のように持っているに過ぎないとしたら,それでは,恐れや畏敬に結びついていく本当の霊的な人生の姿勢からは,ほど遠い状態というほかありません.
また,信仰や霊的な人生観を持っていることで,自分はそうでない人たちより人間として高尚であるとか,優れていると思うなら,信仰を他人よりワンランク・アップするための材料にしていることになります.
残念なことに人生の目的が心や霊的な歩みにあるといいながら,まったく唯物的な生き方をしかねないのが人間なのです.
高橋佳子 『人間の絆 基盤編』 pp. 275-6.
信仰心や,自分はスピリチュアリズムを知っている,という想いでさえも,モノと化してしまう可能性がある,ということです。
ひたすら謙虚さを心がけることが肝要ではないでしょうか。
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