7/29/2009

守護霊とは

 守護霊とは,現界を生きるたましいを常に見守り続ける高級霊のことをいいますが,再生を果たした自分と,それを見守る守護霊は,同じグループ・ソウルの一員です.ですから,守護霊は,二人羽織のように,自分が現界で生きているかのような気持ちで,たましいの旅路を見守っているわけです.
 守護霊は高級霊ではありますが,それは霊界にいるからで,実は現界に再生してきた私たちと同じ人格です.
 霊的世界にいれば,真理のすべてがわかるので,みんな善人になれます.いい面だけしか表に出てきません.現界に降りてくると,悪い面が表に出やすくなります.そういう違いがあるだけで,同じグループ・ソウルなのですから,守護霊と私たちは,基本的に同じ人格なのです. 守護霊は,霊的世界にいる真理に目覚めた視点から,この現界をどう生きることが霊格の向上につながるのか,ということを常に指導し,見守ってくれています.それが守護霊という存在なのです.


江原啓之 『天国への手紙』 pp. 78-9.



守護霊の中でも「主護霊」と呼ばれる中心的存在は,地上の再生人生全てを通して共に歩む一体の高級霊を指します.女性には女性の,男性には男性の護りがついているようです.尤も,性別は人間のように絶対的なものではありませんが.400~700年前に他界した先祖の霊が多いとのこと(江原啓之『ひとはなぜ生まれいかに生きるのか』 p.111).また,自らの過去生のスピリットが指導することもあるそうです.

守護霊(または背後霊)にはいろいろな役目があります.例えば,指導霊は,仕事や趣味に関する導きを与える存在で,複数の仕事で活躍する人にはそれだけ多彩な指導霊が協力しているそうです.大抵は同じ職業に就いたことのある霊がつきます.指導霊は主護霊と異なり,途中で交替することもあります.私たちが上昇した場合や,逆に下降した場合にも交替します.地上での成功の度合いには指導霊が影響(「決定」ではない)を与えています.

補助霊は,比較的最近他界した身内であることが多く,祖父母や親,親しかった知人などです.リーディングで,亡くなった身内などから生活に関する具体的なメッセージを貰うことが多いのは,地上を離れてあまり時間が経っておらず,高級霊に比べて,この世の低い波長に同調しやすいためだとされています.通常,高級霊であるほど,具体的な細かいメッセージは送って来ません.

補助霊は類魂(グループ・ソウル)とは限りません.また,指導霊も同様で,同じグループから来ているとは限らないようです.

類魂は1つの本体と5つの類魂の,合計6つのたましいから形成される,という説があります.その説によれば,5つの類魂が交替で地上に再生し,再生にあたっては,残り4体の類魂のうち,1体が主護霊になるとされます.(6という数字は信憑性が高そうです.)

人霊(かつて地上人生を経験したことのある魂)以外にも,自然霊のサポートが必ずあります.これを支配霊と位置づけ,龍神霊系,天狗霊系,稲荷霊系の3つに分類する方もいます(『ひとはなぜ生まれいかに生きるのか』 を参照).また,この3つに弁天様(芸事を司り,水の神様でもある)を付け加える方もいます.ついている霊の個性が,守る人間の個性に強く反映されることが往々にしてあります.

具体例を挙げると,私の場合,生業に関して,西洋人風の男女(女性は平安時代の文学者という指摘もあり)の研究者から指導を受けています.苦労の末,彼(ら)と同じ学位を取ることができましたが,その際も彼らの助けが大いにあったようです.将来的にスピリチュアルな活動にも携わる関係上,モーゼのような(とも,お茶・お花の先生風にみえるとも,ミディアムにより描写が異なりますが)男性,平安時代の巫女,ネイティブ・アメリカン,侍など複数の指導霊がこれに加わります.また,十余年前に他界した母(や他の家族)が補助霊として守ってくれています.さらに,指導霊でしょうか,健康管理からスピリチュアルな面に至る広範囲において,医師が絶えず導いてくださっています(学生時代から夢によく登場なさる).主護霊としては,西洋人のお祖母さん(ヨーロッパで過ごしたある過去生での先祖にあたるらしい)がいらっしゃるようです.支配霊は龍神だと最近知りました.たしかに,自他共に厳しいところがあります.できて当然,できないのがだめ,という風に考えやすいです.その支配霊の関連か,自然霊では火の神様(としかわからない)がついていると言われたこともあります.一時期,引っ越す先々で,住んで2,3年くらい経つと,近隣の古い建物が取り壊されては,マンション群やら建売住宅が次々と新築される,そして工事が終了してしばらくすると再び別の土地へ引っ越す,ということがありました.これには火の神様が関係していたらしく,土地の浄化が行われていたのではないか,とのこと(霊媒S氏は,土地の神様が集まってくる,と言われた).海水浴には魅力を感じず,森林浴の方が好きなのもついている自然霊の影響なのか.さらに,先祖がらみで観音様の護りがある,といわれたこともあります.観音様も自然霊(高級自然霊の補助霊,眷属)です.

7/04/2009

宗教を超える

 世界中には,さまざまな宗教があります.違う宗教を信じていれば,死後,たましいは違うところに行くのでしょうか.そうではありません.死後の世界はひとつです.仏教が説く死後の世界しかなければ,キリスト教徒やイスラム教徒が行くべきところはなくなってしまいます.そんなことはあるはずがないのです.
 
どの宗教を信じていようが,帰る世界はひとつです.
 宗教の開祖は,ある意味では霊能力者だったのでは?と私は思っています.それぞれが見た死後の世界,生命の成り立ち,生きる意味を,それぞれの表現方法で語ったものが,宗教の教えなのだと思います.
 あの世を「地球」にたとえれば,ある宗教はアメリカ大陸のあの世だといい,別の宗教では中国大陸をあの世だといっているのです.
 現世にいる間,何らかの宗教を信じ,それが生きる力になることもあるでしょう.けれど,霊的真理からいえば,特定の宗教に固執しないことがもっとも幸せだといえます.
 
宗教を信じてはいけない,ということではありません.けれど,常に他の考え方も受け入れられる柔軟性をもっていないと,ほかのものが見えなくなってしまうのです.
 アメリカがすべてだと思っていると,ほかの国の存在が目に入らないので,ほかの国へ行けなくなるでしょう.それと同じように,ひとつの宗教に固執していると,霊的な真理に対して目を塞いでしまうので,浄化の妨げになることが多いのです.
 (中略) ひとつの考えに固執しない柔軟な心をもっていれば,真実はやがて理解できるのですから.


江原啓之『天国への手紙』 pp. 92-3.


宗教は,それが根付くべき場所や時代背景に合わせて,そこに暮らす人々が受け入れやすい形で地上にもたらされています.宗教を比較すると相違点も多いかもしれませんが,核になる教えは同じはずです.すべて霊界から地上にもたらされたものだからです.

そもそもひとつの宗教の信者であるには,その教えを,ある程度「盲目的に」受け入れ,信じ,従う必要があります.なぜそうなのかよくは理解できない部分もあるが,そう言われているからとりあえずそう信じよう,信じなければならない,と.

しかし,真理とは,本来,万人に理解できるものであり,決してとらえどころのない難解なものではありません.国籍,民族,学歴や教養の如何に関わらず,自分の成長段階に応じた教えであれば,無理なくすっと受け入れられるようなものです.ただひたすら信じるしかない類いのものではありません.

かつて,アメリカにエドガー・ケイシーが現れ,数々のフィジカル・リーディング,ライフ・リーディングを通して,ユダヤ教-キリスト教に色づけされた教えがもたらされたことも必然だったでしょう.同時期に,日本にエドガー・ケイシーが現れても影響力はなかったでしょう.同様に,日本のような,特定の宗教を信じる人口が少ない国に,いまの時代(経済成長が極まり,物質主義的な人生観が浸透し,人々のモラルが失われ,人心が著しく乱れている時代),スピリチュアルな教えがさまざまな霊能者,伝道者,メディアを通じてもたらされていることも,ゆえあることなのです.

6/24/2009

欲望の紐

人間は死後に自分を待っている永遠の観点から生きなければならない.従って,物質的な享楽への執着から離れる必要がある.食事は活力を得るためであるし,贅沢は,社会的地位に見合った程度にとどめるえきなのだ.生まれつき備わっている嗜好や傾向性も,理性によって制御されなければならない.そうでなければ,浄化されるどころか,ますます物質的になってしまうからだ.欲望は紐のように人間を締めつけるものだ.欲望をつのらせて,その紐をさらにきつく締めてはいけない.

カルデック 『天国と地獄 II』 p. 103.


原油価格の高騰による食料品等の物価上昇や,金融危機などによる経済悪化のため,企業でも家庭でもムダをなくし,消費を抑えようとする動きが出てきたことは,本来の視点から見れば,むしろ良いことです. 日本は戦後,短期間で急速に経済発展を遂げ,生活が豊かになって,物質的・唯物的な生き方に傾き過ぎてしまいました.地球温暖化もそのひとつの帰結でしょう.今の,物質的に行き過ぎた生き方を改めなさい,という呼びかけが,地球のあらゆる場所に届いているように感じられます. できるところから,もう少しだけ簡素な生活へと改めていきましょう.
 

6/18/2009

46 宗教のリハビリ

我々の目的は言わば宗教のリハビリテーションです.宗教を無味乾燥で不毛の神学論争から救い出すことです.宗派間のいがみ合いから救い出し,教理上の論争を超越して,実証的事実の基盤の上に心の宗教を確立し,霊界からの啓示を今ますます増えつつある霊媒を通して地上に普及させ,あらゆる地域の人類に神が今なお働いていること,その恩寵は決して過去の時代に限られたものではなく,今日でも,どこにいようと、誰であろうと,同じ恩寵によくすることができることを知らしめる-そういう計画があるのです.

シルバーバーチ


教義も進化する,という話を小耳に挟んだことがあります.よく考えればこれは大きな矛盾を孕んでいます.教義とは人間が拵えたもの.だからこそ,発展するのではないでしょうか.


一体,「神の真理」がさらに発達したり,変化を遂げることがあるでしょうか.真理は永遠不変のものであり,古いも新しいもありません.

そもそも宗教とは形式ではありません.賛美歌を歌い,説教を聴き,聖典を読み,祈りをささげれば救われる,ということは決してありません.地上で多くの経験を積み重ね,艱難辛苦の末,学び取ったものこそが自らを救います.

>>  以前の記事 「5 悟りへの近道」,「29 奉仕こそ霊の通貨」,「39 贖罪はない」 も参照ください.

6/15/2009

Failure 失敗とは

"Failure is not falling down.  It's failing to get up when you've fallen down."

失敗とは,倒れることではない.倒れたときに起き上がれないことだ.

Doris Stokes.  More Voices in My Ear. p. 189.



かつて大活躍したイギリスのミディアム,ドリス・ストークス氏の自伝からの一節です.彼女の指導霊Ramanov から彼女に届けられたメッセージとして書かれていました.

上手く行かないことには必ず理由があり,学ぶべき教訓があります.それらを学び終えれば成功,というわけです.前向きな気持ちさえ失わなければ,誰でも必ず成功できます.



Inside will show on the outside

"When you come over here what is inside you will show on the outside.  It's what you do and what you are that counts."

あなたがこちら側へ来たとき,あなたの中にあるものが外に現れるのです.大切なことはあなたが何を為し,あなたがどのような人であるか,です.

Doris Stokes.  Voices.  p. 186.



よく言われることですが,死ぬときには「モノ」は持っていかれません.「モノ」には,肩書きや社会的名声などこの世でしか通用しない全てのものが含まれます.

人に対してどれだけ親切であったか,どれだけ優しかったか,どれだけ与えたか,どれだけ自分の良心に忠実であったか-こうした内面の資質で獲得したもの,経験した感動や学んだ知識だけを持ち帰ることができます.

「死を意識して生きよ」などといいます.いずれ必ず死ぬのだから,死んでから後悔しないように,いまを精一杯生きなければならないのだ,と漠然と悲壮感を抱いて,深刻になる,ということではなく,この世を去るときにモノは持っていけないことを深く理解した上で,「持ち帰ることができるものを増やす」方向で生きることではないでしょうか.

日々,少しでも「よい人」になることを心がけたいものです.

>> 以前の記事「自分の価値」,「欲望の紐」も参照ください.

6/08/2009

光の子として

あなたがたは,以前には暗闇でしたが,今は主に結ばれて,光となっています.光の子として歩みなさい.― 光からあらゆる善意と正義と真実とが生じるのです.―

(エフェソ 5・8-9)

人間はすべて「光の子」です.ここで特に「光の子」と呼んでいるのは,霊的真理に出会い,霊的に覚醒した者のことだと思います.

知ってしまったからには,知らなかった昔のように生きるのではなく,知った者として生きなければなりません.

スピリチュアルな教えの中に,あらゆる善きこと,正しきこと,真実が隠されています.



過去生体験 3

その教会では,牧師さんの説教の後などに,合計3度お祈りをする機会がありました。が,不思議なことに,目を閉じて祈るたびに涙が溢れてきます。そして,きまって「キリスト教を棄てた私を,こうして皆さんで暖かく迎えてくださって,こんなに嬉しいことはない」という想いがこみ上げてくるのです。今...