3/24/2012

ベニシアさんの講演会

ハーブ研究家として一躍有名になったヴェニシア・スタンリー・スミス(Venetia Stanley-Smith)さん.彼女は,インド総督を務めた曽祖父を持つ英国貴族の出身だが,貴族社会に疑問を感じ,19歳でインドへ渡り,瞑想を学ばれた.その後,21歳のとき来日.2月末,NHKの朝の番組を見て,彼女の生き方に共感し,気づきや癒しを得た私は,東京で講演会が開催されることを知り,早速申し込んで出掛けてきた.番組では,日本の女性を助ける役割があると(誰かから)言われた,と話されていた(この部分から番組を見始めた為,誰かは不明なのです).最初,ベニシアさんは,英会話講師のことかと思われたようだが,実はそうではなかった.ハーブを取り入れた生活を自ら実践して示すことで自然の力や自然と共に暮らす大切さを伝え,さらには講演会を通じて,日本の女性たちに人生哲学を伝えることか,と思いながら観ていた.ハーブは自然の恵み.西洋医学の貢献も偉大だが,人間には自然治癒力が備わっており,ハーブなどの植物(漢方然り)はその力を引き出したり,助ける働きがある.庭仕事を始める前には瞑想をされることや,庭ではハーブと対話して,花を切るときは必ず「切ってもいいですか?」と尋ねる,といった話を聞いて魅かれるものがあった.

講演会の来場者は,とある韓流スターのファンとほぼ同年代の女性たちばかり.若い人の姿もちらほら見られたが,大半が中(高)年の女性だった.ベニシアさんのレギュラー番組を見ている方や本を読まれている方が多かったようだ.(私は本はまだ読んだことがない.)

今回は3年ぶりの東京講演会だったらしい.開場30分前に会場に着いたが,座席はすべて自由席ということで,すでに100人以上の人の列があった.彼女の人気の程をうかがわせる.幸運にも前から4列目で,ベニシアさんの姿がかなりはっきり見える座席を取ることができた.が,実は,会場に入る前,エレベーターでベニシアさんとご一緒していた.満員のエレベーターで,すぐ右斜め後ろに関係者の男性と並んで立っておられた.駅の改札を出てから道に迷い,予定より時間を費やしたために却ってタイミングが合って,あれほどの至近距離に居合わせられたのだと,帰宅後に思い返して驚いた.道に迷ったことも恵みだったようだ.私と目線が殆ど変わらないくらいで,英国人女性としてはごく平均的な身長の方だった.テレビは大きく映ることをあらためて実感.

ベニシアさんは,明るく,楽しくユーモアのある方で,たまに観たテレビ番組で受けた印象とは少し違っていた.いろいろなお話をされていたが,話の内容自体は,スピリチュアリズムや精神世界に馴染み深い人々にとっては特別目新しいものではなかったと思う.前半は来日までの経緯に終始した.人生は旅のようだと思う,その旅路で出会う人々との出会いから何を学んだか,といったことを中心に話は進んだ.後半では,なぜハーブを生活に取り入れるようになったか(大原には下水がないことなど)と,ハーブの効用について簡単なお話があった.スライドの映像があり,最初のところでは,イギリスの貴族の館や非常に広大な緑の庭の写真などもあって少し懐かしく感じた.が,一番印象深かったのは,講演会の締めくくりに話されたことば,「いまを生きる」(Live this moment).余命1週間と宣告されたときにしたいこと―自然と触れること,家族に優しくして,時間を共に過ごすなど―は,そのときまで待たなくても,いまだってできるはず,というお話だ.これは,ニュー・エイジでも言われており,スピリチュアリズムでも,たとえばシルバーバーチが伝えてきているメッセージと同じものだ.過去を振り返って思い煩ったり,まだ来ぬ未来を心配して不安になるのではなく,いまにフォーカスをあわせて生きる,という教えだ.さらに付け加えるならば,人生では全てがプロセス.目的地よりもそこに至るプロセスが大切,ということになろうか.ベニシアさんは,スピリチュアルな分野の方では全くないはずだが,東洋の宗教について様々な本を読まれていたり,またインド人の師から瞑想を教わって以来,40年間瞑想を続けておられることもあってか,彼女の言葉にはスピリチュアルな教えと合致するものが非常に多い.視えたり聞こえたり,というのではないかもしれないが,インスピレーションが強い方のようである.

ハーブのお話の後で,Q&Aセッションがあり,それまで舞台の右端でお話をされていたベニシアさんは,舞台の真ん中に移動してお答えになった.しばらくしてから,ほんの一瞬だが,彼女の向かって右上(つまり,本人の左上)に,ガイドらしき人物の姿がみえた(気がした).修道士のような,聖人のような,ベールを被った男性の横顔が,彼女を少し上から見下ろしている様子だった.オーラにはいろいろなものが映し出されるため,一概には言えないのだが,あれは彼女のガイドのお一人ではなかったか,と思うがどうか.
* * *

講演会の2日前には,The Iron Lady (邦題 『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』)を観た.三度目のオスカーを手にしたメリル・ストリープの演技は確かに素晴らしかったが,映画そのものは期待したほどではなかった.映画にしても,講演会にしても,なにか自分へのメッセージを含んでいるはず.映画についてはひとつ思い当たることがある.ベニシアさんのお話は総じて楽しく,笑える場面も多くて少し元気になった.講演会に出かけた意味が,「いまを生きる」以外にも何かあるとすれば,それは何だかまだわからない.

1/28/2012

夢からのメッセージ

"Goonies 'R' Good Enough" は,スピルバーグ監督の映画 『グーニーズ』(1985) のテーマ曲としてリリースされたシンディ・ローパーさんの曲だ.昨年の5月半ばにみた夢の最後の部分で,サビの部分('What's good enough for you is good enough for me. It's good enough, it's good enough for me')の歌詞とメロディーが,目覚めてからもしばらく頭のなかで鳴り響いていた.当時は,これが何を言わんとしているのかさっぱりわからなかったが,最近になってようやくその意味が判明した.ちなみに,スピルバーグ監督の映画は好きで,公開当時劇場で見たが,シンディー・ローパーさんのファンというわけではない.夢をみた週の初めに,あるラジオ番組で,ローパーさんは震災直後にも日本でのコンサートをキャンセルされなかったことや,とてもスピリチュアルな方であるという話を聞いていた.夢から覚めて真っ先に思い浮かんだのは,このラジオ番組の話だったが,なぜ「グーニーズ」なのか非常に不可解だった.

ところで,"enough"という単語は中学校で教わるが,その意味が日本人の学生には正しく理解されにくい表現のひとつである.英和辞典には,よく「十分な」という訳がついているが,正しくは「何かをするに足りる程度の」という意味で用いられることが多く,本来の目的には必ずしも「充分」ではない,という含みがある.例えば,I have enough money to buy a woolen sweater. と言えば,ウールのセーターを1枚買えるお金はあるが,例えば,高級なカシミアセーターを買えるほどの余裕はない,という意味合いになる.私がまずひっかかったのは,"good enough" であって,"very good"ではない点だった.さらに,「何が」 good なのかも不明だった.

メッセージがリーディングに関することだ,とひらめいたのは,つい最近のこと.私はミディアムになるべく,都内某所で昨年7月まで訓練を受けていた.英国には「ミディアム・ヒーラー養成機関」とでも呼ぶべき学校が数箇所あるのだが,私が通っていたのはそれと似たようなところだった.英国で訓練を受けたプロのミディアム/ヒーラーが中心となって指導・運営にあたっていた.しかし,夏のある出来事がきっかけで,私はそのスクールをみずから辞めることにした.夢で聞いた歌詞の 'good enough' は,これと関係があるらしいとわかった.'good enough' が意味するところは,'good enough to be independent' ではないか.スクールを離れて一人で続けていかれるだけの段階に達したのだ,と.

実は,スクールに通ううちに,様々な理由から辞めたいと思うようになっていた.講師や他の受講者と関わる中で(といっても,個人的な付き合いは全くなかったが)やり場のない怒りや悲しみを感じることが少しずつ増えていった.ただでさえ,苦しい時期が長く続き,自分の希望通りに物事が進むということは殆ど全く言っていいほどない状態にあり,更に新たな苦労が付け加わったという印象しかなかった.同時に,認定試験にパスするまでは辞められない,という思いもあった.辞めたいが辞められない,という葛藤を抱えながら通い続けた3年半の間には,相談業を生業とする人々(俗に「占い師」と呼ばれる)に相談することも多かった.資格取得を薦める意見もあったが,ひとりだけ,「資格を取らなくてもできるよ.あなたはそこには最後までいかない」と言う方がいた.この札幌の女性占い師は,霊視は殆ど利かないし,オーラも見えない人だったが,いわゆる「よく当たる占い師」で,彼女から言われたことで実現したことは少なくない.当時は疑う気持ちの方が強かったが,いま振り返ると,彼女の言った通りであったことがわかる.ほかの占い師・霊能者からは,リーディングの実践を積むように,とのアドバイスがあった.その時は力も自信もなく,実践の段階にはないと思っていたが,今まさに彼女らが指摘した通りの状況になっていることを考えれば,昨年の夏にスクールを辞めることも計画どおりだったのだと納得できる.

昨年9月,辞めるか否か決めかねて,霊媒のS氏に相談してみた.すると,このスクールに通い続けても上には上がれないこと,そこの男性講師(兼経営責任者)からは私が必要とする指導を受けられないこと,ひとりで続けることが必要,といった情報が伝えられた.決断を最も強く促したのは,この男性講師が,私との縁を切りたいが立場上自分からそう切り出すことができず,対応を決めかねている,という情報だった.実際,秋のクラスも継続するつもりで申し込んでいたが,夏に起こったある問題が原因で許可を待つように言われていた.この情報を得て,自ら去る決心がついた.ガイドからは「耐えなさい」というアドバイスもあり,やめるのがベストな選択だと思った.

これ以前に,2名のミディアム(うち1名は元講師・ミディアムだった)から,当該スクールに関する不評を聞いたことがあった.そこに通い続けていても力はつかない,というのだ.S氏や札幌の占い師なども「基礎を学ぶ場所」と言われていた.別々に与えられた一見ばらばらの情報が,パズルのピースのようにつながって現実と符合する.

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話は少し逸れるが,私がリーディングを始めたのは2011年4月.インスピレーションに従って決めた.スクールの瞑想中にも,ガイドからリーディングの練習をするようにと言われていて,そのように講師に伝えていた.が,春のクラスが終わる7月半ばまで,講師から認められることはなかった.同スクールでは,講師は案内役にすぎないとし,各自が,各自のスピリット・ガイドとつながり,ガイドの指導に従って行動できるようになることを目標として掲げているにも関わらず.3,4年前,スクールに在籍していたある女性ミディアム(『奇蹟を呼ぶ十人』でも紹介されている方)に受けたリーディングでは,私が自分を表現しないことによって「損をしている」ので,「もっと自分を表現しなさい」という趣旨のメッセージを得ていた.その時は何のことかよくわからなかった.「損」をしている,などというのは怪しい,と思った.なぜなら,物質世界に生きない彼らは,「損得」といった人間臭いことを言うはずがないから.クラスのことを言っていたらしい,とわかったのは,またしてもしばらく経ってからである.何かを感じても自信なさそうな様子でいたり,きちんと発言しなかったために,講師から正当な評価を受けられないでいたようだ.それによって,下手をすれば霊界の計画も狂いかねなかったため,つまり,私がいつごろ,どのような形で霊能を開花させるか,といったことは予めほぼ決まっていて,その通りに進まないと霊界サイドの全体的な計画も狂いかねないために,そうした表現で伝えてきたのかもしれない.

ひとりの人間の人生から,さらに大きな地球規模の出来事に至るまで,多くの事象は計画に従って起こったり,起こらないでいる.ものごとには時機があり,出来事はベスト・タイミングで起こる.中でも,全体に大きく影響を及ぼす出来事は必ずや遂行されることになっており,そうでないものに関しては本人次第というところがあるようだ.全体に関わる出来事を無事遂行させるために,その障害や妨害の芽は必ず摘み取られる.彼らは,要所要所でわれわれに危険信号を送り,警報を発令して知らせようとするが,それは私たちには,往々にして,ショックな出来事とか,想定外の事態といった形で経験される.将来,ミディアムとして,また,スピリチュアリズムに立脚した何らかの社会的活動をするらしい.国境・人種の垣根を越えて人々の役に立つことを,今回の人生では決めてきたようである.

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スピリット・ガイドは,私たちに理解できるように,最もふさわしい形や手段を選んでメッセージを送ってくる.それは夢であったり,誰かの口から出た言葉や,ふと目にした文字や絵であったり,非常に多岐にわたる.たとえすぐにはわからなくても,必ずベスト・タイミングで意味は解明できる.昨年5月の時点では,シンディー・ローパーさんのその曲が最も簡潔でインパクトがあり,且つ,それを夢で伝えるのがよい,と彼らは判断したのだろう.その本当の意味が半年以上あとに理解されることまでも見通したうえで.

スピリット・ガイドの導き・采配には驚きと感謝しかない。




1/27/2012

夢が教えてくれること


夢のメッセージは,ストーリーや映像だけでなく音楽など「音」によって伝えられることも少なくない.夢から目覚めてしばらくの間,ある特定の曲や音楽が耳に残って離れないということがあった.


「仰げば尊し」

卒業式で歌われる定番の曲.最後の,「いまこそわかれめ いざさらば」の部分が,目覚めた後も,繰り返し聞こえていたことがあった.その時は,何かからの卒業を暗示しているのだろうと思ったが,いまふり返っても,かなりストレートなメッセージを伝えている.

様々な事情によって,留学中に書き始めた博士論文を完成させるのにトータルで12年という,異例に長い年月を要することになった.学位は何を差し置いても取得したかったが,「書けなかったらどうしよう」という不安に幾度となく駆られた.その不安感と,掛け持ちでしていた複数の仕事に時間がとられてしまう日常,物理的・精神的な孤独とそれに伴うさまざまな痛み・苦しみ・葛藤,さらにはいつになっても改善の目処が立たない経済的困難と格闘した末,ようやく論文を仕上げ,提出の準備をしていた頃に見た夢だった.そう考えると,「(論文は合格して,大学院を無事)卒業できますよ」というお知らせだとわかる.「よくやりましたね」というねぎらいでもあっただろう.正式の卒業はその翌年の夏になったが(基本的に,欧米は7月が卒業月),審査を受ける前に結果を知らされていたことになるので,カテゴリー分けするとすれば予知夢の一種だろう.

1/24/2012

夢によるみちびき

学生時代から夢分析に関心があった.ユング心理学をほんの少しだけかじったことがあり,夢に人生のいろいろなヒントや答えがあることを知っていた.そもそも夢に興味を持ち出したのは,母が予知夢などの不思議な夢をよく見る人だったことが大きい.

夢分析の本などを読むと,夢を覚えておくために枕元にペンとメモを置いておき,目が覚めたらすぐメモをとるようにアドバイスしているものがあるが,夢を覚えている・覚えていないということ自体にすでに意味があるので,覚えていない,もしくは思い出せない夢については気にする必要はないと思う.鮮明に覚えている夢で,その意味がすぐにわからないものに関してはストーリーを書きとめておいて,あとでゆっくり解釈を考えてみる,ということは非常に有意義だろう.

私は,母ほど直接的な(分析や解釈の必要が全くない)予知夢を見ることは稀だが,それでも折々に,不思議なストーリーの夢や,夢で聞いた言葉や音楽に励まされたり,教えられたり,みちびかれている.その一部を紹介したい.


ぼやを出す夢

数年前に見た夢.家が火事になったので,私はすぐに119番に電話して消防車を手配したが,近くに居合わせた3〜4人の人々が助けてくれて,消防車が来る前に火を消し止めることができた,というストーリーだった.これはそれまで私が見たものの中では,珍しくはっきりとした予知夢であり,警告夢だったことが,目覚めてから数時間後にわかった.

その日は,自宅から最も近い勤務先に出かける日だった.スクールバスに乗りかえて5分くらい経った時,出かける前に,ヘアーアイロンの電源を入れたままにして(おそらく使うことすらも忘れて)出かけたことをふと思い出した.同時に,その朝見た夢のことも思い出した.冷蔵庫やアイロンのように,電源が自動的に入ったり切れたりする機能がないので,長時間放置しておけば,ほぼ間違いなく火事になる.バスが学校に着くとすぐに,そのまま駅へ向かうバスに乗って引き返した.自宅に着くまでの約50分間,全く生きた心地がせず,家のドアを開けて何事もないことを確認したときは,そのまま床に座り込んでしまったほど.スチーム式のヘアアイロンで,スチーム用の水が,小さな容器にめいっぱい入っていたことが幸いしたのではないかと思う.気づくのがあと1時間遅ければ,或いは最悪の事態になっていたかもしれない.夢では消防車が来なかったので,火事になることはないだろうとは思ったものの,家に着くまでは気が気でなかった.その後,かなり長い間,外出先から戻ると自宅が火事になっているのではないか,という恐怖感に度々襲われ,ちょっとしたトラウマになった.夢の中で助けてくれた数名の人々は,おそらく私のガイドと思われる.その後しばらくして,ヘアアイロンは一部が破損し,非常に使いにくくなってしまい,最終的には処分することとなった.

1/13/2012

同性を愛する学び

 同性しか愛することができないセクシャリティを持ったことも宿命です.私たちは,生まれてくるときに自分の学びにとってもっともふさわしい性別を選んできます.男性として生まれ,男性を愛することも,女性として生まれ,女性を愛することも,その人の学びのカリキュラムとして,自分で選んできています.(中略)
 同性愛というカリキュラムを選んできた人の前世を視ると,いくつかの傾向があります.まずひとつはお稚児さんだったり,大奥で女の園のなかで生きていたりするなど,どちらかの性別に偏った環境で生きていた前世の場合.そして,もうひとつには,男尊女卑の根強い地域に生きていた経験がある場合.前者は,過去の経験がたましいに刻まれていて,今生でも同じように同性を愛するというカリキュラムを選び,「性別にとらわれない愛」を知ることを望んで生まれてきています.そして,後者の場合,前世で男女という「性別」によって人を差別した経験のあるたましいが,反対に「性別」を通して学んでいることがあります.
 また,もうひとつの傾向としては,これまでにたましいが何度も現世に再生するなかで,両方の性を何度も経験していて,男女のどちらを愛することにもこだわりがなくなっている場合があります.このケースでは,肉体的な欲は少なく,どちらかというとプラトニックな関係になることが多くみられました.
 どの前世の傾向であったとしても,たましいはとても真摯に「愛を学ぼう」としています.偏見差別は少なくなりつつあるとはいえ,この国ではまだ同性結婚は難しいなど,いろいろな縛りもあります.そのような意味で,「形にとらわれずに絆を結ぶこと」に挑みたくて,このカリキュラムを選んだとも言えます.試練があるぶん,得るものも多いのです.


江原啓之(2009) 『トラウマ あなたが生まれてきた理由』 pp. 282-283.

(太字は作成者によるものです)



同書は,同性愛者であることを家族に打ち明けるべきか否かといった問題にも触れています.伝えるにせよ伝えないにせよ,何事も動機が大切.家族にショックを与えないために敢えて黙っておくのと,自分がラクになるために伝えようとするのかでは,その動機に大きな差があると述べられています.

パートナーが見つからない,人間関係がうまくいかないなど,人生のあらゆる不幸や不満の理由を,「セクシュアル・マイノリティであること」に探してはいないでしょうか。過去生は確かに理由の一つでしょう。しかし,理由の一部にすぎません。あくまでも,性別に関する問題を「利用して」,その人生で学ぶべき課題を学び,クリアすべき問題に取り組んでいます。セクシュアル・マイノリティであろうとなかろうと,過去生を知ったからといって,それだけで悩みや問題がすべて解決されることなどありえません。そもそも,過去生の情報とは,特定の過去生に起因する課題を解決した後や,もう少しでクリアできるタイミングで知らされるものです。前向きに努力している場合に限り,問題を解くひとつのヒントとして与えられる類いのものです。(退行催眠で過去の記憶を思い出し,感情を解放することで,身体の症状や恐怖症等が改善されることはあります。)

ある番組で,日本はセクシュアル・マイノリティに優しい国ではないから自分らしく生きられない,といって,意識の進んだオランダに渡り,オランダ人パートナーと出会って結婚したケースが紹介されていました。ところ変われば価値観も変わる,という柔軟な発想と,それを実行に移した行動力には並々ならぬものがあります。日本より進歩しているとはいえ,しかし,そこに暮らす人々全員が同性愛者に対して理解があるわけではありません。宗教上の理由で,差別的に見る人もまだ少なくないそうです。この男性は,いまの個人的な幸せに安住するだけでなく,そうした人たちに,少しでも自分たちのことを理解して貰いたい,と話していました。

これは数少ない大きな成功例かもしれませんが,ここに至るまでに,彼は,両親や先生をはじめとする周囲の人々から理解されず,長年に亘り苦悩を抱え,精神科に通院されていました。自分の問題として正面から受け止め,前向きに取り組んだからこそ,大きなステップを踏み出すことができました。

根本は何事も同じだと思います。自分の問題として受け止める勇気を持ち,自分の人生,自分の足で歩みたいものです。







1/04/2012

88 願いは通じている

時おり皆さんは自分の魂にとって為にならないもの,進化を遅らせることになるものを要求されます.それは叶えてあげるわけにはいきません.また時おりそれを手にするだけの十分な努力をしていないものを要求されます.それも与えられません.そして時にはそれを手にする用意のできたものを要求されます.それは,ここという好機をみて与えられます.このように皆さんが心に抱く祈りは,口に出さずとも神は先刻ご承知なのです.

『シルバーバーチの霊訓  第12巻』  p. 123.



87 悩みの種が尽きないのは

悩みの種が尽きることはありません.だからこそ地上に来ているのです.すなわち問題を一つ一つ片づけていく中で,新たな力,より大きな発展を獲得していくのです.次から次へと生じる問題を挑戦課題として受け止め,一つ一つ処理していくことです.

『シルバーバーチの霊訓  第12巻』 p. 182.



読みたい本(7)

  千賀一生。『ガイアの法則』ヒカルランド。 いまの時代に読むべき必読書です。 正・続2冊ありますが、1冊目の裏表紙に印刷されている言葉を以下に紹介します: 宇宙に,聖なる16ビートが存在することを告げるガイアの法則— 新型コロナとの驚くべき精緻なる関係性も明らかに! 地球の歳差...