9/14/2008

対岸の火事

   悲しい事ですが,毎日といっていいほど残虐な事件が起こっています.「バラバラ殺人だなんて,おぞましい」と身震いをして終わらせていませんか?「自分の子どもに手をかけるなんて,信じられない!」と叫んだきりにしていませんか?世の中で起きる事件は,すべて現代を象徴するものばかり.誰の身に,いつ降りかかってきても,何の不思議もないのです.
    加害者も被害者も,そして私たちも,地球上に生きている人みんなが,広義のソウルメイトであることを忘れてはいけません.すべてのたましいは,究極的にはひとつのまとまりなのです.誰もが自分の分身.そう思えば,無関心ではいられないはずです.
  関心を示さない心は,愛のない心自分には関係のないことだと思うのは,自分さえよければいいという「小我」な心の表れなのです.


江原啓之 『ことたま』 p. 262.


メディアを通じて報道される昨今のニュースには目を覆い,耳を塞ぎたくなるほど残酷,残虐なものが多く,そうした否定的なエネルギーに触れ続けることは,実はあまり好ましいことではありません.

でも,抜粋にもあるように,自分や自分の家族,ごく親しい友人にのみ関心を向けて,それ以外の「他人」のことはどうでもいい,という姿勢-最近の日本人に顕著なように感じます-は,決して誉められたものではありません.個人は全体の分かち難い一部だからです.

8/30/2008

陰徳を積む

 ところが,現代の日本は「ひけらかし文化」.みずからの功績をこれみよがしに主張したがる傾向にあります.しかも,「自分がこれだけやっているのだから見返りが欲しい」という物質主義的価値観に基づいた発想をする人が多く見られます.
 このままでは,「小我」だらけの日本になってしまいます.「自分さえよければいい」という考えで動けば,いつかは誰かのエゴに潰されます.心がどんどん疲弊していき,弱いものいじめで憂さを晴らそうと考えるようになる.ネットの掲示板などで人の誹謗中傷を垂れ流すのも,その表れであるといえるでしょう.
 「ひけらかし文化」は心を崩壊させます.このことわざ
[一将功成りて万骨枯る: 一人の将軍の手柄の陰には,無数の兵士たちの犠牲があり,指導者の功績の陰には,多くの者の努力がある.彼らのことを忘れてはならないという戒め.また批判でもある] から感じ取ってほしいのは,「一部の人だけが得をするのはいかがなものか?」という批判精神だけではなく,むしろ,「自分に何の得もなくても他者のために生きてみてはどうでしょう?」という提案です.


江原啓之 『ことたま』 徳間書店,pp. 226-227.



評価を外に求めるのは人間としてごく当然のことに思えますが,ひとは他者をなかなか認めたがらないものです.さらに,地上での評価というものは,時代や場所,また評価する人によって異なるなど,多分に相対的です.

ひとが認めてくれなくても,神は全てお見通しです.ならば,最も確かで揺るがない,神の「絶対評価」に沿うように生きればよいのかもしれません.そのうち,思いがけないタイミングで,地上でも評価されるでしょう.

本当に人のためになることは,誰の目に映らなくとも,必ず自分のためにもなっています.



8/23/2008

22 人間世界の不幸

人間世界の不幸の原因は物質万能主義,つまりは欲望と利己主義が支配していることにあります.我欲を愛他主義と置き換えないといけません.利己主義を自己犠牲を置きかえないといけません.恵まれた人が恵まれない人に手を差しのべるような社会にしないといけません.それが究極的に今より大きな平和,協調性,思いやりの心を招来する道です.

 『シルバーバーチの霊訓』 第8巻 p. 162.



「自己犠牲」ということが以前は尊ばれていた日本ですが,いまや「自分を犠牲にしてまで,人のために何かするなんて馬鹿げている」といった風潮が優勢ではないでしょうか. 「一番大事なのは自分だ」と,多くの人々が当然のことのように考えていますが,本当は違います.


まずは自分の足場を固めることが必要です.それができたら,自分のことは少し脇へおいて,自分よりも恵まれない人,困っている人々の手助けをすべきであり,そうできるはずなのです.

「自己向上のために」自己犠牲が目的になってしまっては本末転倒ですが,純粋に他の人の利益を優先した結果であれば,それこそが本来のあるべき姿といえます.


I perceive my difficulties as opportunities

I perceive my difficulties as opportunities for spiritual growth.

You can learn more when there are many obstacles than where there are few or none.

B L Weiss (2003)

私は困難を霊的成長の機会と捕らえます.
(障害は,殆どもしくは全くない時よりも,多い時の方が多くを学ぶことができます.)


苦労や困難,と聞くとネガティブに受け取りがちなのが人情です. 

しかし,苦労こそたましいの肥し.くさらず,みじめに思わず,前向きに捕らえられるべきです.試練に直面して,困難な時期を送る友人・知人に対しても,否定的な目を向けたりせず,できる援助があれば援助を。何もなければ,そこから多くを学ぶことができるよう,心から応援しましょう.

身に降りかかる困難は,かならず乗り越えることができます. 

8/14/2008

聖フランチェスコの祈り

わたしをあなたの道具としてお使いください.
憎しみのあるところに愛を
いさかいのあるところにゆるしを
分裂のあるところに調和を 
疑いのあるところに信仰を
あやまちのあるところに真理を 
絶望のあるところに希望を
闇に光を 悲しみのあるところに喜びを
もたらすものとしてください.

慰められることよりは慰めることを
理解されるよりは理解することを
愛されるよりは愛することを
私が求めますように.
私たちは与えるから受け,
ゆるすからゆるされ
自分を捨てて死に
永遠のいいのちをいただくのですから.

アッシジの聖フランチェスコ



有名な祈りの詩ですが,これは最後の一部分のみの抜粋です.



自分を成長させるもの

   慎重に選ぶか無計画に選ぶかの差はあっても,この世の環境を選ぶのは私たち自身である.超意識はこう伝える.どの人の置かれた状況も―たとえその人がエイズの犠牲者であろうと,堕胎児であろうと,映画スターや,足のない新聞売りや、アメリカの大統領であろうと―それはみな、教室の授業のひとこまにすぎない.授業で学べば学ぶほど私たちの成長も早くなる.中間世で計画をたてるときには,かならず愛と奉仕の機会を探すことになるが,結局この愛と奉仕こそが,自己の成長の根本にかかわると考えるべきである。ときどき孤独を体験することが心を落ち着かせ,元気を回復させてはくれるが,カルマの展開には,人間が相互に影響しあうことが必要である.

ホイットン他 『輪廻転生』 p. 251.



純粋に人のためだけを思って為した行ないは,必ず自分のためになります. 言い換えれば,全体のためになることは,必ず個人のためになります.なぜなら個人は全体の一部だからです.私たちの多くが思っているほど,「自分」と「他者」,もしくは「個人」と「全体」とは切り離された別個の存在ではありません.少なくとも本質の部分においては.

「自分のために」を重んじるのも結構ですが,「全体に奉仕できる自分」になるための前提条件として捕らえなくては本末転倒で,ただの自己愛,つまり我欲レベルに留まってしまいます.



「全体のためになる」自分を目指すことこそ,本来あるべき生き方でしょう.




病者の祈り A Creed for Those Who Have Suffered

大事をなそうとして
力を与えてほしいと神に求めたのに
慎み深く従順であるようにと弱さを授かった

より偉大なことができるようにと
健康を求めたのに
よりよきことが出来るようにと
病弱を与えられた

幸せになろうとして
富を求めたのに
賢明であるようにと
貧困を授かった

世の人々の賞賛を得ようとして
権力を求めたのに
神の前にひざまずくようにと
弱さを授かった

人生を享楽しようと
あらゆる物を求めたのに
あらゆることを喜べるようにと
生命を授かった

求めたものは一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられ
神の意にそわぬ者であるにもかかわらず
心の中に言い表せない祈りはすべてかなえられた

私はあらゆる人の中でもっとも豊かに祝福されたのだ


(ニューヨーク物理療法リハビリテーション研究所の壁に書かれた一患者の詩)



アメリカで南北戦争当時に,難病を患っていたある患者によって書かれたとのことです.

英語の原詩はこちら



読みたい本(7)

  千賀一生。『ガイアの法則』ヒカルランド。 いまの時代に読むべき必読書です。 正・続2冊ありますが、1冊目の裏表紙に印刷されている言葉を以下に紹介します: 宇宙に,聖なる16ビートが存在することを告げるガイアの法則— 新型コロナとの驚くべき精緻なる関係性も明らかに! 地球の歳差...