3/29/2011

Let It Shine ~輝く空へ~

いLet It Shine~輝く空へ~

作詞: B&C factory 作曲: 松本俊明 編曲: 中村タイチ 唄 パク・ヨンハ

輝く空の向こうは どこまで広がるのかな
いまは まだここからは 遠くまで見えないけど
踏み出せば動き出すよ 恐がらなくてもいいよ
今だから 出来ること 小さくても 明日は変わってく


時は巡り巡って僕はここまで来た
繰り返す出会いとさよなら
眠れない夜重ね探してきたものは
少しだけの安らぎと温もり


迷ってた 震えてた
流れるときの中で
溢れ出た涙だけ知っていたんだ
"僕はここにいる"


輝きだした空から 少し勇気をもらったよ
今はまだ ひとりでは 寂しいときもあるけど
踏み出す事に怯えた昨日を乗り越えたから
少しだけ 少しだけ 近づけたかな まだ見ぬ明日へ


まだ知らない世界が待っている
悲しみ乗り越えてゆくよ


輝く空の向こうは どこまで広がるのかな
いまは まだここからは 遠くまで見えないけど
踏み出せば動き出すよ 怖がらなくてもいいよ
今だから出来ること 小さくても 明日は変わってく
新しい明日へ
新しい場所へ




昨年末にリリースされた曲です.ファンの方からのリクエストもあり,また,ひとはこの世を去ったあとどこへ向かうのかについて知る上でも意義があるので取り上げてみたいと思います.

既にレコーディング済みだったこの未発表曲が昨年末というタイミングでリリースされたことも偶然ではなく,意味のある事でしょう. 

パク・ヨンハさんが帰幽されて早いもので8ヶ月が経ちました.パクさんを大きな心の支えにされていたファンの方々(ならびにご遺族・ご友人)にとって,これまでの半年余りは試練の時間だったかもしれません.いまなお現実を受け止めきれずに悲しみをひきずっている方もいらっしゃるかもしれません.もっと活躍する姿を見たかった,という思いもあるでしょう.あの世への帰り方がどうしても納得いかない,という方もいらっしゃるかもしれません.しかし,基本的に,そういう思いは,ヨンハさんが地上にいないという事実から生じているもので,あくまでもこちら側の都合によるものといえるでしょう.ヨンハさん(の成長)にとって何がベストか,ということは本人(のたましい)にしかわかりません.人はだれでも,遅かれ早かれ,地上を離れることになっていて,そのタイミングや帰り方も大抵決まっています.(ヨンハさんは,自然死ではありませんでしたが,自ら寿命を縮めたというよりも,寿命だったのではないかと考えられます.)若くしてこの世を去ることは,決して不幸ではないし,天罰でもないことを理解するためには,次の真実を知ることが必要になります.

私たちが,いま地上で,肉体を持ち,人間でいるということ-これは,実は「異例のこと」だ,ということです.即ち,肉体を持たない,光,たましいの状態こそが,私たち本来の姿なのです.地上は学校とか,修行場とも呼ばれます.生きている間に考えたり,感じたりしているのは,「脳」ではありません.それは,脳や他の臓器を働かせているのと同じエネルギー,つまり,たましいです.たましいが肉体とつながっているので,身体が機能するのであって,「心臓が動いているから」生きているのではないのです.私たちの肉体(という1つの物質エネルギー)は非常に重く,とても不自由なものです.もちろん,「受け難き人身を得て」という表現が示すように,地上に人間として降りるということだけで,非常に願ってもない好機なのですが,肉体をまとって"人間をする"ということは,本来の状態とは異なり,重苦しく大変厄介な状況でもあります(こちらの記事をご覧ください).それは次のような喩えで表されます:

「・・・ちょうど海中に潜っているダイバーが海上から送られる空気で生命を維持するように,私たちを支えています.自由で広大な海上からの光が届かぬ海底は薄暗く,水という鈍重な要素のために動きが重々しくなります・・・.」 

(G.V. オーエン著,近藤千雄訳 『霊界通信 ベールの彼方の生活(三) 「天界の政庁」篇 p. 33.)

薄暗い海底で,重たい潜水服を着て,船上からかすかに受信できる情報を頼りに宝探しをするのが,この世で生きる,ということです.とすれば,死とは,その暗い海底から,太陽の光溢れる水面の上で待機する船へ戻ることです.重くて不自由な潜水服を脱ぎ捨て,本来の軽やかな状態になる,というわけです.ですから,ある意味では,潜水時間が長い方が大変で,短い方がラクかもしれません.

心霊研究的には,過ぎた時間等々を考えると,ヨンハさんはいま,いわゆる「幽界」にいるものと推察されます.4次元の世界です.幽界にも幅があり,幽現界に近い低い層から霊界に近い高い層まであります.心境が高くなれば,当然霊界へ近づきます.現世的な気持ちがいつまでも抜けないと,周囲は明るい世界になりません.いま,ヨンハさんはどのあたりにいるでしょうか.幽界最上部のサマーランドにかなり近づいているかもしれません.サマーランドとは非常に明るく,美しい場所で,そこを天国だと勘違いする人も多いとか(詳しくは,例えば,江原氏の『天国への手紙』を参照下さい).サマーランドでしばらく過ごしたのちに,第二の死を経て「霊界」入りとなります.霊界(5次元の世界)へは幽体を脱ぎ捨てて入ることになり,更に一段高い心境になるわけですが,その際,意識が薄れる,というか,いわゆる眠るような状態になるようです.地上から幽(現)界へは肉体だけを脱ぎ捨てて入りますが,幽界から霊界へ移行する場合には,さらに幽体をも脱ぎ捨て,霊体のみになります.いずれにしても,次元をまたぐときは,眠るような感覚に陥るとのことです.

地上を離れたのちに到達すべき目標地点は霊界であって,そこで各自の仲間であるグループ・ソウルと再会・融合するといわれています.そして,地上での学びをみなで分かちあい,今後の進むべき方向性(地上に再生するのかしないのか)など諸々の事柄を協議するようです.通常は,幽界の最上部に到達するだけで相当な時間を要するらしいです.個人差はありますが,十年単位の時間を要するケースも決して稀ではありません.ヨンハさんのたましいは浄化度がかなり高いので,そう遠くない将来にサマーランドに到着されることでしょう.

さて,海底から船上へ戻って,明るい日差しの下で,パク・ヨンハさんはどのように日々を過ごしているのでしょうか.どうやら幽界ではひとりで修行中のようです.「まだひとりでは寂しいこともある」ようですが,周りには光があり,「輝きだした空から少し勇気をもらった」ということです.とはいえ,いまの場所がどこまで広がっているのか,まだ「遠くまで見えない」らしく,「知らない世界」に少し不安なども感じることがあるようですが,その不安も「乗り越え」れば,今後もさらに明るい世界へと向けて修行が順調に進むことでしょう.修行の中で人生を振り返ることもあるようです.地上では多くの人々との出会いと別れがあって(「繰り返す出会いとさよなら」),芸能界で活動するようになってからは,いろいろな苦労があり悲しいことも多く経験して(「迷ってた 震えてた 溢れ出る涙だけ知っていたんだ」),ずっと不眠に悩まされる日々でしたが,そういう中で得たものは,実は,「少しだけの安らぎと温もり」だった,と思っています.それは,ファンの方々の応援や愛が足りなかった,ということでは決してありません.いまの彼の境地が,地上にいた頃とは比べものにならないほど光と安らぎと愛に溢れるものになった,という意味なのです.そう理解したのは,「踏み出すことに怯えた昨日を乗り越えた」からです.

そして,肉体がなくなっても自分の存在,意識はなくならないと悟り,"僕はここにいる" と皆さんに語りかけています.(「ここ」が示す,どこかわからない場所にいる,というよりは,自分の意識,つまり本質は生き続けており,いまなお存在している,という意味ではないかと思います.)

ですから,ファンの皆さんにも,「今だからできること」がどんなに「小さくても」,それをぜひやってもらいたいと思っています.現在が未来をつくります.いまを生きることで「明日は変わって」いきます.確実にいえることは,ヨンハさんはとても前向きなたましいの方で,その性質のまま,いまも前進を続けている,ということです.そして,光の世界で修行の日々を送りながら,皆さんにも「新しい明日へ,新しい場所へ」と進んで貰いたいと願っているのです.

一歩を踏み出すかどうかは皆さん次第です.少なくとも,ヨンハさんは一歩踏み出すことを望んでいると思います. 

3/25/2011

この世に生きること

 古代人は,現代人がほんの最近知りはじめたばかりのこと,つまり人生と人生のあいだにある中間世こそが私たちが本来帰っていく故郷であり,そこから私たちは肉体にやどる困難な旅にあえて出てきたのだ,と知っていた.マンリー・P・ホールは『死から再生へ』のなかで,肉体をまとって生まれてくるときの経験を,潜水夫が重たい潜水服を着て,いま味わっている気持ちのいい光やさわやかな空気をあとに,これから命綱をたよりに海底へと降りていくのにたとえている.

 「重たい潜水服は肉体で,海はいのちの海である.生まれるとき人は潜水服を身につけるが,その霊はつねに命綱で上方の光へとつながっている.人間は隠された叡智という財宝をみつけるために悲しみと滅びの海の深みへと降りていく.なぜならば経験と理解はひじょうに高価な真珠であり,それを手に入れるため,人はすべてのことに耐えねばならないからである.宝が発見されるか仕事を終える時がくれば,彼はふたたび船に引き上げられ,重い装備をはずし,新鮮な空気を吸ってまた自由を満喫する.賢人たちは,我々が“生”と呼ぶこのできごとが海底へのほんの一度の往復にすぎず,われわれがすでに何度も下降したことがあり,また財宝を発見するまでこれから何度も潜らねばならないことを知っている.」

J. L. ホイットン他著 片桐すみ子訳『輪廻転生 驚くべき現代の神話』 pp. 26-7.

★マンリー・P・ホール 神秘哲学の学者・著述家.1943年アメリカのロサンゼルスに哲学探究協会を設立.数万冊の神秘学関係の書物が蒐集されたこの協会の図書館は一般に公開されている.その膨大な文献をもとに書かれた著作は小冊子をいれて二百冊におよび,東西の神秘学の真髄を世に伝えた.(訳注 p. 259)



薄暗い海底での生活が思いのほか快適だと,自分が宝探しのために潜水していることすら忘れてしまいがちになるでしょう.その状態で海の上へ引き揚げられると,混乱が生じたり,事態をなかなか呑み込めないという状況に陥り,光の世界に慣れるのにさらに長い時間を要することになります.

なかなか難しいことではありますが,「いま自分は,実は,海底にいて,宝探しをしている最中なのだ」,と意識して生きることが大切になります.

3/24/2011

出来事の意味

私たちはどうしても,日常生活の中で,「見えがかり」や「いきさつ」といった表面的な事情だけで,ものごとをとらえてしまう習慣がついています.これは仕事上の出会い,これは子どもの受験の相談,これは親戚関係,これは夫婦の不調和・・・といったように,いきさつ上の意味だけが大きくクローズアップして見えてしまうのです.
 
けれども,出来事の本当の意味は,地層のようにいろいろなレベルがいく層にも重なっていますその意味の地層の最も深いところには,私たちに自業(じごう)を呼びかける「もう一つの意図」が必ず隠されています仕事上の取引の問題という見えがかりの奥に,過去生の「志半ば」の成就が呼びかけられているかもしれない.嫁と姑という出会いの中に,絆を再結せよとの呼びかけが届いているのかもしれないのです.もちろん,些事にわたるまで,呼びかけは何かとこだわることではありません.呼びかけは単に分析してもわかるものではなく,魂の感覚が目覚めていけば,直感的に感じられてくるものなのです.また,降りかかった出来事に真摯に応えていくなら,それと気づかなくても,呼びかけを受けとめているのです.
  


高橋佳子 『人間の絆 基盤編』 pp. 218-9.



著者の高橋佳子氏(宗教家)は,優れた人格と卓越した霊能で知られた高橋信次氏の長女であり,GLAの第二代代表です.GLAの教えや,その徹底した内省主義は,スピリチュアリズムとも通じる点が非常に多いといえます.



71 笑顔を忘れないで

笑顔のあるところに大霊の働きがあるのです.悩みの中にあっても笑いを失ってはいけません.それができるようになれば何事も必ず解決します.このことは私が永いあいだ繰り返し申し上げてきたことです.俗世のことに悩まされて笑顔を忘れるようでは,まだまだ真理を悟ったとはいえません.

『シルバーバーチの霊訓』 第12巻 p. 159.



「笑う門には福来る」といったところでしょうか.

苦しいときはなかなか笑えません。しかし,苦しいときには,笑いが救いになります.ひとりで笑えないときは,お笑い番組やコメディー映画などを見ましょう.

笑いは,必要以上の深刻さから抜け出すのを助けてくれ,背後からの援助を受けやすくします.この意味で,芸人さんや俳優さん方は非常に大きな役割を果たしていると言えると思います.

3/22/2011

35 シンプルに暮らす

一般的に言って人間は肉体のことはおろそかにしていません.むしろ甘やかしすぎです.必要以上のものを与えています.あなた方が文明と呼んでいるものが不必要な用事を増やし,それに対応するためにまた新たな慣習的義務を背負い込むという愚を重ねております.肉体にとってなくてはならぬものといえば光と空気と食べものと運動と住居くらいのものです.衣服もそんなにあれこれと必要なものではありません.慣習上,必需品となっているだけです.

『シルバーバーチの霊訓 第六巻』  pp. 203-4.

15 地上世界とは

地上世界はある人にとっては託児所であり,ある人にとっては学校であり,ある人にとってはトレーニングセンターです.いろいろな事態に直面し,それを克服しようと四苦八苦するところに意義があるのです.  



『シルバーバーチの新たなる啓示-スピリチュアルな言葉が教える“生きること”の意味』 p. 69.



霊的な進化の度合いは人によって異なります.あまり進化していない人々にとっては「託児所」であり,かなり進化を遂げた人々にとっては更なる向上を目指して特訓に励む「トレーニングセンター」になるでしょう. 

しかし,「学びの場」であるという点は,万人に共通しています.

7 日向は日陰があればこそ

困難,障害,不利な条件-これらはみな魂の試練なのです.それを一つ克服した時,魂はいっそう充実して向上して,一段と強くそして純粋になってまいります. いったい無限の可能性を秘めた魂の潜在力が困難も苦痛もなく,陰もなく悲しみもなく,苦難も悲劇も体験せずに発揮されると思われますか.もちろん思われないでしょう. 人生のよろこび,楽しい笑いの味は,人生の辛酸をなめつくして始めて分かります.なぜなら,深く沈んだだけ,それだけ高く上がれるからです地上生活の陰を体験するほど,それだけ日向のよろこびを味わうことができます 

『シルバーバーチの霊訓』 第4巻 p. 42.





いま辛い思いをしている人々にとって,このことばは大いなる励ましとなることでしょう.

今後,試練に直面する人々は,このことばを思い出して勇気を得ることでしょう.

そして,すでに困難を克服して一息ついた人々は,このことばによって自信と確信を得ることでしょう.


過去生体験 3

その教会では,牧師さんの説教の後などに,合計3度お祈りをする機会がありました。が,不思議なことに,目を閉じて祈るたびに涙が溢れてきます。そして,きまって「キリスト教を棄てた私を,こうして皆さんで暖かく迎えてくださって,こんなに嬉しいことはない」という想いがこみ上げてくるのです。今...