11/12/2012

猿田彦神社

伊勢神宮内宮から徒歩で15分くらいのところに,猿田彦神社がある。ご祭神は,二見興玉神社と同じ猿田彦大神とその子孫と言われる大田命(おおたのみこと)。みちひらき(啓行)の神様として知られている。

名前は聞いていたが,内宮の近所にあるとは知らず,出発前に参拝の予定はなかったが,時間もあったので参ることに。内宮から行くにはいくつかのルートがあるが,内宮を出て,右手に広がるおはらい町通りを突き抜けて,御幸(みゆき)道路に出るコースが初めて行くときは間違いがないだろう。幹線道路に出てしまえば,大きな看板が見えるので必ず辿りつける。

猿田彦神社に到着した時点で,出発時間が気になったのと疲労のためか,写真を撮ることさえ忘れていて画像は何も残っていない。宇治橋から撮影したのが今回最後の写真となった。内宮の後で訪れたせいか,境内はかなり狭い印象がある。七五三参りの家族が多かった。

鳥居を入ってすぐ右側に小さな社(佐瑠女神社 さるめじんじゃ)があるが,芸事と鎮魂の神様,天宇受売命(あめのうずめのみこと)が祀られている。天照大神が天岩戸にお隠れになったとき,世の中が真っ暗になり混乱が生じた。そこで,あめのうずめのみことが岩の上で舞を踊り,集まった八百万の神々を笑わせた。その騒ぎを聞いた天照大神が,なにごとか,と岩戸を少しだけあけて尋ねたところ,「新しい神様の誕生をみなでお歓びしているところです」と答えた。新しい神様と聞いて興味をそそられたアマテラスは,さらに大きく岩戸を開け,世の中に光が戻った,という神話は有名だろう。
* * *

日本人は,人生の節目節目で神社を訪れる。「神社に詣でるから,転機が来る」のではなく,「転機を迎えるにあたり」神社参拝をして新たな気を戴き,古い気を手放すのだと思う。この辺りのことをわかっていないと,参拝も「ご利益」を求める,ただの“パワースポット巡り” になってしまう。

11/11/2012

伊勢神宮参拝 1

ある朝聞いたラジオ番組で,ふと耳にした情報から,急に伊勢神宮参拝を思い立った。気がつくと,その日の夕方には伊勢神宮両参りのツアーに申し込んでいた。

細かく計画を立てて用意周到であることも少なくない反面,このように全くの思いつきで行動を起こすことも同じくらい少なくない。この殆ど全く根拠のない思いつきは,大抵の場合,インスピレーションである。今年の11月は,都合よく金曜の仕事が休みの日が多く,週末にかけて出かけることが可能だった。また,どういうわけか利用が著しく減った占いのお陰で,経済的にも若干の余裕があった。進めてもよい,または進めるべき出来事は,こうして万事上手く流れていく。


最初は,神宮参拝を(後ろから)促されているのかと思った。それもあるだろう。しかし,どうやら先方から呼ばれてもいるらしかった。この「呼ばれた」感覚は,現地でさらに強まった。


神宮参拝の古来からの順序は,外宮(げくう)から内宮(ないくう)とされている。これはよく知られているのではないだろうか。しかし,昔は,外宮へ向かう前に寄る場所があった。それは二見浦。こちらに寄り,実際に海に入って禊ぎをしてから詣でたとか。旅の全行程で,天候には恵まれたが,1日目の夕方は風が強くなり(ガイドさんによれば,もっと強いことも珍しくないとか),神社へ向かう途中,波しぶきがかかる場面も。かなり強い風と少しの波しぶきで,禊ぎの効果は充分あったと思う。


今回は,宿泊場所の関係などで,まず外宮を参拝し,それから
二見浦興宮神社へと向かった。1泊2日の団体行動はなにかと慌しく,写真を撮る余裕もあまりなかったが,二見浦のとあるショット:




蛙の像は,二見蛙とも呼ばれるようだが,後に人々から奉納されたもののひとつ。蛙は,この神社のご祭神,猿田彦大神(さるたひこおおかみ)の使いと信じられていて,帰る,返る,との語呂合わせにちなんだご利益(お金が返る,無事に帰る,若返るなど)があるらしい。信じる信じないは全く自由である。

しめ縄が掛けられた岩をご存知の方は多いだろうが,蛙とのツーショットはちょっと珍しいかもしれない。(画像の上でクリックすると大きくなります。蛙の眼差しがややリアルですね。)ちなみに,岩のしめ縄は,一本(いや,一箇所というべきか)でも切れると,全て掛けなおさなければならないとか。


時間が前後するが,1日目のハイライトは外宮参拝。金曜日だったせいか,人も少なく,静かで良かった。




写真は,人気が無くなってから,出発時間を気にしながら撮影したもの。正宮の鳥居とその奥には,拝殿の一部と新たに建設中の新御敷地(しん・みしきち)の一部が見える。来年は20年に一度の式年遷宮(しきねんせんぐう)の年。正宮・別宮がすべて建て替えられ,御神体が移される。川に架かる橋や鳥居もすべて新しくされるという。境内のあちこちで,建て替え作業の様子が聴こえてきた。

多賀宮(たかのみや)は別宮(べつぐう)で,外宮の祭神,豊受大御神荒御魂(とようけのおおみかみのあらみたま)を祀ってある。ちなみに,外宮ご祭神の豊受大御神は,内宮のご祭神(天照大御神)とともに,女性の神様である。が,バスガイドさんの話によれば,なかなか強く,頼もしい気質を持たれた方とか。
荒御魂とは,和御魂(にぎみたま)とは対照的に,神性の荒々しさ,強さの部分が顕現したもの。気のせいでなければ,確かにそうした強いパワーを感じた(かも)。

呼ばれたと感じた,と最初に書いた。多賀宮の参拝後,鳥居を出たすぐのところにある杉の巨木の幹に触れていたとき,「よく参った(か,参られた)」という言葉が浮かんだ。外宮へ向かうバスの中でも出ていたのだが,まさか多賀宮から発信されていたとは。次の日参拝した内宮でも似たようなことがあった。正宮に参る前,人の多さに少々うんざりしながら,拝殿に背を向けて,ひとり目の前の空き地を眺めていた時だった。「よく参られた」と言葉が来た。バスの中でも,外宮でも,自分が考えた文句ではないか,と思っていた。が,内宮で再びその言葉が出たときようやく,そうではない,伝わってきたものなのだ,と信じるに至った。


面白いのは,いずれも背後から来た,ということ。外宮では,真後ろではないが,鳥居を出て右手に出た位置に背を向けて立っており,内宮ではほぼ真後ろだった。いずれも後ろから声をかけられる,というのは,神々が私たちに姿を見せられることはない,ということなのか。挨拶の主が誰なのか今以て定かではない(それぞれのご祭神なのか,その方々に仕える下々の神様なのか)し,また,なぜ呼ばれたのかもまだ不明だが,いずれにせよ何らかの必然性によって今回の参拝が実現したにちがいない。


この日の夜から次の日にかけて,夢-怖くて,驚いて目が覚めるような-を見た。そのおかげで明け方5時に目覚め,東向きの窓から朝日を拝むことが出来た。
  6.19am

 6.25am

東向きの部屋だったことに感謝。



10/10/2012

Humility 謙虚さ

It is said that humility is truth.
The path that will make us more like Jesus
is the path to humility.

Pride destroys everything.  To imitate Jesus
is the key to be meek and humble in heart.


謙虚さは真実だと言われます。
私たちがイエスに近づく道は
謙虚さへの道です。

プライドはすべてを破壊します。イエスを見習うということは優しく,控えめな心になるということです。(マザー・テレサ)

Mother Teresa: In My Own Words.  (1996)
Compiled by Jose Luis Gonzalez-Balbado. 
 Liguori: Misouri, p. 56. 

Poverty in the developed countries 先進国の貧しさ

"In the developed countries there is a poverty of intimacy, a poverty of spirit, of loneliness, of lack of love.  There is no greater sickness in the world today than that one."

先進諸国には,親密さ,霊性,寂しさ,愛の不足という貧困があります。今日の世界に,それほど重い病はありません。(マザー・テレサ)



Mother Teresa: In My Own Words.  (1996)
Compiled by Jose Luis Gonzalez-Balbado.  Liguori: Misouri, p. 89.



BOP (the Base of the Pyramid ピラミッドの土台もしくは最下部)に属するとされる人々の数は約40億人と言われています。世界人口は約70億人ですが,その6割近くの人々が,電気・水道・ガス・通信網といったインフラの殆ど全くない環境で,非常に貧しい暮らしをされています。一日に何度も川まで水汲みにいかなければ,食事も入浴もできない生活など,私たちには想像もつきません。

日本は大災害でも起こらない限り,停電は滅多に起こりません。これは世界的にみても,非常に稀なことだそうです。ピラミッドの頂点で暮らす人々が住む国々では,しかし,痛ましい事件が後を絶ちません。幼児・女性虐待,学校でのいじめ,無差別殺人,セルフ・二グレクトによる孤独死など,都会だけをみても,人々の暮らしが本当に豊かとはいえない現実があります。

さまざまな意味で恵まれない人々,困難を抱えた人々に直接手を差し伸べたり,役立つことはそう容易いことではないかもしれません。福祉の専門家に任せるほうがいいのではないか,いや国が,地方自治体がもっと策を講ずるべきなのだ,と思われるかもしれません。ならば,せめて関心を持ちましょう。何もできなくても,そうした人々の存在を「知る」ことなら,今すぐにでもできます。

無関心は罪だからです。

9/24/2012

92 本来の姿

人間がその基本的霊的真理に則って生活すれば,地上で享受できるかぎりの生き甲斐ある豊かさを手にすることができます。反対にそれを無視した生活を送れば,その生活は内面に関する限り空虚で無意味なものとなります。魂,霊,それがあなたの永遠の所有物です。それがあなたの本来の実像であり,肉体を捨てたあとに残るのはそれだけです

 『シルバーバーチの霊訓 第二巻』(近藤千雄訳 潮文社) p. 53.



物質的に快適で豊かな生活を楽しむことをよしとする風潮がまだまだ強い日本ですが,2011年の大震災を機に,僅かながらも,従来の生き方に疑問を感じる人々がではじめているのではないでしょうか。まだまだとても少ないのですが,すべては1からはじまります。一人でも多くの人々が,「ほんとうのこと」を知って,本来あるべき生き方を目指すようになることが必要です。

9/10/2012

希望は自分の中に

宮崎駿監督アニメ映画『千と千尋の神隠し』のエンディング・テーマ曲,「いつも何度でも」(歌詞はこちら)。木村弓さんのハープの音色と歌声がひとつに溶け合い,静かな癒しの曲になっています。

歌詞には深いメッセージを見い出すことができるように感じます。映画とは切り離して意味を探ってみたいと思います。(オスカーを受賞した同映画にも,見方によってはさまざまなメッセージを読み解くことができますが,それは後日述べてみたいと思います。)

私たちはたくさんの夢を抱き,それらを叶えようと思って転生します。「胸のどこか奥」,つまり,私たちの最もひかり輝く部分でそう決めて,いまを生きています。その夢実現プロセスにおいて,多くのかなしみがあり,希望が「こなごなに砕かれ」てしまうことがあるかもしれません。それでも,つねに希望をもち続けることが大切です(「いつも心躍る夢を見たい」,「この両手は光を抱ける」,「同じくちびるでそっと歌おう」)。砕かれた鏡が「新しい景色」を映し出すように,挫折のように思える出来事にも,必ず希望の種は宿っているからです。

かなしい時,夢を見失いそうな時,私たちには「ゼロになるからだ」があることを思い出しましょう。そして,「静かな」気持ちでこころの声に耳を澄ませば,自然とエネルギーに充たされ,希望と智恵とは,外ではなく(「海の彼方にはもう探さない」)自分の中にあることに気がつくでしょう(「輝くものはいつも・・・私のなかにみつけられたから」)

数え切れないかなしみの向こうで会える「あなた」は,夢実現の如何に関わらず,夢に向かって邁進したその先で到達する境地であり,一層輝きを放つ自分の本質なのかもしれません。

89 最高の判事は理性

 「霊が言うことも霊媒を通して届けられるわけですから,必ずしも正しく伝えられているとはかぎりません。こちらから見ていると,誤り伝えられているのに,それが我々のせいにされていることがよくあります。
 一方,われわれも絶対に誤りを犯さない存在ではありませんから,間違ったことを言う可能性もあるわけです。私の言うことが絶対に間違っていないとは申しません,と何度も申し上げてきたことはご存知かと思います。
 いかなる霊媒を通して届けられたものでも,かならず理性による判断を通さないといけません。最高の判事は理性です。これも大霊からの授かりものです。道義心とあわせて使用すれば,進むべき正しい方角が示されます。」



トニー・オツセン編 近藤千雄訳 
『シルバーバーチの新たなる啓示―スピリチュアルな言葉が教える“生きる”ことの意味』 ハート出版 p.128. 




霊能者,ミディアムにわかるのはほんの断片的な情報でしかありません。霊界から情報やメッセージをある程度正確且つ純粋に受け取れていると仮定した場合でも,相談者の具体的な感情や実情まではわからないケースがとても多いと思います。ましてや,相談者の全貌などはわかろう筈もありません。

断片的な情報だけで,「あなたは××よ」と決め付けたものの言い方をする占い師,霊能者,ミディアムが後を絶ちません。明言・断言を求める相談者が少なくないこともまた事実です。が,そうやって第三者の人間性や人生について決め付けること自体がそもそも不可能であり,誤りであることを知りましょう。一事が万事,ということはありますが,一部で全体を推し量ることは必ずしも適切ではありません。

適切な霊感占い・リーディングは,目に見えない種類の情報を提供したり,本人が気づいていない点を指摘して,さまざまな気づきや困難を乗り越えるヒントを与えるという点で,非常に有効な手段といえます。しかし,ヘビーユーザーだった私の個人的な経験から言っても,利用の仕方次第では,利用者の思考力や洞察力を奪いかねない危険性も孕んでいます。いわゆる「依存(症)」に陥らないよう注意が必要です。最も頼れるものは,自分(の内なる叡智)以外にない,と理解するようになることが最終目標です。

優秀な霊能者に相談してあらゆる問題が解決するなら,こんなラクなことはありませんが,残念ながら人生は自ら試行錯誤しながら進んでいかなければならないもののようです。

読みたい本(7)

  千賀一生。『ガイアの法則』ヒカルランド。 いまの時代に読むべき必読書です。 正・続2冊ありますが、1冊目の裏表紙に印刷されている言葉を以下に紹介します: 宇宙に,聖なる16ビートが存在することを告げるガイアの法則— 新型コロナとの驚くべき精緻なる関係性も明らかに! 地球の歳差...