1/07/2013

平穏な人生にも

申し上げておきたいのは,どの人生にもそれぞれ目的があり,あなたがたは互いに批判しあうべきではない,ということだ。平穏な人生に大した意味などない,と決め込まないでいただきたい。なぜなら物質界での静かな生活の中で,多くの人々はきわめて深遠な真理を理解するようになるからだ。彼らにとってこれらの真理は肉体の死を迎えたのちにしか明らかにならないだろうが,彼らの人生の記憶は鮮やかで印象深いものなのだ。
 しばしば実に当を得た説明がなされる真理に,つぎのようなものがある。
 物質界での人生は,魂にとって驚くべき試練である-うわべの姿があまりにも完璧に覆い隠されているため,その真の目的を見破ることができない。人生はいわば仮装パーティーのようなものなのだが,招かれた客は仮面の下の自分のアイデンティティをすっかり忘れ去っている。暗黙のうちに行われる試験では彼らが要求されるのは,仮装の下の自分たちの真の自己を確認することなのである。(中略)
 ベールのあちら側でもこちら側でも,多くの魂が自分の任務や限界を正確に知らずに,物質界へと生まれてくることを選ぶ。すべてを理解していない時でさえもなお学習は行われるのである。
 他の人の人生があなたからみて浅薄に見えても,その人を裁かないように気をつけよう。人は誰もが,それぞれちがったテンポの曲に合わせて行進しているのだ。

ジュディ・ラドン 片桐すみ子訳 『輪廻を超えて』 人文書院. pp. 177-178.





 

互助は定め

 だがどうか現在の艱難辛苦や欠乏状態のすべてがカルマから生じるもの,あるいは魂の発達に必要なものであると断定しないでいただきたい。あらゆる物質界のできごとにはその奥に秘められた心理的な複合概念が存在しており,これまでのカルマのつみ重ねが直接あなたがたの世界に作用することは事実だ。しかし,他人の苦しみに悦に入って「なるほど,あの人たちは前世で悪いことをしてきたに違いない。苦しむのも当然だ」と言ってもいいというわけではない。みなさんはお互いに助け合いながら,食物を与え合い,住む家や着るものや仲間づきあいや愛情を提供しあうよう定められているのだ。現代の医学もまた多くの点ですぐれており,われわれはこちら側から子供のないカップルが問題解決のために医学の助けを受けるのを見て,喜ばしいことだと思っている。
ジュディ・ラドン 『輪廻を超えて』 pp. 130-131.





孤独に耐える力

 「友人が欲しい,あるいは親友が欲しいといっても,単に自分のメリットだけを考えている人は,決して,その人が望むような人間関係は得られない。人間関係は,「持ちつ持たれつ」なのだ。

 心の苦痛も体の苦痛も,最終的には,自分がその苦痛と戦い,解決していくしかないのだ。
 そこで,人間は孤独な存在なのだということがわかると思う。だからといって,苦しんでいる相手を放っておけというのではなく,相手の苦痛を思いやり,その苦痛を少しでも軽減してあげるために努力することはできる。
 友情のあり方,あるいは愛情のあり方というのは,そういうものではないだろうか。つまり,相手に対して,どのくらい気遣いができるかということである。
 相手に対して,求めるだけでは,友情は成り立たない。自分が相手に対してどのように気遣いができるかも,また試されるものだ。そこで孤独に耐えることができる精神が必要になってくるのではないか。孤独に耐えられないと,相手に依存しがちだ。相手に依存し甘えるだけでは,決して友情は成り立たない。それでは,相手を利用しているだけにすぎない。
 ここで孤独と言っているのは,心の在り方のことである。

 孤独に耐えることのできる人は,人間は本来孤独であることがわかっているから,逆に付き合う人に対して気遣うことができる。そして,人間関係の距離を上手に保つことができる。
 関係の距離をきちんと維持できる人は,人間関係で孤立することはない。
 いま,精神的な在り方を述べてきたが,具体的に言うと,一人で時間を過ごすことのできる強さを持つことが,孤独に耐える強さを持つことの第一歩である。一人で時間を過ごすことができることは,一人で決断し,悩みを解決していく強さをもつことにもつながる。
 まず,自分の力で立つことができること,つまり孤独に耐える力があってこそ,人に対する気遣いもでき,そこではじめて相互的な人間関係を持つことができるのだ。
 孤独でいられることと,人間関係を上手く保って行くことができることは,矛盾することではなく,イコールなのである。」



おそらく,斉藤茂太氏の著書(のどれか)からの引用かと思いますが,かなり前に抜粋したもので,定かではありません。

依存的な人は,人間関係で適正な距離を保つことができない,というのは全くそのとおりです。個人的な付き合いが全くないにも関わらず,いきなり救いを求める意味不明なメールを(はじめの挨拶すらない)送ってくる人が,非常に稀に,いますが,これなどは依存以外の何者でもありません。年齢は重ねていても,精神的に幼い場合,求めるばかりで,相手の心情や事情を気遣ったり,配慮することができません。自分こそこの世で一番不幸だ,とたやすく自己憐憫に陥るのも依存的な人々の特徴です。(ちなみに,この類いのメールには一切返信しませんし,依存が程度を超えていると判断された時点で,一旦距離を置かせていただきます。)

そういう人々は,相手から善意で与えられた,もしくは,ミディアム経由で伝えられるスピリット・ガイドからの愛あるアドバイスにも耳を傾けることができません。そもそも,有益なアドバイスを求めているわけではありません。彼らが求めているのは表面的な優しさや同情など,自分に好都合な言葉と反応だけです。この世知辛い現代社会にあって,一方的に求める“大人”に-しかも個人的な付き合いもない,いや,親しい間柄でも-快く与える人なんて滅多にいません。物乞いにだって,せがまれれば逃げ出したくなるのと同じことです。

誰もが,自分に背負えるだけの重荷を背負っています。

歩みはとまらない

 こちらの領域でもみなさんの領域でも,進歩を達成したからといってそれに甘んじて歩みを止めることは決してない。どの段階においても,それを超えればまたつぎの目標があらわれて,前方へと手招きするのである。

ジュディ・ラドン 『輪廻を超えて』 人文書院. p. 36.






カルマは影

 釈迦は,たとえ高いところまで到達しても,前世の過ちをのがれることも破棄することもできないことをあきらかにした.法は法であり,カルマの状況の目標である叡智に到達する近道はない.アラン・ワッツは『禅の精神』で,「…人間のカルマは影のように人についてまわる.『自分の影のなかに立ちながら,暗いのはなぜなのだろうと人間は不思議がる』といわれてきたように,たしかにカルマとはみずからの影なのだ」と書いている.カルマに終止符をうつには,昔の負債を完済しなければならず,新しく借りをつくってはならない.多くの生涯にわたる帳簿上の収支を清算しうる方法はただひとつ,愛と無我の戒めを全身全霊で受け入れることだ.もうひとつ,ジョセフ・ウィードのことばを引用してみよう.

 「ほんの少しでも利己心をもって行動したり,見返りをもとめて善行を行うかぎり,その報いを受けるためにこの世へと戻らなくてはならない.原因には結果があり,活動には成果がある.欲望はこれらをつなぐ紐である.紐の一本一本の糸が燃えつきて切れるとき,その関係も終わり,魂は自由になるであろう.」

 カルマの概念のもたらす結論としていちばん重要なのは,私たちのおかれた境遇は決して偶然のなせるわざによって決められたのではない,ということだ.この世で私たちはバルド*で選んだことを体現している.私たちが,バルドの肉体をもたない状態にあって決定したことによって今生の境遇が決まり,潜在意識のありかたによって,良運や悪運がめぐってくる.カルマの法則が真実だと確信することはすなわち,たとえ現状がいかに困難でも,この現状にわが身をおいたのは自分自身なのだ,と認めることなのだ.人はそれぞれ,試練や苦難の中にこそ学び成長するための最大の機会がある,と理解したうえでその試練や苦難を探しだしていくのである.

J.L. ホイットン他著 片桐すみ子訳 
『輪廻転生 驚くべき現代の神話』 pp. 114-5.



*バルドとは,本書では「中間生」と訳されてあり,「仏教用語では中有または中陰という.死の瞬間からつぎの生を受けるまでの間の時期.生きとし生けるもの,すなわち「有情」の4つの存在の仕方―死有・中有・生有・本有のひとつ」(p. 238) と注釈があります.おそらく,霊界に入る手前の幽界の最上層部,もしくは霊界のことを言っているのではないかと推測されます.ちなみに,人間の魂は死後,平均して1年ほどは幽現界にとどまり,その後,幽界に移行し,そこで数十年を過ごすといわれています.幽界は幽現界に近い低い段階のところから,霊界のすぐ手間のサマーランドと呼ばれる波長の高いところまで広く幅があります.霊界に入るのは,従って,かなり先のことになります.もちろん,幽界の上層部や霊界に移行できる時間には個人差があります(が,一足飛びに霊界に帰ることは滅多にありません).魂によっては,霊界に戻らず幽界から直接現界に転生する場合もあります.



エドガー・ケイシーのリーディングに,"meeting self" という表現がよく出てきますが,上の引用にある「カルマとは自分の影なのだ」,と同じ内容を指していると思います.カルマは誰かとの間に生じますが,相手が悪い,とか,相手との組み合わせが良くなかった,ということではなく,あくまでも自分の未熟さが原因なので,カルマは「自分の問題」であると言えます.もちろん,相手にもカルマがありますが,それは自分とは別の問題として捉えるべきです.

カルマを「完済」しなければ次の段階には進めないとありますが,必ずしもそうではないようです.ある段階にまで到達したら,まだ返済すべきものが若干残っていても,地球での転生を終えることが許されるケースも伝えられています.そうした場合には,守護霊の立場になった時,守護する人間に裏切られるなど,何らかの方法でカルマを返済する可能性があるかもしれません.

自らの選択

…この世の運命をなげき不運をかこつたびごとに,我々が非難することになるのは自分自身の選択であって,ひどい仕打ちをする気まぐれな神または神々の選択ではない.ゆえにカルマを知る者の犯してはならない悪徳は,嫉妬ということになる―それが他人の境遇に対してであろうと,他人のもつ才能や富や友人などに対してであろうと―なぜなら我々が手にしているのは,みずからが選び取ったものであるからだ.

ホイットン他 『輪廻転生』 p. 110.



「なぜ,私だけがいつまでも前に進めないのだろう,他の人の人生はもっとスムーズなのに」-こう考えて,苛立ちと悲しみを抑えられなかった時に出会った一節です.その時,私は,ガイドたちを無言のうちに責めていました.数年前に引用しておいたこの文章を目にした瞬間,愚痴を言ったことに対して,彼らから「喝を入れられた」ような,そんな気持ちになって目が覚めた思いでした.

私たちは,今回の転生でどのようなたましいの学びをするのか,そのためにはどういった環境に身を置くのが相応しくて,どのような体験が適切かなど,予め決めています.そして,肉体を持って記憶が薄れたあとで,その道筋からそれないように主護霊を初めとするスピリットたちがつねに見守り,導いてくださっています.私たちは各々が,それぞれのガイド・スピリットたちと,いわば「チームを組んで」生きている,と言えます.私たちの地上での学びの内容や成果は,私たちだけのものではなく,やがてはガイドたちのものにもなるからです.

とはいえ,嫉妬しやすい心理的な状態(寂しさなど愛の欠乏状態)というのは確かにあるので(智恵の多寡は別にして),そうした状況に陥った場合には,心身を充分に休めて,自分を労わってください. 

以前の記事,「転生四つのテーマ」も参照ください.

12/31/2012

楽観が大切

 「大丈夫・・・・・・」と老人は繰り返した。「あんたの悲しみもまだまだ大したことはない。人生はながいからな。これから先いいことも悪いことも,いろんなことがある。母なるロシアは広いんだ!」と老人は言い,左右を見まわした。「私はロシア中を歩いて,ありとあらゆることを見て来たから,嘘は言わない,信用しなさい。これから先いいことも悪いこともあるさ。私はね,歩いてシベリアにも,アムールにも,アルタイにも行ったんだ。シベリアに住みついて百姓をやったこともあるが,そのうちに母なるロシアが恋しくなってな,生まれ故郷の村へ帰ってきた。帰りもやっぱり歩いてさ。今でも覚えているが,渡し船に乗っていたときのことだ,私はがりがりに痩せて,ぼろ服を着て,はだしで,寒さにがたがた震えながらパンの皮をかじっていた。するとその渡し船に乗っていた旅の旦那が-もし亡くなったのなら安らかに眠りたまえー気の毒そうに私を見て,涙を流してこう言った。『ああ,黒パンを食べているんだね,あんたの暮らしもお先真っ暗なんだね・・・・・・』 村に帰り着いたときは,いわゆる素寒貧というやつでね,女房はいたけれどもシベリアに残って,あっちで骨を埋めた。そんなわけで今じゃこうして日雇いの百姓の暮らしさ。といったって,なあに,その後いいこともあったし,悪いこともあった。今だって死にたくはない,あと二十年がとこは生きたいな。つまり,いいことのほうが多かったということさ。なにしろ母なるロシアは広いんだ!」

 アントン・チェーホフ 「谷間」 『可愛い女・犬を連れた奥さん』 新潮文庫.p. 183.



チェーホフは結核のため44歳という若さでこの世を去っています。引用元の作品は,亡くなる5年前に発表されたもので,老人の台詞には,彼の人生観やまだ生きたいという思いを読み取ることができなくもありません。

人生は長いようで短く,短いようで長いかもしれません。そして,いいことばかりも悪いことばかりもない。この老人は人生に対して楽観的ですが,こうした「ある種の楽観」が,苦しいときこそ必要かもしれません。



読みたい本(7)

  千賀一生。『ガイアの法則』ヒカルランド。 いまの時代に読むべき必読書です。 正・続2冊ありますが、1冊目の裏表紙に印刷されている言葉を以下に紹介します: 宇宙に,聖なる16ビートが存在することを告げるガイアの法則— 新型コロナとの驚くべき精緻なる関係性も明らかに! 地球の歳差...