4/19/2015

地上に生まれるわけ

 “あなた”という個的存在は,最初から,つまり大霊と一体であった時から今の“あなた”だったわけではありません。表現の媒体を得て初めて“あなた”という個性をもった存在となったのです。その目的は内部の神性を顕現させるためです。内部に宿る神性は完ぺきです。が,それは種子が土とか水といった養分を得て発芽し,生長し,花を咲かせるように,顕現という活動を経て初めて,その美しさ,その輝きを外部へ発揮することになるのです。
 地上的な形態での存在の目的もそこにあります。すなわち物的身体に植えつられた神性の種子が発芽と生長と成熟の過程を体験するためです。その地上生活特有の体験によって,死後に訪れる,次の段階の生活に必要な資質と能力を身につけるのです。


トニー・オツセン編 近藤千雄訳。『シルバーバーチの新たなる啓示』 p. 163.



人間は神から分かれて誕生し,その生みの親である神に帰一すべく進化していくことが目的なら,なぜわざわざ分かれたのか,という質問に対するシルバーバーチの答えです。

ダイヤモンドも元はただの硬い岩です。機械で研磨して,整形して初めて高価な貴石としての価値が出るように,だれにも潜在している神性も,地上でのさまざまな体験を経て磨かれなければ,輝かない,というわけです。

そして,地上での様々な快苦は,スピリット・ワールド(「霊界」は英語では,Spirit world と表現される)での生活に必要な才能と能力を伸ばすためである,と言っています。

3/31/2015

19 インスピレーション

 もう一つ理解していただきたいのは,地上時代に発揮していた精神的ならびに霊的資質が何であれ,皆さんが“死んで”その肉体を捨ててしまうと,地上時代よりはるかに多くの資質が発揮されはじめるということです.肉体という物質の本質上,どうしても制約的・抑止的に働くものが取り払われるからです.そうなってから,もしも地上に,右の例の画家のように精神的ないし霊的なものを縁としてつながる人が見つかれば,その拡張された能力を役立てたいという気持になるものなのです.
 その影響力を無意識のうちに受けておられる場合もあります.地上の芸術家はそれを“インスピレーション”と呼んできましたが,それが“霊”から送られていることには気付いておられないようです.つまり,かつて同じ地上で生活したことのある先輩から送られてきているという認識はないようです.
 これは,わたしの場合にもいえることです.生命の摂理について皆さんより少しばかり多くのことを学んだわたしが,こうして地上へ戻ってきて,受け入れる用意のある人にお届けしているように,わたしより多くを学んでいる偉大な先輩が,このわたしに働きかけているのです.偉大さの尺度は奉仕的精神の度合にあります.いただくものが多いから偉大なのではなく,与えるものが多いから偉大なのです.
 どうか皆さんも,可能なかぎりの美徳を地上にもたらすために皆さんを活用しようとしている高級霊の道具である,というよりは,心がけ一つで道具となれる,ということを自覚なさってください.自分が授かっている資質ないしは才能を人類のために捧げたい-苦悩を軽減し,精神を高揚し,不正を改めるための一助となりたい,という願望を至上目的とした生き方をしていれば,何一つ恐れるものはありません
 何が起きようと,それによって傷つくようなことはありません.目標を高く掲げ,何ものにも屈しない磐石の決意をもって,“最大多数の人々への最大限の徳”をモットーにして仕事に当たれば,それが挫折することは絶対にありません.


『地上人類への最高の福音』 第七章より




インスピレーションを受けて為される仕事は,なにも芸術の創作活動に限ったことではありません。学校の勉強,会社や組織でのさまざまな仕事や,園芸,料理など,生活のありとあらゆる場面で霊的なはたらきかけがあります。大抵の場合,人々はそれと気付かずに受け取っているようです。

必要なときに,必要なインスピレーションをキャッチできることが肝要です。そのために,こういったことを「知識」という形で持っておくことも役立つでしょう。また,「こころの目や耳」を澄ませるように心がけることも大切です.霊的に受身の状態でいる,という言い方がされることもあります。

また,偉大さの尺度は奉仕精神の多寡にある,という点も,心に留めておきたいものです。


3/30/2015

知識はゆっくり身につく

…智恵はごくゆっくりとしか身につかない.なぜならば,短期間で簡単に得られる知的な知識が,“感覚的”あるいは潜在意識のレベルでの知識へと変えられなければならないからだ.一度この変化が起これば,この知識は永遠のものとして刻み込まれる.この変化のためには触媒としての行動が必要である.行動がなければ,単なる言葉だけの知識は枯れて色あせてゆく.実際に応用されなければ,理論的知識は何の役にも立たない

ホイットン他 『輪廻転生』 p. 255.

出典は不明です。

口先ばかりで頭でっかちはいけない,(霊的)知識は行動を伴わなければただのアクセサリーにすぎない,といった戒めの意味で,実践の重要性が説かれることがありますが,実践が重要であることの本来の意味は,知識を本当に身につけ,ひいてはたましいを成長させるため,ということなのですね.

知識を身につけるためには,まず行動が必要であり,身についた知識は適切な行動となって現れます.

記事 「Application is more important  実践が大切」 も参照ください.

Gain wealth in spirit たましいの豊かさを得る

Your sense of competition and your love of material gewgaws needs to be replaced by heartfelt love of others and a desire to share all that you have.  In sharing you gain greater wealth than any amount of hoarding could give you.  You gain wealth in spirit.  And you release what most of you suffer with now—you release the fear of losing those “valuables.”  When you give all you have, you have nothing important to lose and nothing to fear.  Yet your cup will overflow.  As you love others, you do not lose love, nor will your love be used up.  It grows even greater as it is given.

あなた方の競争意識と物質的な見かけ倒しの物を愛する気持ちは,他者への心からの愛や持てる全てを分かち合いたいと思う気持ちに置き換えられる必要があります。分かち合うとき,いかに多くの蓄えももたらせないほど多くの富を得ます。そして,あなた方の大半がいま苦しんでいるもの―つまり,「高価なもの」を失う恐怖―を手放すことになります。持っているもの全てを与えるとき,あなたには失うものも,怖れるものも何もありません。それでも,あなたの杯は溢れるでしょう。相手を愛するとき,愛を失うのでも,あなたの愛が尽きてしまうこともありません。与えるとき,それは一層豊かになるのです。(拙訳)

Judy Laddon (2011).  A Further Step beyond the Veil. Kindle edition.




お金でさえ,出した瞬間には残高は減りますが,金は天下の周りモノ,という諺にもあるように,必要な時には必要な分だけ入ってくるものです。








3/29/2015

91 たましいが目覚めるとき

魂が目覚めるまでは往々にして悲しみや病気がお伴をすることになります。絶望のどん底に落ちてはじめて目覚めることもあります。物の世界には真の慰めとなるもの,希望を与えてくれるもの,魂を鼓舞してくれるものが無いことを悟ったときに魂が目を覚まします。長いあいだ眠っていた霊性が目を覚ますのです。 (中略) 人生は精神と身体と霊の相互作用から成り立っています。残念ながら霊の活動が抑えつけられ,本来の属性や才覚や能力がほんのわずかしか顕現されていないケースがあまりに多すぎます。

『シルバーバーチの霊訓』(近藤千雄訳 潮文社)第二巻 p. 47.




目に見えない世界に「気づかせる」または「関心を持たせる」出来事は,おそらく非常に多くの人が体験するでしょう。しかし,そこからさらに,「魂の目覚め」に至るには,人並みの苦労では充分ではありません。

霊性も決め手には違いないでしょうが,谷底に突き落とされ,そこから独力で這い上がったことがなければ,真理を深く理解できるようにはならないのではないでしょうか。シルバーバーチをはじめとする霊訓を何冊読もうと,通信の素晴らしさにどれだけ感動しようと,実体験を伴わない場合には,教科書的な字面だけの理解に終始しはないか,と感じるこの頃です。



75 哀れみの心

 私に言わせれば,道徳的であるということは,自分が悟った最高の原理に照らして行動しているという理想を信念として生きることです.それは,たとえば人にやさしくするということであり,人の役に立つということであり,哀れみの心を忘れないということです.
 またそれは,いかなる意味においても人を傷つけないということであり,人の進歩を妨げないということであり,自分の理想としている真理に忠実でなかったと,後になって恥じ入るような振る舞いをしないということです.


バラード/グリーン共著 近藤千雄訳.
『シルバーバーチのスピリチュアルな生き方Q & A』 p. 168.


スピリチュアリズムを知っていると言いながら,日常生活で活かせていない人がとても多いと感じます.知識を持っているだけでは不十分です.まず自分に当てはめ,いかに実生活で活かすか-これは非常に難しいことですが,これこそが最も重要なのです.

自分が楽しければそれでいい,という能天気な態度は,スピリチュアリズムを深く理解している人のものとは言えません.


日本は豊かな国だから貧しい国々の人々に無関心なのも仕方がない,と事もなげに言い捨ててしまう態度も,哀れみの心が豊かな人のものとは言えないのではないでしょうか。


日頃から自分より恵まれない人々に目を向け,関心を寄せ,こころ寄り添う姿勢を.そうした心がけが持てないでいて,「霊界のメッセージを人に知ってもらい,役立ててほしい」などと言うのはいとも容易いこと.それでもし,自分はスピリチュアリズムを「理解している」とか,知らない人より人格が高い,と思っているとすれば,ただの思い上がりです.そういう人は,一見優しそうに見えても,ひとの苦しみや痛みに鈍感で,こころが冷たいものです.寄付などにも無関心な場合が多いでしょう。

3/28/2015

40 霊的な仕事に携わるために


真理のために身を捧げる者は徹底的に試練を味わう必要があるからです.霊の大軍に所属するものはいかなる困難にも耐え,いかなる障害にも対処し,あらゆる問題を征服するだけの強さを身につけなければなりません.
   はじめて遭遇した困難であっさりと参ってしまうような人間が霊の道具として役に立つでしょうか.最大の貢献をする道具は浄化の炎で鍛え上げなければなりません.それによって鋼鉄の強さが身につきます.一見ただの挫折のように思えても,実際はみな計画された試練なのです.人を導こうとする者が安逸の生活をむさぼり,試練もなくストレスもなく嵐も困難も体験しないでいては,その後に待ちうける大事業に耐えうる性格も霊力も身につかないでしょう.


『シルバーバーチの霊訓』 第2巻 p. 206.


霊能者やミディアム(霊媒)になる人は予め決まっているといわれます.どんなに霊感が強くても,そうなりたいという思いだけでなれる訳ではないようです.元々霊感が強いという自覚もなく,また霊視・霊聴が利かなくても,そうした役割を担うことが決まっている場合には必ず導きがあって,例えば,大きな苦労,臨死体験等々がきっかけとなって,霊的に覚醒し,自然とそういう方向へ進むようになります.

ただの「きれいごと」として,その上,ある種の優越感さえ伴って,霊的真理を伝えることを「大事業」とは呼ばないでしょう。自ら汗することなく,もしくは,手を汚さずして,大事を成し遂げることなどできるはずがありません。

過去生体験 3

その教会では,牧師さんの説教の後などに,合計3度お祈りをする機会がありました。が,不思議なことに,目を閉じて祈るたびに涙が溢れてきます。そして,きまって「キリスト教を棄てた私を,こうして皆さんで暖かく迎えてくださって,こんなに嬉しいことはない」という想いがこみ上げてくるのです。今...