3/28/2009

自分の声を信じて

手 紙 (作詞・作曲 アンジェラ・アキ)

歌詞はこちらからもご覧になれます。


思春期の多くの若者を癒し,励ましたアンジェラ・アキさんの歌は,大人の心にも響き,癒し,勇気づけるものとなっています.

「自分の声を信じ歩けばいいの」,「笑顔を見せて 今を生きていこう」,「人生の全てに意味があるから」 の部分は,スピリチュアルな教えとも見事に符号しています.多感で悩み多き世代に広く訴えた理由もこの辺にありそうです.

作詞・作曲をされたアンジェラ・アキさん自身の,10代の頃の体験からインスピレーションを受けて生まれた曲が,多くのティーンエイジャーを癒し,励まし,元気づけている-まさに「人生にムダはない」ことを証明しています.

深く悩む感性と,悩みを自ら克服する強さを備えていなければ,本当には人を癒すことはできないのかもしれません.そういう意味では,悩むことは決して時間の無駄でも,弱さの証でもありません.

悩みや悩む自分を否定しないで,まるごと受け止めたいものです.また,人の悩みと自分の悩みは「違う」だけ.その良し悪しを判断する必要はありません. 

3/20/2009

焦らなくていい

焦らなくていい.

全ては忍耐とタイミングだから.

君にとって必要なときに必要な出来事がやってきます.



以前購読していたメルマガに載っていたメッセージです.

購読開始後,間もなく廃刊になってしまい,タイトルも控えておかなかったため,どのメルマガだったかはもはや不明です.

未来のことは考え出すと不安になってしまいます.でも,この言葉を読むと少し楽観的になれますね. 必ずしも,忍耐とタイミングが全て,とは言えませんが….

2/19/2009

あなたはひとりしかいない

昨年秋のことでした.ごくつまらないことがきっかけで,短い間ではありましたが,自己否定的な想いに悩むことがありました. ある日,瞑想中に,その答えを求めたわけではなかったのですが,次の言葉が浮かびました.  

 あなたはひとりしかいない

聞き逃しそうなほど微かで,素っ気ないほど短かい,このメッセージに込められた意味は自ずと明らかでした.

 
私たちはひとりの例外もなく,唯一無二の存在です.二人として同じ人間は存在しません.数年前,『この世にひとつだけの花』という曲が大ヒットしましたが,地球上どころか,広大無辺の宇宙において「私」はひとりしかいません.それほどに尊く,かけがえのない存在なのです.したがって,他と比べるということはそもそも不可能であり,意味がありません.比較して劣等感を抱いたり,優越感を感じることによる悪影響のほうが心配です.不完全な部分も多いですが,自分の全てを受け止め,大切にすることが肝心です.
  それと同時に,周囲の人々も自分と同じく,一人ひとりが唯一無二のかけがえのない存在であることに思いを馳せたいものです.それぞれ足りない点はあるかもしれませんが,自分が愛すべき存在であるのと同様に,彼らもみな愛すべき存在なのです.  

  このメッセージを思う時,「汝自身を愛せよ」という言葉が浮かびます.多くの人々は,自信や愛情は外から来るもの,他者から「与えてもらう」ものという感覚を持っているのではないかと思います.親が,先生が,世間が「認めてくれたから」自信を持つことができたとか,恋人や伴侶を「得たから」愛情に満たされた,という考え方が一般的ではないでしょうか.しかし,自信にしても愛にしても,本来は自分の内側から湧き出すものであり,人から貰ったと思っていても,じっくり内省してみると,自分が自分に与えていることに気づくものです.周囲の人がどれだけ愛情を示し,いくら賛辞を並べたとしても受け取ることができなければ,それらはないに等しいからです.「神の子としてかけがえのない」自分自身を愛しなさい,との促しのように思えました.これは,いわゆる自己愛とは違います.

メッセージを受け取った瞬間,確かに暖かいエネルギーと安らぎを感じました.が,一度飲めば,完全に癒されて二度と再発しない,というほどの効き目と永続性はありませんでした.その後も度々,同じ思いに悩みました.それほど驚異的な特効薬であれば,セラピストもカウンセラーも必要ありません.瞑想を日課にするか,書店で精神世界の本を買ってきて読むだけで,大抵の悩みは瞬く間に解決してしまうことになります.が,現実にはそんなことは滅多にありません. 残念ながら,霊的な教えは万能薬でも秘薬でもありません.現象界に生きる以上,物質・現実面での様々な体験や自助努力を経なければ,いかに素晴らしい教えも身にはつきません.聖なる教えにはそういった側面があるようです.悩みや問題に向かい合い,原因を探り,自ら努力して解決すべく取り組むしかないのです.現実的な対処で解決されない場合には霊的真理が援助を提供するかもしれませんし,そうやって教えに導かれることもあります.ですが,試行錯誤が自覚的,或いは無自覚に悟りをもたらす場合が多くあります.また,現実面での満足感を得るということは,とても大切なことです.基本的に現実の生活を精一杯生きながら,心の軸が自己の最高の良心や神と信ずるものからぶれないように保つ努力を地道に続ける以外には,近道も秘策もありません.

私たちの誰もが 'one and only one' の存在です.もし自信をなくしたり,無価値感に悩まされたりするようなことがあったら,心を静かにしてこのメッセージを思い出してみてください.忘れたらまた思い出し,自分のかけがえのなさをゆっくりと味わってみてください.この繰り返しによって,一片の真理は次第に心の奥深くに刻まれるでしょう.心に染み入る頃には,少なくともあまり重要でない悩みや不安からは解放されているかもしれません.

2/07/2009

44 明日の収穫のために

首をうなだれてはいけません.後ろを振り向いてはいけません.前を見るのです.過去のページはすでにめくられ,二度と元へは戻せないのです.生命の書は常に新しいページをめくるのです.その日その日のために生き,昨日のために生きてはいけません.明日刈り取る収穫の種を蒔くのは今日なのです.

『シルバーバーチ 今日のことば』  p. 96.



現在(いま)を生きなさい,と言われます。

過ぎたことをあれこれ考え,思い悩んだり,まだ起きていない未来のことを不安に思うのではなく,いますべきこと,いまできることに最善を尽くす,ということです。

もちろん,刹那的な生き方が推奨されているわけではありません。






12/27/2008

たましいの親

 魂の親がいない人は,誰ひとりいません.
 魂の親は,常にあなたを,あなただけを愛しているのです.あなたがつらいとき,悲しいとき,試練を受けているとき,常にこの親はあなたに愛を注いでいます.その愛の存在を知ること,「愛は必ずある」と感じることが必要なのです.ですから,スピリチュアルな世界を理解しないと,本当の愛は育たないと私は思います.
 人がスピリットの存在であることを知ると,愛を信じられない苦しみから救われるのです.愛されていない人は,この世には一人としていないでしょう.みんな,愛されています.そして,血のつながりがもたらす愛,肉のつながりがもたらす愛よりも,魂の愛のほうがもっと偉大です.
 人は,どんなことがあっても,一人ぼっちにはなりません.殺伐としたこの現代で,孤独に死ぬ人もいます.残虐な事件で殺される人もいます.けれど,その人にもガーディアン・スピリットがいるのです.
 ただ,本当に大きな壁にぶちあたらないと,ガーディアン・スピリットの存在,神の存在には気づきません.絶体絶命の危機に陥ったときに,はじめて見えてくるのです.
 ですから,経験が多ければ多いほど,スピリットの存在は見えてきます.
 年齢を重ねた人に神を信じる人が多いのは,そのためです.
 万策尽きて,にっちもさっちもいかない.ずるい方法で逃げようとしても,逃げられない.そうなったとき,人は「もう,どうにでもなれ」とやけっぱちな気持ちになります.すると,心が一瞬だけピュアになる.からっぽ,無の境地,といわれる状態です.そのとき,不思議とその人の心から高い波動が出るのです. 
中略)
 けれど,日常の暮らしの中でも,感性を研ぎすませば見えてきます.対人関係や仕事でちょっとした壁に突きあたったとき,自分の心を素直に開いてみる.すると,スッと救いが降りてきます.そのときが,気づくチャンスなのです.


江原啓之 『幸運を引き寄せるスピリチュアルブック』  pp. 55-57.




魂の親は,守護霊とか守護天使,ガイドなどとも呼ばれますが,呼び名はどうであれ,私たちはただ一人の例外もなく,霊的な存在に見守られ,導かれています.その導きや愛を受けやすい状態,受けにくい状態というのはあります.前向きで,(いい意味で)楽観的な心的態度を保つことによってガイダンスを受けやすくなります.不安の念が最もいけません.

「ほんとうの愛」とは,魂の親を通じて注がれる「神の愛」,つまり「究極の無償の愛」にほかなりません.私たちは,常に存在しているこの愛を感じさえすればよいのです.そうして初めて同胞である他者に対して利他的な心,無償の愛(もしくは,これに限りなく近い心境)で接しやすくなります.「愛を表現するために」ひとと関わることが可能になります.「愛を求めて」人と関わることが減るので,結果として,人間関係で不必要にいやな思いをすることが減るかもしれません.



弱さと無知と

 「悪意」というと,とても罪なことのようなニュアンスがありますが,言葉をかえれば「未熟」であるということです.私たちは,みんな未熟です.それは,「無知」ゆえです.
 ですから,まず知(知識や知恵)を持つことが必要です.前述したように,生きるとは何か,愛するとは何か,仕事とは,恋愛とは,子育てとは,死とは何か,ということに対して,自分なりに考えて知を深め,自分なりの「哲学」を持つことが大切なのです.
 それによって,初めて私たちは,周囲に流されるのではなく,「自覚的に」生きることができます.自分の中の「悪意」を減じていくことができるのです.
 それはまた「弱さ」を「強さ」に変える作業でもあります.
 私たちは,もともと弱い存在です.だから,人を妬んだり,恨んだり,嫌ったりするのです.
 本当に強い人は,人に「悪意」を向ける必要などありません.そんなことをして自分を防御しなくても,一人で毅然と立っていられるからです.
 今までのあなたの歴史を振り返ってみてください.以前はわからなかったけれど,今はわかるようになった,ということがあるでしょう.以前の自分なら,弱くて耐えられなかったけれど,今は強くなって耐えられるようになった.そんなこともあると思います.
 人が生きる,ということは,そういうことです.
 無知を知に変えていく.弱さを強さに変えていく.もちろん,それは簡単なことではありません.けれど,まずは自覚しましょう.私たちが自分の中にある「悪意」に打ち克つということ.それはすなわち,自分の無知に気づいて,正しい知を得るということ.そして,自分の弱さに気づき,それを強さに変えていく,ということなのです.
 そのとき私たちの人生は,何事もなかったときよりずっと充実し,意義あるものへと変わります.私たちのたましいもまた,豊かに成熟していけるのです.


 江原啓之『悪意/善意』 pp. 155-6.


人生は気づきの連続ですね.

来年もいろいろな気づきを得て,実り多き一年となりますよう….

本当のプライド

 本当の意味でプライドを持つ,ということは,傲慢になることとは違います.
 人にはみんな歴史があります.生まれてから今日まで,さまざまな人から愛を注がれてきたはずです.たとえ家族がいなくても,誰かがかわいがって育ててくれたからこそ,今,こうして生きているのです.
 自分がいわれのない悪口を言われてめそめそしたり,傷ついたりしていては自分を大切に愛してくれた人たちが哀しむ.その人たちに申し訳ない.だから私は毅然として生きていく
 そう思える力,それが本当のプライドです.


江原啓之『悪意/善意-たましいの素顔』 p. 137.



全くその通りだと思います.自分はだめだ,と劣等感を抱き,自己卑下することも,自分を大切に思ってくれた多くの人々の想いを無にしてしまうことにつながります.

プライドというと,「自分自身の誇り」と捉えがちですが,実は「自分を愛してくれた人々への感謝と敬意」と言い換えることができそうです.

さらに遡れば,魂の親,唯一絶対の「神」の子である,という確信なのです. 

過去生体験 3

その教会では,牧師さんの説教の後などに,合計3度お祈りをする機会がありました。が,不思議なことに,目を閉じて祈るたびに涙が溢れてきます。そして,きまって「キリスト教を棄てた私を,こうして皆さんで暖かく迎えてくださって,こんなに嬉しいことはない」という想いがこみ上げてくるのです。今...