悪いと知りつつ間違ったことをした場合は,その結果に対して責任をとらされます.その苦しみは自分で背負わなければなりません.善い行いをした場合でも,それが見栄から出ていれば動機がお粗末でいけませんが,魂の自然な発露としての善行であれば,あなたを霊的に向上させます.それが摂理というものです.
『シルバーバーチのスピリチュアルな生き方 Q&A』 pp. 141-2.
その教会では,牧師さんの説教の後などに,合計3度お祈りをする機会がありました。が,不思議なことに,目を閉じて祈るたびに涙が溢れてきます。そして,きまって「キリスト教を棄てた私を,こうして皆さんで暖かく迎えてくださって,こんなに嬉しいことはない」という想いがこみ上げてくるのです。今...
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